対してビッグバンドでニューポート ジャズ祭に出演した実況版での同曲のソロは恐らくファットヘッドのものであろう。実をいうとこの2曲のソロは両方とも同じフレーズを吹いているのだ。それがレイの指示なのかどうかは判らないのだけど、これは両者の違いがまざまざと現れていて大変面白い。
というのは、コキコキとした吹きっぷりに特徴があるドンのものに比べてファットヘッドの吹き方はソロ自体が一つの曲であるかの様に流暢でメロディアスである。
そしてこれこそがファットヘッドの本領を発揮した素晴らしい個性であると思う。
1967年にリリースされた本作を聴いてみよう。一番彼の特徴を感じさせるのがボブ ディランの「ジャスト ライク ア ウーマン」だ。ファッドヘッドはこの当時には既にソウルジャズのスターとして、またはジャズアーティストとして確固たる評価を得てはいたけれど、そんなジャンル分けはひとまず置いておいて、ここで聴かれるしっとりとしたリリカルの極めともいえる表現は、マイルスやビル エヴァンスの持つ個性と比べても十分に対抗出来る独自の世界を築いている。歌心の極めとでも申しあげるべきか。
同じ様にシダー ウォルトンの名曲「ザ ホリーランド」もまるで当時の映画主題歌の様な優雅で気品のある楽曲に仕上げている。これなどシダー本人の演奏よりもメロディーの美しさを際立たせたものだ。
ファットヘッドはソウルやブルーズやファンクの大スターである。しかし同時にとにかく美しいメロディーをそれ以上のものに仕上げる魔法を持った、まさに名手と言っても間違いではないのではないか。
そしてそんな特徴を発揮させるためには、結果的ではあるがジャズというより、音楽の総合レーベルであるアトランチックでリリースを続けたのも良かったのではないだろうか?本作などは一聴するとムード音楽のような響きを感じさせる。ブルーノートならあり得なかっただろう。
しかし彼の持つ個性と大衆性を発揮するにはこちらの方が似合っていたと感じるのだが。いかがなものか。









