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Doodlin' Records

神戸元町のバー「Doodlin'」店主がチョイスするジャズレコード紹介。
勝手気ままに書かせていただきます。

プレイヤーを替えて音がダントツ良くなったDoodlin'。毎日がウハウハである。僕はこれまで音楽の中身ばかりを重要視していて、正直音質に関してはそれほどの拘りはなかったのだけれど、まあしかしプレイヤーを替えるだけでここまで良くなるものか、というより今まで何しとってん?といった所であります。

当然かも知れないけれど、音が良くなると今まで感じなかった事を感じる様になった。特に演奏者独自の音色に今まで以上に感銘を受ける様になった。

それがてきめんに現れたのがカーティス フラーの音だ。

トロンボーンのフラーは当然ながらジャズメッセンジャーズの最激期を担った重要人物として、素晴らしい作曲者として、そして最高のテクニシャンとして僕の最も愛するジャズマンの一人ではあった。しかし今回音が劇的に良くなった事で、それらにプラスしてフラーが独特の音を持っていて、それがあまりにも僕にとって心地よく、魂を揺さぶられるものであるかを実感するに至ったのだ。あまりにハマってしまい、最近Doodlin'に来られたお客様はカーティス フラーばかり聴かされている始末である。

デトロイト出身のフラーは、1950年代の中程にニューヨークに進出して来たのだが、もうその地点で既に実力のほどは知れわたっていた様だ。プレステッジはいちはやくフラーのリーダーアルバムを制作している。

そして次にフラーのリーダーアルバムを手がけたのがブルーノートである。今回紹介する「ジ オープナー」はタイトル通り、ブルーノートで合計3枚作られるフラーの作品のうちの最初のもの。
この作品は、これまでにもある特徴を持っている事で活字で紹介されている場合が多い。というのも、本作は当時のジャズシーンをもろに反映させた様なハードバップといわれるたぐいに入る作品ではあるのだけれど、当時のハードバップ作ではほとんど見られなかった、両面をバラードで発進させているのだ。この件に関して大方のレコード紹介の本では、その意外性とブルーノートの持つ企画性を持ち上げた点で終わらせているのがほとんど。

しかし、ここで何故ブルーノートはフラーの最初の作品でその様な例外を持ち込んだのであろうか。特にブルーノートはその前も後も、ほとんどの作品がメインになるイキのいいナンバーを冒頭に持って来て逃げ切りをはかるというスタイルなはず。
それを考えた時、やはりその原因はフラーの独特の音色にあるのではなかろうか?と思う。このアイデアがブルーノートのオーナーのアルフレッド ライオンのものなのか、フラー自身のものなのかはわからない。しかし他の者は勢いでスタートさせるが、フラーの場合は、その誰にも真似出来ない美しく、優雅で優しい、それでもってシャープな音を最初に強調させたかったのではないか?A面に針を置いたとたんに出て来る「A Lovely Way To Spend An Evening」がフラーのその音で始まるのがそれを物語っていると思う。オープニングはこれでいくぞ、という意味のタイトルなのかも知れないし、ブルーノートはフラーの音色をもって単にJ J ジョンソンの2番手を排出したのではないぞ、と世に問いたかったのかも知れない。

この時代、ニューヨークにはおびただしい数の優れた音楽の才能を持った若者が集まっていた。その中には歴史に燦然と輝くジャズジャイアントになった者もいる。しかし、その中でこれほどまで音色の素晴らしさでも勝負出来たのは、フラー以外にはそうは見あたらない。フラーの才能と個性にただただ驚くばかりだ。

今日もここぞというタイミングで「A Lovely Way To Spend An Evening」を流そう。みんなの会話が一瞬ふっと止まり、表情が安らぐ。それを見て僕は内心でしてやったりとほくそ笑むのだ。

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僕の中でクリスマスがクリスマスでなくなったのはいつからだろう。
恐らく家族よりも友達や恋人とクリスマスをすごしたいと思い、またクリスマス自体をイベントと捉える様になった時に僕のクリスマスは終了したのではないかと思う。

子供の頃、クリスマスは神秘的だった。サンタクロースが来る事自体がそうだったし、サンタの存在を怪しみ出した後でも、流れるクリスマスソングや西洋のクリスマスの景色を見る事によって、そんな雰囲気にひたったものだ。クリスマスに対して邪念が無かった頃、無邪気で多感だった自分を思い返すと、今の自分が恥ずかしくなる。

日本のクリスマスも変わった。賑やかになったのはいいが、やたらお金の匂いがするし、大人ばかりが主体になったバカ騒ぎの場になってしまったのだ。神秘的に感じた様々な要素が、子供じみた大人のマンガキャラで占領されている様にも感じる。
いつの間にか僕はクリスマスに対して何も求めない様になってしまっているみたいだ。

そんな僕の、忘れてしまった気持ちを蘇らせてくれる唯一のアルバムが、プレステッジから発表されたドン パターソンの「ホリデイ ソウル」だ。
オルガンソロによる「サイレント ナイト」を聴いてほしい。しっとりと、かつ情熱的に醸し出されるこのムード。クリスマスの全ての要素に気持ちが高揚した子供の頃の気持ちが、ひしひしと蘇ってくるではないか。
「サンタが町にやってくる」や「赤鼻のトナカイ」など、普通では手垢にまみれてうんざりしそうなクリスマスソングの定番にしても、ドンのオルガンから発散されるムードはどこか僕にとって神秘めいているうえに懐かしい感じがする。

その原因を考えた時、本作がオルガンによるクリスマスソング集であるからではないかという結論にたどりつく。僕が素直だった時代に感じたクリスマス独特の音。それはやはり西洋の宗教的な音だったのではないか。そして宗教的な場こそ教会であり、教会の音楽こそオルガンと僕は捉えているのだ。ここでのオルガンがパイプオルガンではなく、ハモンドB3オルガンであっても、音楽が賛美歌ではなくソウルジャズであっても関係ない。オルガンでクリスマスソングを演奏するのは実は当たり前なのではないか。
ちまたに溢れるセールスに乗るだけの安易なクリスマスソングとは大違いの、本格的なうえ真っ黒でノリノリなソウルジャズの世界に身を置くことによって、僕は僕のクリスマスを思い出す事が出来るのだ。

そしてこのドンとギターのパット マルティーノが繰り広げる高尚で深いソウルジャズの世界は、正に身の毛もよだつ程のグルーブ感を発散させており、この部分に関しては本作をクリスマスシーズンだけのものにしておくのが、あまりにももったいないと思う。

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年内は12月30日まで営業いたします。年始は4日からです。
そしてその4日がDoodlin'の開店1周年の記念日であります。

しかし、その日は特別な行事はありません。

記念イベントはそれから少したった2月の3日に、波止場町の「ジェームズ ブルーズ ランド」にて、楽しいバンドを迎えてにぎやかに開催いたします。
Doodlin'店主も恥ずかしながらサックスを吹きます。みなさんのご参加をお待ちしております。

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世界で最もダンディーなジャズマンの一人がナベサダこと渡辺貞夫だ。サダオさんくらい黒いスーツが似合う日本人はそうはいない。そして黒いスーツといえばジャズ、つまりサダオさんこそジャズなのだ。

本作は1985年という、日本に金があり余ってどうしようもない頃に、サダオさん自身がこの国にクラブ文化を定着させるべく決行した企画の実況録音盤。
集められたのはJM出身、ピアノの名手ジェームズ ウィリアムズに、マルサリス兄弟と華やかに活動していたドラムのジェフ ワッツ。そして当時若干19歳のベーシスト、チャーネット モフェット。ニューヨークの若手~中堅で占めたこの顔ぶれは確かに贅沢だ。

しかしここでのサダオさんの貫禄たっぷりの演奏は、間違いなくワールドワイドなもので、この人こそビバップを最良の形で今に伝えてくれる第一人者であると、当時にして実証されたようなもの。とにかく実力、才能、経験といった全ての要素が、ここまでスタイルに反映されたプレイヤーは他に知らない。
サダオさん以下ありったけの情熱をもってプレイするタイトル曲を聴いていただければ、ジャズ、そしてビバップっていかにカッコ良いものか解るというもの。

ただここまでカッコ良く決めてくれたサダオさんなのに、この後も日本のジャズ畑の人達は、少なくとも関西では寝間着のままクラブ出演を続けていた様な有り様。寝間着でなくとも、とにかくダサい服装といえばジャズマンと言われていたのを知らないのはジャズマンだけだった。おかげで不景気が続く昨今は関西ではビバップはほぼ全滅状態ときた。

あの頃みんなサダオさんのプレイだけじゃなく、スタイルにも憧れて真似してたらこんな事にならなかったかも。今からいっても遅いか。

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「AM I BLUE」中学校で習った通りに訳すると「ワタシは青ですか?」短縮して「青いっすか?」といった所ですが、タイトルには?(クエスチョンマーク)が付いていません。何か違う意味になるのでしょうか?

しかしバラードばかりで構成された本作は、そんな勘ぐりを全く必要としないくらいに青い。「YES YOU ARE」と答えざるをえないといった所か。そのうえブルーノートお得意のモノクロに色かぶせジャケットも本作の青は特別に濃いし、男前のグリーンの横顔もブルーな気分を醸し出している。グリーンなのにブルーとはこれいかに。

レコード会社が力を入れたプレイヤーで色々な企画物を制作するのは世の常である。所謂「だれそれプレイズ~」ってやつだ。そんな中、ブルーノートは比較的にそういう傾向は少ないものの、このグリーンに関しては余程惚れ込んで信頼をよせているのだろう、これまで「プレイズ黒人霊歌」「プレイズ ラテン音楽」「プレイズ カントリー音楽」といった企画物を手がけている。ただしこれは一般的な売れ線を狙ったものではなく、オーナーのアルフレッド ライオン自身がグリーンの才能の全てを知りたくて知りたくて制作したと見れるもので、実際にその全てが練りに練った形跡の元に、ものの見事な完成度を誇ったものばかりだ。

「AM I BLUE」はその中でもよくありがちな「プレイズ バラード」にあたるものだろう。しかしこの手の企画だけは只単にバラードを集めましたという発想で作った場合、とてつもなく退屈な作品に仕上がってしまうのはジャズファンの中では常識。全部が通りいっぺんで単調になり、片面全部ももたなくて飽きてしまうといった物がどの位あっただろう。

「AM I BLUE」は全体を通して、しっとりとしたブルーなムードと比較的に遅いテンポであるという点には徹底的にこだわっている。しかしグリーンを筆頭にビッグ ジョン パットンやジョー ヘンダーソンといったスタイリッシュな天才型のプレイヤー達がそんな単調な甘さに流される訳はなく、この課題をまるで楽しんでいるかの如く、洗練された都会的であり、なおかつ濃厚な独特の音世界を演出する事に成功している。またバラードに混じりゴスペル調の「Take These Chains From My Heart」や、バラードとはいえブルーヴ感が充満する「For All We Know」などが非常に上手く配分されているのもブルーノートらしい賢さを感じる。バラード集で両面を通して聴いてみたいのは後にも先にも本作のみだ。

バラード = 遅いテンポと捉えた場合、本作はまぎれもなくバラード集だ。しかし与えられたテーマでも生半可な展開には決してならない。グリーンらのエリートともいえる才能がバラード集でありながら、多大な聴かせ所が満載の作品に仕上げた。そしてそれを見事にあやつったのがブルーノートという事になるのだろう。

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「おばちゃん、豆ようさん入れてんか」
「はいよ、あんた男前やねんからがんばりよ」

まるでこんな日常会話が聞こえてきそうなジャケットとタイトルでありますが、後で知ったところによるとこのおばちゃん、ネリーさんといって本当にローチが行きつけの食堂のおばちゃんであったらしい。
オルガンプレイヤーのフレディー ローチは1931年にニューヨークのブロンクスに生まれたが、プロになってからはニュージャージー州のニューアークに住んで活動していた。よってこのネリーさんの食堂もニュージャージーにあったのかも知れない。

我々日本人はオルガンジャズの本場といえば、ニューヨークのハーレムかシカゴとすぐに連想してしまうが、去年ニューヨークに旅行した際に少しだけオルガンプレーヤーの敦賀明子さんの話を伺った所によれば、実際には(オルガンジャズの需要が一番多いのは)ニュージャージーであるとの事であった。
そのニュージャージーはフィラデルフィアからニューヨークへ列車で移動する間に通ったが、そこは本当にいかにも黒人街といった風景が広がっていて、その印象はかなり強く残っている。
黒人の生活に密着したオルガンジャズのプレイヤーであるローチが、ここで活動していたのは十分に納得できるというものだ。

ローチはブルーノートではジミー スミス、ベビーヘイス ウィレットに続く3番目にリーダーアルバムを残したオルガンプレイヤーだ。このジャケット、このタイトルから連想される通り僕らが求めてしまう黒いグルーブ感と大衆性を兼ねそろえた点では、この地点ではローチが最もすぐれていたのではないかと僕は個人的に考えている。
そして都会育ちで男前な風貌の通り、そのサウンドはコテコテながらも見事に洗礼されていてダンディーである。しっとりとしながらもツボを押さえたヒット曲「Un chained Melody」、名人芸が発揮される楽しい楽しい「Two Different Worlds」など、正にオルガンジャズの理想的なカッコ良さの神髄を味わわせてくれる超一級品のソウルジャズといえよう。天才ローチと言わせてもらおう。

そんなローチも1980年にLAにおいて49歳という若さで亡くなってしまっている。この日本でもオルガンが認められる時代になる、まだ10年も前の話だ。残念を通りこして悔しい。

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※ニュージャージーも通った去年のアメリカ旅行記はこちら
かつてオスカーピーターソンと組んでいた名ギタリスト、ハーブ エリスが亡くなってからかれこれ3年くらいか。1921年生まれで、2010年没だから、えー…かなりのお歳だったことになる。
ハーブさんは一度だけオスカー ピーターソンがオールスターでブルーノートに出演した際、間近で拝見した。本当に穏やかで優しそうな、正に絵に描いた様な好好爺といった感じの素敵な方であった。白髪がとても美しかったのを覚えている。

そんなハーブさんが57年に発表したこのアルバム。タイトル通りブルーズを演奏しております。しかし白人であるハーブさんのプレイは決してコテコテではない。非常にあっさりしているといっても良いかも。
ただ単純に憧れとして黒人のブルーズを真似している演奏ではないのも確か。

というのもピーターソンと一緒の時は確かなテクニックで聴かすハーブさんだが、このアルバムでの演奏は何かカントリーやアパラチアのヒルビリー音楽に通じたムードを強く感じるのだ。共演のスタン ゲッツやロイ エルドリッジなんかはどう聴いてもモロジャズであるのに、ハーブさんに限ってはその人柄がにじみ出た様な何か田舎的というか、のんびりとしている。ピアノレスというのがまた独特の間が空いて、そのムードを醸し出すのに成功している様だ。

これはハーブさんがテキサスの生まれであるという表れに他ならないと思う。僕的には大好きな映画で、昔のテキサスの田園地帯を舞台にした「プレイスインザハート」に使われていた音楽と自然に結びつく。自分のルーツをしっかりと反映させたのが本アルバムといってよいのではないだろうか。

そしてこういったのもジャズを形作っていったひとつの要素なのだなと改めて思う。

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最初から鼻息が荒くなるが、R&Bのヒット曲を演奏したジャズはコマーシャルで次元が低いなどという風潮を一般化させたのはどこのどいつだ。

ブルーノートから1968年に出たハンク モブレイの「リーチアウト!」。元々はフォートップスの大ヒット曲だ。
モブレイはこの時代独特のパワー漲るこの楽曲を、壮大に、しかも高尚でエモーショナル溢れる最高級のジャズとして伝承させている。何といってもキーマンはギターのジョージ ベンソンの存在で、静かにメラメラと気持ちを高揚させていく技は、正に超がつくほどの一流ぶりを発揮している。今でも当時の人々が感じた新しさが伝わってくる様だ。
そしてトランペットのウディ ショウはあくまでもエネルギッシュなうえ歌心に溢れ、ドラムのビリー ヒギンズのタイト極まるグルーブ感は、最高の冴えを示してこのグループの音楽性のすべてを引き出している。
一体これのどこがコマーシャルで次元が低いのか。聴かずに評論してるのがチョンばれ(注1)ではないか!

50年代から少しずつ種火が付きはじめたアフロ アメリカンらによる反差別運動は、この録音当時、正にピークを迎えようとしていた。サム クック、オーティス レディング、マーヴィン ゲイ、アレサ フランクリンなど、錚々たる黒人アーティストのヒット曲はみな何かしら当時の世相に対するメッセージ色を臭わせたものばかりだ。そしてそれらは当然ただのヒット曲の範囲を超越している。 

フォートップスの「リーチアウト」はタイトルにI'll be thereと続く様に、同じく黒人の意識に問いかけた内容であり、恐らくモブレイらが当時に持っていた意識と一致したのであろう。そしてそれはタイトル曲だけではなく、本作の収録曲のすべてにその意識が浸透している。
「リーチアウト」の収録はモブレイ達の意識を表明するひとつの手段だった。そういう意味で考えると本作はこの時代を知るひとつのテキストにもなり得るのではないだろうか。何故かエッフェル塔をバックにへらへら笑っているジャケットが調子狂いではあるが、それにまどわされてはいけない。

近年、ブルーノートのオーナー、アルフレッド ライオン婦人であるルース ライオンが語った当時の思い出で、ある公民権運動の集会に友人であるホレス シルバーと共に参加した際、その場でモブレイとケニー ドーハム、アート ブレイキーらに遭遇したという記事を読んだ。

当時の日本のジャズ評論家は、そんな大事な点を考慮しないで、過去と自分の周りの評価のみを参考にしてしまったため本作の価値を見落としたのだろう。
我々ジャズファンは今からでも正していかなければならないのではないか。

(注1)完全にバレている、丸わかりを意味する関西弁

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ジャズが好きになり、一生懸命に新しい動きを追いかけていた80年代末。当然、ニューヨークのジャズスポットの情報は雑誌なんかを通して頭に入ってきたものだ。思い出すだけでもヴィレッジゲイト、スイートベイジル、ブラッドレイズ、カルロス1、コンドンズ、ジャズ カルチュラル シアターなど。

しかしそれらの店は、あれから四半世紀すぎた現在は既にない。今思い出すと、当時ニューヨークにも行ったことがないくせに懐かしい。
ファット チューズデイもそのうちの1件だ。しかもイーストサイドのダウンタウンにあった同店は、それらのスポットのどこよりも増して僕好みのストレートで黒いジャズなんかがブッキングされていて、言わば憧れのお店だったのだ。

紹介するアルバムは、僕にとっては正に「その時」のファット チューズデイズの姿を捉えた、ピアニストのケニー バロンがリーダーとなってのライブ盤。フロントにエディ ヘンダーソンとジョン スタブルフィールド、リズムにセシル マクビーとヴィクター ルイスといった当時の超強面達を集結させた、それはもうハード極まりないネオハードバップが繰り広げられている。
因みにここの音響はあまり良くなくて、一番良く聴こえるのは店に降りる階段であるというのは当時から有名な話だった。ジャケットにその階段がデザインされているのはアメリカ人独特のユーモアを感じて面白い。

当時僕はケニー バロンについてはほとんど知識はなかった。なのに本作を入手したのはJR三宮駅北のビルの1階のはしっこにあった、その名もJRという小さなジャズレコード店のオーナーがガッツのある新譜として僕にすすめてくれたからだ。そしてまたたく間に僕は本作の虜になってしまった次第。
とにかくこれを聴いた僕は、ケニー バロンは何という凄いピアニストであろうかと感じた。同時にあまりにも作品がハードでギスギスしていたため、人と成りもそういう人だと思い込んだ。

そんなケニー バロンを生で確認したのは、それから5~6年たってから大阪にドナルド バードとジミー ヒースのクインテットがやって来た際のピアニストとしてであった。このライブは僕のジャズ感を変えてしまったくらいの素晴らしさで、今ここでその内容を文章にするのはとうてい無理な話なのだが、ここでのケニーもレコードとはまた違う直球のハードバップではあったが、我々に言葉も出ないくらいの感銘を与えてくれた。ファット チューズデイのケニー バロンがここにいる、という思いで僕の胸はいっぱいになったものだ。

あれから20年。ただでも移り変わりの激しいニューヨークのジャズクラブ事情に加えて、この不景気だ。ファット チューズデイも当然の如くいつの間にか無くなってしまった。
しかし、ケニー バロン自身は今現在はニューヨークではナンバー1の実力を誇るピアニストとしてあちこちから正にひっぱりだこの様である。スタン ゲッツとのデュオなどリリースするCDも高い評価を受けている。そしてどうやら日本のメーカー(日本の大手のはレーベルと呼ばない)に目をつけられスタンダードや歌伴などの作品にも起用されているみたいだ。
もちろんほれほどのピアニストであるから、その内容は本当に素晴らしいものであろう。しかし、去年ニューヨークで再び生のケニーに遭遇したが、サイドメンに覇気がなかったせいか、どうしても以前のあのヤバいバッパーの眼差しを感じる事が出来なかった。

ケニー バロンはファット チューズデイなどのスポットが華やいでいた時代の彼とは違う道を歩んでいるのだろうか?もちろんそれでも僕はケニーが今最もエモーショナルなベテランであると信じてはいるが、それでもまだかつてのハードなバップを忘れていないのであれば、もう一度追いかけて行ってみたいと思っている。

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※ケニー バロンが登場する去年5月の旅行記はこちら
高校生の頃、Doodlin'から西へほんの少し進んだ元町3丁目に住む同級生の西川しんいち君の家でよく遊んでいた。西川君はアダ名がニシゲというのだけど、そのわりには意外と流行に敏感な奴で、僕らの周りではポリスのカッコ良さを最初に気付いたりするなどの所謂都会のもやしイチビリであった。よりによって同じ女の子が好きになり、共倒れになったのも懐かしい。
そんな頃、何故かわからないけれど奴の家にあったレコードの1枚がこのオスカー ピーターソンの「ウイ ゲット リクエスト」である。

僕は当時行き先が無く非常に不安定な時期であった。不景気真っ只中の現在の若者には別に珍しい事ではないかも知れないが、当時はその全く逆で、不安定なんてあり得なかった時代だ。

しかし、そんな若くて不安定な時に観たり聴いたりしたものっていうのは何やら特別に印象に残るものらしく、そのひとつがこのレコードだった。恐らくジャズなんてまだ何もわからないのに興味だけはあった僕にとって、何か不安定な心に今までにない新しい響きを感じさせたのだろう。琴線にふれたとでも言うのだろうか。だから今もこのレコードを聴くと必ず当時のみじめな恋も含め、色々な出来事を思い出して胸がキュンとなるのだ。

しかし当時はもちろん知らなかったが、これは現在でも世界中のジャズファンに愛される超がつく程の名盤だ。今さらこのレコードの素晴らしさに説明など不要だろう。

では僕はたまたま多感で不安定な時期に巡りあったのが理由で、本作に特別な思いを持っての名盤だと思っているのだけれど、もしあの時にニシゲの家で聴いていなくて、今ごろハックルベリーで名盤の綺麗なのが750円で出たから抑えておこうなんて気持ちで聴いた場合だと、また違う感想を持つのだろうか?

その答えを出そうと、昨日久しぶりに冷静になって本作を聴いてみた。そうするとやはり本作には個人の思い出などとは別に、人の心に入ってくる何か特別なものを持っている作品であると気付いた。粋で繊細でロマンチック。持ち前の超絶技巧でさえ得体の知れない感情がこみ上げてくる。そしてその雰囲気がアルバム全体を覆っているのだ。
このわびさびは他のピーターソン トリオの諸作を聴いても感じさせるものではない。恐らく1時間前に購入して聴いたとしても、きっと若い日々の思い出が蘇ってきて胸がキュンとなる。それがゆえの名盤なのであろう。

ニシゲは関係なかった。奴は今でも3丁目に奥さんとかわいい娘さんとで住んでいて、時々Doodlin'に現れては下ネタを話して帰る。

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