ハードバップの夜明けを捉えたバードランド セッションにジャズメッセンジャーズ旗揚げを記録したカフェボヘミア セッションを立て続けに放ったものの、ちと違う系統の「オージー イン リズム」を除いてブルーノートにリーダー アルバムを録音できなかったブレイキー。
何でもホレスと袖を分かち合って以来、新たに一人で進めたメッセンジャーズが、なかなかアルフレッド ライオンの気を動かすに至らなかったとか。もちろんブレイキーがドラムを叩く訳なんでレベルはむちゃくちゃ高かったのだけど、ライオン的にはブレイキーならもっといいバンドが作れるはず、それまで待とうと判断したのだろう。ライオンらしいといえばライオンらしい。
そして時は1958年10月30日にやってきた。新たに世話役として任命したベニー ゴルソンの元、集まったのはリー モーガンにボビー ティモンズ、ジミー メリットという若いがとんでもないスゴ腕ばかり。そしてゴルソン作の「アー ユー リアル」「アロング ケイム ベティ」「ブルーズ マーチ」「ドラム サンダー組曲」に、ティモンズの「モーニン」は全て書き下ろし。それにスタンダードの「降っても晴れても」も格別のJM仕様に変貌されている。これにライオンのゴーサインが下ったのだ。
ブルーノートはブローイング セッションもあるが、しっかり準備万端を整えて「作品」を制作することに関しては当時のジャズレーベル界では随一だ。この時のメッセンジャーズは来る欧州ツアーのために全員に新しいタキシードを新調した位に気合いの入ったもの。音楽の方もかなり入念に、しかも全精力をそそぎ込んだのが目に浮かぶ様だ。
その結果、生まれた「モーニン」は今だにこれを超えるものが無いという位に完成度の高い芸術的作品に仕上がった。全く隙の無い、どこを切ってもクライマックスといえる超一級品だ。ブレイキーの力強さは美の境地にまで達し、メンバー各自の才能と実力にめまいがしそうになる。
「モーニン」にはジャズの持つ全てが凝縮されていると言っても過言ではないだろう。
僕はこの「モーニン」を高校を卒業してすぐ位に入手した。もちろんその日以来空けても暮れても「モーニン」だ。一体何回くらいタイトル曲を聴いただろう。恐らく千回は超えているのではないか。もちろん全てのフレーズを暗記している。
ただあんまり聴きすぎるのも考えもので、ここ数年は一人で聴いても、覚えてるフレーズを確認するだけで軽く聴き流してしまうパターンが続いてしまっていた。流石に飽きてしまったのだろうか?
これに新たな「モーニン」を発見したのが、先日Doodlin'で行われたBLUENOTE MONDAYのリー モーガン特集の日だ。夜中1時、残っていたのは僕を含むオッサン3人に若者1人。みんなジャズに対して、音楽に対して一家言を持っている。そして同じ様に「モーニン」を聴きまくっている。
しかしこの日はリー モーガンを聴きまくる日である。そして人気盤、定盤は決まって夜中に出番が廻って来る。その方が盛り上がるからだ。そして当然この日もこの時刻にこの定盤「モーニン」も一応いっとこか、となった訳である。
するとどうだろう。聞き飽きたはずの「モーニン」がのっけからぞくぞくと自分の中に入って来たではないか。つきささるリーモーガンの高音、むさくるしくも華麗なゴルソンのブロウ、粘りからまるジミー メリットのベースライン、そしてえぐる様なブレイキーの出すグルーブ感。どれもがまるで初めて聴いた時のような衝撃だ。そしてとどめはボビー ティモンズのうなるうなるピアノソロに合わせての大合唱。もりあがるもりあがる!
皆が皆、この時新たに「モーニン」の神髄を悟った。口々に「モーニン」はこんなだったのかと驚いた。そして「モーニン」の正しい聴き方はこれだと実感した。決して一人で聴いて理屈をこねるものではない、「モーニン」は皆で共有するものだったのだ。そして「モーニン」はジャズの全てだ。つまりジャズ自体が皆で騒いで聴くものなのではないか?
新しい「モーニン」の教えで僕はまたジャズが好きになった。








