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Doodlin' Records

神戸元町のバー「Doodlin'」店主がチョイスするジャズレコード紹介。
勝手気ままに書かせていただきます。

1962年、モンクが42歳の時の作品。

元々子供が笑っている様なピアノを弾くモンクだが、本作を録音した時はよほど機嫌が良かったのか、まるで子供がはしゃぎまわっているかの様に無邪気に鍵盤とたわむれている姿が伺える。たまに手におえない所までいってしまっているが、それでも純粋に音楽と遊んでいる様はあくまでも心が和むものだ。僕は常々モンクのピアノを聴くと春の如く楽しい気分になるのだけれど、本作は特にその特徴が際立っていると思う。42歳のモンクはこの時絶好調だったのだろう。

映画「ストレート ノーチェイサー」でのモンクの息子であるセロニアス モンク ジュニアの証言によると、モンクの奇行がいよいよ怪しくなり最初の入院に至ったのは60年代の中程だという。したがってリバーサイドを離れてCBSに移ってからの最もあぶらの乗った時期を捉えた1つが本作だったのではないだろうか。もちろん入院以降のモンクも素晴らしい演奏を続けていたのは映画を観ても十分に理解は出来るのだけれど、やはり本作のウキウキ感は特別で、どうしても心身共に充実していた姿を想像してしまうというもの。収録曲の全てがトリッキーでユーモラスだし、おなじみのピアノソロによる「ジャスト ア ジゴロ」にしても気持ちの高揚ぶりが実に心地よく伝わってくる。同曲の収録が何度目かなど、全く気にしているそぶりもない。多分こんな気分の時はこの曲だったのだろう。

ところでCBSでのモンクの評価ってのはどうなのだろう?本作と飛行帽をかぶった絵の「ソロ モンク」は名盤として人気が高いのは知ってはいる。でもこの2枚以外の評判はとんと聞かない。
人は何でもひとつの区切りでその人の評価を分けて考えてしまうもの。だからモンクが大変な傑作を世に送り続けたリバーサイド時代とその後のCBS時代を比べた結果として、後者がモンクの音楽家としての頂点を過ぎた後のものと捉えられるのは無理もないと思う。
実際モンクの代表的な楽曲のほとんどがリバーサイド時代が終わるまでに作られたものだし、以降は過去の曲を再演する頻度が高くなっている。編成などでも実験をしなくなり、ほとんどがテナーカルテットによる自己のグループでのものであるのも悪い印象を与えている様だ。

そんな印象が邪魔してか、僕自身もCBSの諸作は本作以外は全くといっていい程聴いていないのをここに白状しなければならない。しかし、本作の充実ぶりを聴くと、他のCBSの諸作も絶対に聴き応えのあるものばかりである気がする。また今回はその不当評価に対してのコメントを控えたものの、テナーサックスのチャーリー ラウズのあまりにもな素晴らしさを考えても、これからは晩年に向かっていくモンクも楽しみながら追っていこうと思う。

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トランペッターのカーメル ジョーンズは決して有名なプレイヤーとは言えない。たとえホレス シルバーの人気盤「ソング フォー マイ ファーザー」でトランペットを吹いてた人と聞かされても、すぐに思い出せる人は少ないだろう。そういう僕も同時代に活躍したトランペッターのヴァージル ジョーンズとよく混同していた。それほど影の薄いプレイヤーの一人であったのは確かだ。

しかし1965年にプレステッジから発表された本作を聴けば、その評価が一変する事はうけあい。
カーメルのトランペットにジミー ヒースのテナー、バリー ハリスのピアノ、ジョージ タッカーのベース、それにロジャー ハンフリーズのドラムという当時にしては実にオーソドックスな編成によるバップを演奏した作品である。

1965年ならばバップはもう既に過去のものとして捉えられていただろうと思われる。激動する世界情勢の荒波をうけて、当時のジャズ界もやれフリーだモードだスピリチュアルだサイケだと叫ばれていた時代。ここまでストレートなバップをぶっ放したアルバムはそうは数少ないのではないか?
録音当時29歳だったカーメル。若さほとばしるストレートで痛快な吹きっぷりは正にジャズファンの心を鷲掴みといった所だ。もう10年早く誕生していたら素晴らしいハードバップアルバムを大量に世に残していただろう。

しかし、本作は間違ってもノスタルジックな意味でバップを再演したものではない。何故ならアルバムの全体が60年代独特のいかつい空気に覆われているからだ。それは冒頭のタイトル曲が8ビートを用いたものだからという理由だけで述べているのではない。6曲中半分を占めるスタンダード ナンバーにしても形はあくまでも従来のままのバップであるにもかかわらず、その響きはまぎれもなく60年代のそれだ。聴いていて何か生々しいものを感じる。
バップ最盛期のレコードにも、その後の大物達のレコードにも感じる事が出来ない、特別な空気をバップで表したのが本作なのだ。

本作は恐らくは与えられたメンバーで、適当に持ち込んだオリジナルと残りはスタンダード曲で埋めてしまってこしらえた1枚であった事は想像出来る。スタンダード曲のほとんどが特別なアレンジを施してはおらず、カーメルがテーマを吹く形で収められているのがその表れか。

しかし結果的に60年代の真ん中にリアルタイムの空気とジャズ本来のエネルギーをここまで見事に融合させた作品となったのは、やはりカーメルが当時持っていた新しい感覚の賜物だろう。さらにカーメルより10近くも年上のヒースとハリスも見事に新しいバップを表現出来る素晴らしいプレイヤーだったのもその要因だろう。
ここまで時代の空気を感じさせてくれるバップを残してくれただけで、カーメルの名は僕の中では最高のジャズアーティストとして残って行くことになる。

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ディジーガレスピーとクリフォードブラウンの中間に位置する大物トランペッターがファッツナバロといわれている。大物なだけに大変な大食漢であり喧嘩っぱやかったらしいが、麻薬により若くして命を落としてしまったため、それほどの量の記録はない。

しかしファッツの響きわたる痛快なる大音量と問答無用とばかりに吹ききるその歌心は、この3人の中でも頭ひとつ抜きん出ていると思う。
それはこのブルーノートから発表された2枚のアルバムを聴いていただければ解っていただけるだろう。

セッションは合計3つ。有名なのはバドパウエルの神懸かりなプレイを記録したセッションだし、エキサイティングなのはハワードマギーとのトランペットバトルを記録したものだ。
しかし最も歴史的価値があり、またグループとしても聴き応えに満ちているのはピアノのタッドダメロンのグループに客演したセッションだろう。1947年から1948年にかけてのSPか10インチ用の録音だ。したがって1曲の演奏時間は短い。しかしそれがかえってファッツのキレ味を強調させる結果となった。
古い録音だがその音は正に直接鼓膜を刺激するかの様な迫力だ。まさに耳掻きいらずのファッツである。

さらにこのセッション、短い録音とあってすべての曲が本テイクと別テイクの2テイクづつが続けて並んでいる。チャーリーパーカーのレコードの様に、こういった編集はマニアックすぎるうえいかにも資料のような形になり、堅苦しくてあまり好かれないのが普通だ。しかしここでのファッツの豪快無比なプレイは、ダメロンの素晴らしい作編曲と重なって必ずもう一回聴きたくなってしまう。よってこのアルバムは例外的にそれが良しという事になる。針を戻す手間が省けるというものよ。

言い換えればファッツナバロにこれまでの常識など当てはまらないという事でもある。

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プロコルハルムの「A WHITER SHADE OF PALE/青い影」は誰もが口ずさめる名曲であるが、プロコルハルムにとってはたった1曲だけのヒットだったために、今では一発屋と言われてもいる様だ。お気の毒に。

僕は今から遡る事20年以上も前の1992年の秋にフランスのパリに行った。そこで一緒に行った友人と現地で知り合った仲間の4人で遊んだ後に、夜食を取ろうと全く人が入っていない寂れたハンバーガーショップに入ったのだが、そこで偶然ラジオから流れて来たのが「青い影」だった。
すると誰かが「この曲好き」と言い出したのをきっかけに「僕も」「私も」と続き、しばらくみんなで一緒に口ずさんだのだった。

その時僕は思った。この曲はそれよりまだ20年も前にイギリスで発売されたもの。それがこれだけの年数を経てフランスのパリで流れ、その当時に生まれてリアルタイムの記憶もない日本人である若者に好まれ歌われている。これは凄い事ではないか?プロコルハレムはこれだけで音楽史上に残る偉大なる業績を打ち立てたのだ。一発屋がどうだと言うのだ、アラジンと一緒にするな!と。
そして同時に歌というものは改めて世界の国境を超え、時空を超えて残っていくものなのだという思いにかられたのであった。

その「青い影」をジャズで演ってのけたのが、我らの王者キング カーティスである。ここではあの幻想的で印象深いイントロをオーケストラで仕立て、キングさんはメロディーを実に忠実に、しかもムーディーに歌いあげている。つまり全く捻っていないのだ。そしてジャズよりもむしろムード音楽に近いのは指摘されるまでもない。

事実紹介する本作は「いつも心に太陽を」や「パリのめぐり逢い」のテーマ、それに「青い影」と全く同じ展開の「男が女を愛する時」なども収録されている。これらも当然ムード音楽と呼んでも差し支え無いものだ。安っぽいとたたかれても反論は出来ない。
ではアルバム自体がそんなものなのか?それではジャズを扱う本HPには向いていないのではないか?といわれればそうではない。本作にはそれらに混じって代表曲である「MENPHIS SOUL STEW」や「ODE TO BILLIE JOE」「C.C RIDER」なんかも収録されていて、これらは思いっきりファンクでありジャズなのである。
つまりよく判らない編集をなされているのが本作なのだ。1曲づつ編成が違うのであるから、ひょっとして寄せ集めなのかも知れない。ただまあアトランティック的ではあるのだけれど。

しかし話はここで終わらせてはいけない。何故ならこれらの曲が当時どのように使われていたのかを考えてみると、色々と面白い事が見えてくるからである。
つまり、恐らくこれらは各曲シングル盤として発売されていたのではないか?そうすればそれらは全米のBARやPUBで聴かれ、一緒に歌われたと思われる。LPとしてならホームパーティーには持ってこいだし、モーテルでの男女の逢い引きにもまさにベストマッチだ。
確かにこれらは普段ここで取り上げるジャズとは明らかに赴きが違うものである。

しかしDoodlin'にて本作をメッセンジャーズやマイルスやエリントンのレコードに混じって流しても、全く違和感はないのもまた事実だ。むしろそのムードが店にぴったりで喜ばれるくらい。当店ではオイゲン キケロやヨーロピアン ジャズ トリオなどよりも果てしなくジャズとして喜ばれるのが本作なのだ。そしてこれらは、やはりキングさんのサックス吹きとしての資質、力量、そしてルーツから来る賜物であるのは間違いないところである。

人生はホンキートンク。これを心情とする飲み屋のオヤジにとって、偉大なるキングさんのレコードは正に目からうろこの宝物なのだ。

そして歌の力に乾杯。

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フレディー ハバードの魅力を一言で表すのは到底無理というもの。やる事なす事の全てに人を惹きつける何かを持っているのがフレディーだ。
そんな中で僕がつねづね感じている魅力の内のひとつが、フレディー独特のちゃっかり感である。

1964年に吹き込まれた本作。ジャズメッセンジャーズを卒業し、同じインディアナポリス出身の盟友、ジェームズ スポールディングを迎えて結成した自己のバンドの第1作目であるらしい。
注目すべきはそのオープニングを飾るタイトル曲のカッコ良さ。
ここには録音当時の最先端ジャズの持つ全ての要素が詰まっている。フリー、モード、そして俗に新主流派と呼ばれた連中が切磋琢磨して研究していた手法、おまけに従来のファンキー節にラテンフレイバーまで。考えられるありとあらゆるカッコいいモノが、正にちゃっかりと詰め込まれているのだ。

これをまるで天下をとった様に自信たっぷりと、かつどこを切っても自分のスタイルで吹ききるフレディー。前回とりあげたジャッキー マクリーンなどは、時代を追う事自体にナーバスになって、その課題に対する焦りや迷いを音楽にぶつけていたのだが、フレディーにはそれがない。マクリーンらのストイックさも魅力だが、天真爛漫を絵に描いた様なフレディーは、同じ最先端で時代を投影させた音楽を追求したものであっても、あくまでも爽快でイカしている。
悩む同世代相手にちゃっかり美味しい所を持って行き、ペロっと舌を出している。そんなオチャメぶりが目に浮かぶ様だ。

もちろんこの要素に該当するのはタイトル曲だけではない。収められた全てのナンバーが今聴いてみても新しい響きを持っているものばかり。これまでコルトレーン、ドルフィー、ビル エバンス、ハービー ハンコックらと共演し、ことごとくその音楽性を吸収したフレディー。スポールディングをはじめロニー マシューズ、エディ カーン、ジョー チェンバースという同じく当時最先端の強者達をまとめあげた手腕も目を見張るものがある。それらは全てフレディーの持つ先見性の表れなのだろう。
そしてそれをここまで嫌みが無く、聴きやすい良作に仕上がったのは、他ならぬフレディーの人柄そのものの表れといえる。本作はそんな60年代の先端を伺う事の出来る傑作と呼んでいいのではなかろうか。

さて、そんなフレディーを特集する3月のBLUENOTE MONDAYは次の月曜、4日に開催されます。この日は終日ブルーノートのフレディー漬け。クレバーな一夜をDoodlin'でおすごし下さい。

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レーベルを問わずジャッキー マクリーンとドナルド バードがフロントをつとめたアルバムって何枚くらいあるのだろう?数えた事はないけど二人がジョージ ウォーリントンのバンドで共演したあたりから、ほんの数年の間でも相当数になるのではなかろうか。本当の名コンビとはこのことか。

こんな話を聞いた。
ある日、いつものようにレコーディングスタジオに集まったものの、ジャッキーとドナルドがあまりにもはしゃぎまわって収拾がつかなくなり、とうとうエンジニアであるルディ ヴァン ゲルダー氏の雷がおちたという。
まるで中学生みたいな話だが、この二人の共演アルバムには確かにそんな若さ故の高揚感が滲み出ているものが多い。彼らにとってスタジオは部活の後のたまり場の様なものだったのだろう。
部員はこの二人だけではない。ウォルターデイビスやピートラロカ、アートテイラー、ポールチェンバースなど、みんながみんなとびきりの仲間意識で集まっているような雰囲気に溢れているのだ。

それはかいつまんでいうと彼らの青春の1ページであったという事。言い換えれば青春でジャズが成り立っていた時代だったという事か。

しかし青の時代はそうは続かないのが世の宿命。その後の彼らは音楽だけではなく、激動する世の中の変化にまで自分の存在を知らしめなくてはならない立場に置かれていく。

21世紀も13年がすぎた今に考えてみると、その後の二人はそれに充分な答えを出す活躍をしてくれたのは間違いない。ジャズファンやプレイヤーはこの二人にどのくらい教えをいただいたか、それは計り知れないくらいだ。
しかしジャズ界にこんな無邪気一辺倒な時代はもう帰って来ないのは確かだろう。この時代のこの二人を聴いていると、自分自身も失ってしまった青春時代が蘇ってきて、少し切ない。

ジャッキーもドナルドももうこの世の人ではないのだ。

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オルガン プレイヤーのリチャード グルーヴ ホルムズは1931年5月にニュージャージー州のキャムデンに生まれた。
オルガンジャズの本場といえば、この日本ではニューヨークのハーレムかシカゴと考えられているのが普通だ。しかし実際にはニューヨークからはハドソン川を超えたすぐ隣であり、黒人層が多く住むニュージャージーであるというのは、当ブログでは何度か話題にあがった。

では(キャムデンがどんな層が多く住む地域かは知らないのだけれど)そのニュージャージーで育ったというホルムズは正にジャズオルガンの申し子といった所だったのではないか…と言いたいところであるが、これが違った。

独学でオルガンを習得したホルムズは29歳までは無名のクラブミュージシャンとして活動していた。恐らくその時代は地元での活動が多かったのではないか。しかしピアニストで当時既にそれなりの名声を得ていたレス マッキャンにその腕を認められたのが1960年、ペンシルバニア州のピッツバーグでの事だ。そしてマッキャンはそのままホルムズをニュージャージーとは正反対の西海岸に本社を持つパシフィック ジャズに推薦する。

紹介するアルバムは、そのマッキャンがプロデュースしたうえ演奏にも参加したホルムズの初リーダー作。何とテナーサックスにあの大物ベン ウェブスターを迎えていて、これは新人にしては何とも贅沢な話だったのではないか?それだけマッキャンとパシフィックの力の入れようを感じるというもの。事実ホルムズのダイナミック極まる凄みは、正にタイトルに偽りなしの恐るべき新人ぶりを放っている。
手元にデーターが無いのでこれが録音された場所が西海岸なのか東海岸なのかは判らないのだけれど、何にせよオルガンの本場ニュージャージーで生まれておいて西海岸でデビューするというのも、アメリカらしいといえばらしい話だ。

さて、パシフィックジャズには意外とオルガンジャズやブルーズのアルバムが多い。白いイメージがどうしても拭えない西海岸だが、考えてみれば黒人層もたいそう多く、東とはまた違う黒人音楽文化も作っていたので、意外などと言えば通の方には語弊が生じるというものか。
しかし東で録音される黒人音楽と比べてパシフィックジャズのそれは、よりいっそう本来のブルーズそのままの姿で捉えられてるものが多いという気がする。黒いながらもどこか洗練された東とは違い、悪い言い方をすればやぼったいブルーズで延々とのりまくるのを心情としている感じ。比較的テキサスなどと行き来が多く、南部黒人そのままをルーツに持つ西の黒人層ならではの好みなのだろうか?

本作も例にもれず、ほとんどアレンジをほどこさずストレートなブルーズ感覚で叩き込んだナンバーのオンパレード。ホルムズもマッキャンもベンも、そこまで黒い必要があるのか?と聞きたくなるくらいのブルーズ臭を発散させております。正にむさくるしさ無限大。
そこがたまらなく良いのだけど。

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何やらとってつけた様なオリエンタルな庭園にて和服美女を両手に携えご満悦のシルバー氏。そのにやけ顔を見ると我らのスーパーヒーローにしてはちょっと恥ずかしいような気がしないでもない。
しかしそんなジャケットとは裏腹に、これはシルバーとシルバーの音楽に多大な変化をもたらせた、非常に重要なアルバムなのである。

シルバーが初めて日本を訪れたのが1962年正月。盟友アートブレイキーの真1年後という事になる。そしてブレイキー同様、日本に対して大変な感銘をうけて帰られたのはご存知の通り。

本作はそんなシルバーが帰国直後に日本での思い出を綴ったという、シルバー流音楽スケッチともいえるアルバム。
参加メンバーは当然一緒に日本を廻ったレギュラーメンバーで、ブルー ミッチェル、ジュニア クックのフロントからなる所謂黄金のクインテットである。

しかしこのアルバム、同じメンバーで録音されて最高にヒップにぶっ飛ばしていた前作までとはかなり違うムードに包まれております。それは簡単に言ってしまうと地味になったという事かも知れないが、別の見方をすればシルバーの演奏がより自分を見つめる傾向に向いていった最初のものであるといえる。「サヨナラブルーズ」とタイトル曲における内省的でありつつメラメラと燃えていく様は明らかにそれまでの録音とは趣きが違う。しかしこの楽調こそ、後の「ソング フォーマイファーザー」に繋がったものであろうし、自己をみつめる音楽の探求はシルバーの生涯のテーマになったといえる。

シルバーの音楽がこの地点で何かしらの変化をもたらした。では変わるきっかけとなったのはやはり日本という事になるのだろうか。彼は日本で何を見て何を感じたのだろう。シルバーの様なアーチストを変えた何か。それはひょっとすると今の日本人が忘れてしまっているとても大事な何かであった様な気がするのだ。

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ジャズとは何か?

そんな難しい事を普段から考えてる訳ではないが、先日あんまり仕事が暇なので、そんな事をちんたらと考えているうちに、僕が考えるジャズを表す最も適切な日本語を思いついた。

すなわち、ジャズとは「頓知(とんち)」である。

あの一休や彦一とんち話の「頓知」である。
辞書をひいてみると「頓知=その時、その場に応じて即座に出る知恵、機知」とある。これはもろにジャズの事ではないか。
そういえば他に頓知が重んじられる文化に日本の落語があるが、その落語家にジャズ好きが多く、ジャズマンに落語好きが多いのもこれで合点がいく。

だから僕らがジャズを聴いて、その演奏がいいなーなんて思う時は、そのプレイヤーの頓知がきいているからで、恐らくそういう人は知らず知らずジャズの本質を身につけているのだろう。
逆にいくら演奏が上手くても聴いててしんどくなる者がいたら、その人は頓知がきいていない事になる。

さて、その頓知というキーワードで、誰が頓知王であるか考えてみると、やはりこの男にたどり着くのではないか。

セロニアス モンク。

大胆でユーモア溢れる演奏は上手いといえば上手いが、そうじゃなといえばそうじゃない。作る楽曲は突拍子もないものもあれば、果てしなく美しいものもある。何もかもがまるで人を煙にまいた様な不可解さを誇るのに憎めない。むしろレコードを聴いただけで本人に触れた気分になり好きになる。子供が熊さんに惹かれてしまうのにも似ている(本物の熊に頓知があるかは知らない)。
一体どのくらいモンクは人を引きつける魅力を放ったら気がすむのか?

そんなモンクを頓知王にあげる事に関して誰も文句はあるまい…。

僕には頓知のセンスがないという事で。

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1929年ニューヨーク生まれのギルド マホネスは、知る人ぞ知るといったマイナーなピアニストの見本のような人物。
レスター ヤングやランバート、ヘンドリックス&ロスなどと共に活動していて、そこそこの評価は得たらしいのだけど、それでも今となっては恐らくかなりのジャズファンであっても、そういやいたな、くらいの認知度しかないのが現状。現に僕も何故このレコードを購入する気になったのか、今考えても全くもって不明なのであります。

しかしマイナーといってあなどってはいけないのがジャズ界の常。その中でもこの作品、ジャズファン特有の、「僕だけが知ってる掘り出し物を楽しむ」なんて次元をはるかに通り越した、文句のつけようがない素晴らしい出来なのであります。

特にトリオで占められたA面は、圧倒的なピアノテクニックに、磨かれたセンス、内省的ながらメラメラと燃え上がるご機嫌なのり。そして天性のブルースフィーリングといった、素晴らしいピアニストのもつ要素のほぼ全てを垣間見ることが出来る。おまけにジョージ タッカーのベース、ジミー スミスのドラムというこれまた地味なメンバーのサポートも素晴らしいし、ブルーズ2曲、スタンダード2曲の配置も絶妙。ほんとにこのA面は僕から言わせればパーフェクト、完璧の母といった所か。

そんな訳で一体全体なんでこんな素晴らしいプレイヤーが無名のままなのか理解に苦しむというもの。マニアックなファンだけが楽しむだけにするのはあまりに惜しい。といっても恐らくCD化はされていないだろうから、僕がこれだけ褒め称えたところでなかなか誰にも聴いてもらえるチャンスが無いのが現状。ああ悔しい。本人になりかわって悔しがるしかない。

しかし、手はある。Doodlin'におこしいただければ、大音量で聴けます(商魂)。


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