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8月10日、西日本を襲った台風の影響で、大雨が降ったことで、今年の夏の暑さは峠を越えた感じです。
こんな風に、はっきりと夏の峠越えを見るというか、感じ取れるのは、京都で生活を初めて10年で初めてのことです。
さて、二週間近く、ブログの更新ができないまま過ぎてしまいました。この間、8月7日には、姫路文学館で「明治文学の今日性」というテーマで講演し、そのあと評論家の関川夏央氏とのパネル・トークを終え、京都に戻ってきてからは、「別冊文藝」の「永井荷風特集」向けの原稿「『濹東綺譚』を読み解く-「性」において大衆とつながるお雪に注がれた眼差し」約30枚を書き上げ、昨日送稿して、ヤレヤレです。
関川氏とのパネル・トークでは、今、朝日新聞に連載中の夏目漱石の「こころ」が話題になりました。関川氏は、この小説を「不可解な小説」とし、私もまた「漱石の小説の中でも出来のよくない駄作」ということで、なぜそう思うのか、それぞれの読書体験に照らして話しました。
なぜ「駄作」と思うのか。それを書き出すと、本が一冊掛けてしまうくらい書くことが出てきてしまうので、ごくごく簡単に書くと、第一に先生の「奥さん」が、曲がりなりにも20世紀に入って、10年以上生きている女性として、つまり近代的な人格と内面世界を持った女性として全く描かれていないこと。自分が自殺してしまうことで、「奥さん」というもう一人の犠牲者を出してしまうことの矛盾に「先生」がまったく気づいてないことなどなどが挙げられます。
そもそも下宿人の「K」が、「お嬢さん」の家の部屋で、畳を鮮血で濡らして自殺するという設定も不自然です。普通なら、家の外に出て河とか海、列車に飛び込むとか、林の中で首を吊るとかするはずですが、「K]は「お嬢さん」の家で、刃物で自身を切り付け、鮮血に染まるという、なんともあてつけがましい、不自然な死に方をしたわけで、そのことの不自然さに「お嬢さん」が気付かないで、のうのうと「先生」結婚生活を送っているのも不可思議な話です。
こんな風に不可思議に思われることを書き出すときりがなくなりますが、この小説で、ただ一つ文学的にリアリティに届いていると思えるのは、「先生」が、乃木将軍が明治天皇の後を追って殉死したことを知って、自殺を決意する経緯が書かれているところです。なぜかというと、乃木将軍は西南戦争で「旗」を奪われたことで腹を切る決意を固めるわけですが、明治天皇の「それには及ばず」という一言で、生きることを許される。その結果、乃木将軍は、明治天皇が崩御するまで、おめおめと生き延びるわけですが、「武士(もののふ)たるもの、死ぬべき時には死ななければならない。それが人間としての本来の生き方であると信じ込んでいる乃木将軍にとっては、天皇の死んだときこそ、「本来の自分」に帰るべきときであった。
かくして将軍は、大正元年9月13日に、割腹自殺を遂げ、「本来の自分」を回復させることができたわけです。「先生」が、将軍の自死を知ったことが契機となって、自らの命を断ったのは、まさに乃木将軍に倣って、長い間喪われてきた「本来の自己」を実現するためだったわけです。
「先生」は、「K」が「お嬢さん」に対して恋心を抱いていることを知りながら、「K」をだまし討ちに合わせる形で、「お嬢さん」を横取りして結婚してしまった。結果、「K」は自殺してしまうことになるわけで、「K」の遺書を読んで痛切に「自責」の念にとらわれた「先生」は、その時すぐに自殺することで、「本来の自己」を全うすべきであった。にもかかわらず、「先生」は、「お嬢さん」への愛に引きずられて、おめおめと生き延びてしまったわけです。
喪われた「自己本来の生」を回復する……という主題においてのみ、この小説は文学的リアリティを有する事になります。「本来の自己」を求めてやまない「先生」の一途さが、この小説に一本ピンと緊張感を張りつめさせ、それが読むものを惹きつけているのですが、これとて、「奥さん(お嬢さん)」と置き去りにして、自分の都合だけで、「本来の自己」を求めて自殺してしまうというのは、無責任であり、もう一つのエゴイズムの発露に他ならないという批判を免れ得るものではありません。
「K」を裏切り、自決させてしまったことで、どんなに「先生」が苦しもうと、先生はその苦しみに耐えつつ、「奥さん」を愛し、共同生活を幸福な方向へ持っていけるように努力する。それが人間としての誠実さではないのか。そこのところをスッパリと切り捨てて漱石は書いている。それが、この小説が20世紀の世界文学に届きえない、一番大きな理由だろうと思います。
「こころ」のもう一つの不自然さは、「先生」が「お嬢さん」を「K」から横取りした時、「お嬢さん」に対して「性」的関心も欲望も抱いていたわけでないということを、わざわざ漱石が書き込んでいることです。同じ家に同居している異性、それも友人を裏切ってまでして奪い取って、結婚した女性に対して、まったく「性」的欲望を抱いてないなどということはありえません。にもかかわらず、そう告白した「先生」は、「お嬢さん」を人形か、でくの坊にしか見ていなかったことになります。
一体に、漱石は、小説の中で男と女の「対的」共同関係性を描く場合、、その先の展開としては「性的」結合以外にないという、ぎりぎりのところまで男と女を追い込んでおきながら、最後の結合は絶対に書こうとしなかった。逃げているといえば、逃げているわけで、なぜ漱石は「性」に対して臆病だったのかについて、漱石の内面における複雑なコンプレックスを解明していけば、本が一冊掛けるはずで、そのための最初のステップとして、最近、「『夢十夜』試論-性的秘匿あるいは禁制のトポス」というタイトルで、70枚を越える原稿を書き上げました。
フロイトが『夢判断』で証明して見せたように、夢は「性欲」、それも抑圧された「性欲」と深くかかわりがあります。にもかかわらず、漱石は10編にも及ぶ「夢の物語」を書きながら、「性」にかかわる夢は一つも書かなかった。なぜ、漱石は「性」をことさらに忌避し、秘匿したのか……拙論は、その謎を解明する、おそらくは初めての試みで、近々発行される「アナホリッシュ国文学」という雑誌の夏季号に「上」が、秋季号に「下」が掲載されることになっていますので、興味ある方は読んでみてください。
さて、写真の方は、8月10日の夕暮れ方、台風による豪雨で、一夜にして濁流逆巻く「怒り」の河と化した賀茂川の上流、柊野の堰堤で撮影した画像を見ていただきます。
3.11の時の津波の凄まじさもかくやと思わせられるような、大地をとどろかせ逆巻き、渦巻き、氾濫して流れる濁流を見ていると、思わず心の奥深い所から本能的な「恐怖心」が湧き上がってきます。しかし、人間は、年に何度か、こういう恐怖心と向かい合った方がいいのではないでしょうか。