京都と花と文学と -8ページ目

京都と花と文学と

京都洛北賀茂川周辺で撮影した四季折々の花の写真を,それぞれ花にまつわる文学や音楽、映画などの話を交えながら紹介します。





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ここにアップされている画像は、フレームの関係で右端が5センチほどカットされていす。 オリジナルの画像で見るためには、画面をクリックし、ギャラリーに入って、拡大した画像で見てください。〈 印をクリックすると次の画面に進むことができます。


ギャラリーに入ると、キャプションが消えて、読むことができません。画像にキャプションが付いているものは、キャプションを読んだうえで、ギャラリーに入り画像を鑑賞してください。



本ブログとは別にもう一つFC2に「子規 折々の草花写真帖」(http://donta71.blog.fc2.com/ というブログを、最近開きました。本ブログと内容的に同じものと違うものとがありますが、ギャラリーの背景が白いフレームになってるので、画像が一層クリアーで見やすく、画像のサイズも大きいので、オリジナルの画像により近い画像でお楽しみになれます。ぜひのぞいてみてください!


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お彼岸が近づき、彼岸花や秋海棠、酔芙蓉、コスモス、秋明菊、萩など、秋の初めに咲く花が次々と咲き始めました。


その一方で、百日紅とか木槿、芙蓉、朝顔など夏に咲いていた花も、名残りの花のように咲き残っています。


今年最後の夏の花として、白い木槿と芙蓉の花を見ていただきます。いづれも、8月の末から9月の初めにかけて、家の近所で撮影したものです。

木槿は松尾芭蕉の俳句に「道の辺(べ)の木槿(むくげ)は馬に喰われけり」などと詠まれて、夏の間、どこにでも咲いている、どことなく安っぽい感じのする花のイメージですが、写真に撮ると見違えるほど、高貴で気品のある花に変身してくれます。

藤沢周作の時代小説に出て来るような、どこか悲しく、寂しげで、薄倖の影を背負いながら、けなげに凛として背筋を伸ばして生きていく……そんな古き、良き時代の日本の気品ある女性を偲ばせてくれます。



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カラス瓜







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8月の末から夏は一気に幕を閉じてしまったようで、今年は「残暑厳しき折……」という時候の挨拶がつかえないまま、夏は終わってしまった感じで、今朝の京都も、じとじとと秋の終りのころに降るような雨が陰気に降っています。


さて、賀茂川の濁流や東山浄苑の盆灯会の画像など、しばらく花の画像から遠ざかっていましたが、季節が夏から秋に切り替わったのを機に、花の画像に戻りたく思います。

といっても8月の半ばから末にかけて撮った画像なので、秋の花ではなく、夏の花、それも夏の終りに咲く白い花ということで、烏瓜や夕顔、風船カズラなど、夕暮れ方に白く咲く花の画像を、「夏の終りの白い花」と題して見ていただきます。

8月の末、地蔵盆を過ぎる辺りから、さしもの真夏の激越な暑さも衰えを見せ始め、海水浴や林間学校、キャンプ、夏まつり、お盆、花火大会……ひと夏の心躍るページェントも一通り終わり、あと何日で学校が始まるか、心の中で残る夏休みの日数を数え、ほったらかしにしてきた宿題のことが気になりだす……

そう、小津安二郎が作家の里見弴と脚本を共同執筆し、今から51年前の1963年にNHKから放映された、ホーム・ドラマ『青春放課後』の中で、婚期をやや過ぎかけた、京都の居酒屋の女将の一人娘を演じた小林千年勢が、同じく小津安二郎が野田高桐と脚本を共同執筆し、監督した『秋日和』の中で、小津映画初出演の山本富士子が京都弁でしゃべる口調をそっくりまねして語る科白のように、生徒たちが帰ってしまった後のガランとしてひと気なく、なんとなく心朽ちて、気落ちしたような放課後の校庭のたたずまい。時間だけが空しく流れていく……そう、終わりかかった青春の時の流れのように。

あんなに楽しく、幸福だった夏休みがもうすぐ終わってしまう……どんなに楽しく、幸福な時間であれ、時間というものは流れ去っていくものだということ、そのことを子供心に感じ取ることで、「幸福の限界」ということを知った。それが、60年以上の年月を経て、今、『原節子、号泣す』(集英社新書)に結実したように思います。






































夕顔
















朝顔


























風船カズラ









































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815日夜、東山浄苑の盆灯会で撮影した画像から、納骨堂の前で焚かれた送り火の画像を見ていただきます。


「迎え火」に「送り火」ということで、火を焚くことで死者たちの霊がこの世に帰ってきて、一族再会を喜び合い、「送り火」に送られて、再びあの世へと帰っていく。この日本独特の習わしは、古来から日本人が、死者と濃密な関係に生きていたことを物語っています。


ただ、日常生活の中で、毎日、24時間死者とかかわって生きていくことは、とてもできないので、死者を招き、弔らい、送り返すための日とセレモニーを特別に定めた。それがお盆ということなのでしょう。ある意味では、死者たちの存在を忘れるための儀式、あるいは装置と言ってもいいでしょう。


でも、本当に死者たちは、あの世に帰っていき、安らかな眠りにつくことができるのでしょうか?  夏の宵闇に甦った死者たちの魂の叫びように激しく燃え上がる送り火や恨めし気に浮かび上がる灯篭、風に揺れる蠟燭の光を見ていると、死者たちは、私たちが生きている現世に遍満している。そして、ひとたびそのことを意識し、耳を澄ませば、泣き、叫び、呪い、苦しみ、怒る無数の死者たちの声が聞こえてくる。私は、そう思えて仕方がありません。



多分それは、私が批評、評論という形で、読み、書くことを通して、意識・無意識的に死者と常に向かい合っているからなのでしょう。死者と向かい合う……それは、文学だけでなく、絵画や音楽、演劇、ダンス……すべて芸術的表現にかかわるものが、負うべきもっとも基本的な、そして宿命的な条件ではないか。そのことに関連して、一つ書いておきたいことがあります。

二年ほど前、千葉に住む友人S氏(在野の偉大なる読書家)と、メールで連句のやり取りをしたことがあります。


連句というのは、芭蕉が完成させた集団的な俳句の形式で、何人かの人が集まって、「575」に対して「77」と交互に句を付けていき、36句で完成させるものです。私は、学生時代から連句が好きで、芭蕉の『七分集』をいつも手にして、読んでいました。そのせいで、芭蕉が、「ひさご」のなかで、濱田珍磧と菅沼曲水とで巻いた「花見の巻」で付け合せた、「千部読む花の盛りの一身田」「巡礼死ぬる道のかげらう」「何よりも蝶のうつつぞあはれなり」の三句は、連句芸術の頂点を極めたものとして、いまでも諳んじています。


そんなわけで、原稿書きの息抜きにということで、氏に「文学連句」をやろうと持ちかけて、二日か三日に一句づつ、メールが詠んだ句を送りあって、三か月くらいかけて完成させたものです。たとえば、9句目から12句目までの付け合せは、漱石の『吾輩な猫である』と李白の「山中独酌」、小津安二郎の『麦秋』にちなんだもので、以下のようになります。(「笑骨」というのは私の俳号で、「水白子」というのはS氏の俳号です)



 9痩せ猫ののぼせるほどの暖かさ     水白子 (漱石『吾輩は猫である』)

  10月に向かいてまた一杯の酒       笑骨  (李白「山中独酌」)

  11麦秋の終わりを行くは雛の嫁      水白子 (小津安二郎『麦秋』)

  12大和に老いて渋茶飲みける       笑骨  (同上)

それで、文学歌仙(連句のこと)もそろそろ終りに近づいた29句目で、私が、蕪村の「愁ひつ
つ丘にのぼれば花いばら」に基づいて「月淡くバラ咲く丘にうれひあり」と詠んだところ、S氏が「みはるかす河茫々と海へ」と返してきたのです。それを読んで、一気に私の頭に甦ってきた

のが、それより一年半ほど前、テレビの画面で見た「3.11」で、すべてのものが波に飲み込まれ流されていく光景でした。あの時、私は『正岡子規、従軍す』の「あとがき」を書いていたのですが、ショックで続きが書けなくなってしまったのです。その時のショックはずっと後まで続き、今も続いています。花を水に浮かべて撮るようになったのも、あの大津波の凄まじい光景を見てしまってからのことでした。


S氏の「みはるかす河茫々と海へ」の返句を読んで、ただちに私の耳に聞こえてきたのは泣き叫び、海へと流され沈んでいく子供たちの声でした。そこで詠んだのが「泣き叫び子らは流され沈みけり」という句で、最後の結句までS氏とのやり取りは、以下のように続きます。

ちなみに、ここで私が二句続けて詠んでいるのは、ここでは私の方が二句続けて詠むという連句の決まりがあるからなのです。

  31泣き叫び子らは流され沈みけり       笑骨  

  32狂へる母の一人念仏            笑骨  

  33涙雨大川打つや梅若忌            水心子 

  34名残の花もあらかたは散り          笑骨

35佳き人の酔いから覚めず花海棠        水心子

  36すべてめでたく嫁を迎える          笑骨


そうなのです。死者たちは、私たちの周囲に遍満し、泣き、叫び、苦しみ、呪いの声を挙げているのです。しかし、私たちは、不断は死者たちの声を聞こうとしない……心の目と耳をシャットダウンしてしまっている。

それが、お盆の夜だけは、封印の帯を解いて人々は死者たちの声に耳を傾けようとする。暗い闇夜に凄まじい勢いで燃え上がる送り火の焔にカメラを向けながら、私もまた、間違いなく死者たちの泣き、叫ぶ声を聴き取っていたのです。






















































































































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8月15日、終戦記念日の日は、毎年、東山の浄苑に行き、ご先祖様にお参りし、戦争で亡くなられた方々のご冥福を祈ることにしております。


今年もまた、ワイフ共々、ワンちゃんを連れてお参りに行ってきました。


7時過ぎ、盆灯に灯がともり、深まり行く宵闇の中、淡いオレンジ色の灯篭と、風に揺れる蠟燭の光が次々と点っていくと、さながら死者たちの魂が、灯に惹かれて浮かび出てきたようで、しばし幻想的な時空間に身を浸しながら、死者たちの冥福を祈り、この地球上から一日も早く戦争の「火」が亡くなる窯、祈りを捧げてきました。


生きているものと死んでいったものの魂が、交わり、感応する夏の夜、灯篭と蠟燭と焚火の炎が織り上げる幽玄な光のタペストリーを、二回に分けて見ていただきます。最初は、盆灯と蠟燭の光の画像です。


























































































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8月10日、西日本を襲った台風の影響で、大雨が降ったことで、今年の夏の暑さは峠を越えた感じです。
こんな風に、はっきりと夏の峠越えを見るというか、感じ取れるのは、京都で生活を初めて10年で初めてのことです。

さて、二週間近く、ブログの更新ができないまま過ぎてしまいました。この間、8月7日には、姫路文学館で「明治文学の今日性」というテーマで講演し、そのあと評論家の関川夏央氏とのパネル・トークを終え、京都に戻ってきてからは、「別冊文藝」の「永井荷風特集」向けの原稿「『濹東綺譚』を読み解く-「性」において大衆とつながるお雪に注がれた眼差し」約30枚を書き上げ、昨日送稿して、ヤレヤレです。


関川氏とのパネル・トークでは、今、朝日新聞に連載中の夏目漱石の「こころ」が話題になりました。関川氏は、この小説を「不可解な小説」とし、私もまた「漱石の小説の中でも出来のよくない駄作」ということで、なぜそう思うのか、それぞれの読書体験に照らして話しました。


なぜ「駄作」と思うのか。それを書き出すと、本が一冊掛けてしまうくらい書くことが出てきてしまうので、ごくごく簡単に書くと、第一に先生の「奥さん」が、曲がりなりにも20世紀に入って、10年以上生きている女性として、つまり近代的な人格と内面世界を持った女性として全く描かれていないこと。自分が自殺してしまうことで、「奥さん」というもう一人の犠牲者を出してしまうことの矛盾に「先生」がまったく気づいてないことなどなどが挙げられます。


そもそも下宿人の「K」が、「お嬢さん」の家の部屋で、畳を鮮血で濡らして自殺するという設定も不自然です。普通なら、家の外に出て河とか海、列車に飛び込むとか、林の中で首を吊るとかするはずですが、「K]は「お嬢さん」の家で、刃物で自身を切り付け、鮮血に染まるという、なんともあてつけがましい、不自然な死に方をしたわけで、そのことの不自然さに「お嬢さん」が気付かないで、のうのうと「先生」結婚生活を送っているのも不可思議な話です。


こんな風に不可思議に思われることを書き出すときりがなくなりますが、この小説で、ただ一つ文学的にリアリティに届いていると思えるのは、「先生」が、乃木将軍が明治天皇の後を追って殉死したことを知って、自殺を決意する経緯が書かれているところです。なぜかというと、乃木将軍は西南戦争で「旗」を奪われたことで腹を切る決意を固めるわけですが、明治天皇の「それには及ばず」という一言で、生きることを許される。その結果、乃木将軍は、明治天皇が崩御するまで、おめおめと生き延びるわけですが、「武士(もののふ)たるもの、死ぬべき時には死ななければならない。それが人間としての本来の生き方であると信じ込んでいる乃木将軍にとっては、天皇の死んだときこそ、「本来の自分」に帰るべきときであった。


かくして将軍は、大正元年9月13日に、割腹自殺を遂げ、「本来の自分」を回復させることができたわけです。「先生」が、将軍の自死を知ったことが契機となって、自らの命を断ったのは、まさに乃木将軍に倣って、長い間喪われてきた「本来の自己」を実現するためだったわけです。


「先生」は、「K」が「お嬢さん」に対して恋心を抱いていることを知りながら、「K」をだまし討ちに合わせる形で、「お嬢さん」を横取りして結婚してしまった。結果、「K」は自殺してしまうことになるわけで、「K」の遺書を読んで痛切に「自責」の念にとらわれた「先生」は、その時すぐに自殺することで、「本来の自己」を全うすべきであった。にもかかわらず、「先生」は、「お嬢さん」への愛に引きずられて、おめおめと生き延びてしまったわけです。


喪われた「自己本来の生」を回復する……という主題においてのみ、この小説は文学的リアリティを有する事になります。「本来の自己」を求めてやまない「先生」の一途さが、この小説に一本ピンと緊張感を張りつめさせ、それが読むものを惹きつけているのですが、これとて、「奥さん(お嬢さん)」と置き去りにして、自分の都合だけで、「本来の自己」を求めて自殺してしまうというのは、無責任であり、もう一つのエゴイズムの発露に他ならないという批判を免れ得るものではありません。


「K」を裏切り、自決させてしまったことで、どんなに「先生」が苦しもうと、先生はその苦しみに耐えつつ、「奥さん」を愛し、共同生活を幸福な方向へ持っていけるように努力する。それが人間としての誠実さではないのか。そこのところをスッパリと切り捨てて漱石は書いている。それが、この小説が20世紀の世界文学に届きえない、一番大きな理由だろうと思います。


「こころ」のもう一つの不自然さは、「先生」が「お嬢さん」を「K」から横取りした時、「お嬢さん」に対して「性」的関心も欲望も抱いていたわけでないということを、わざわざ漱石が書き込んでいることです。同じ家に同居している異性、それも友人を裏切ってまでして奪い取って、結婚した女性に対して、まったく「性」的欲望を抱いてないなどということはありえません。にもかかわらず、そう告白した「先生」は、「お嬢さん」を人形か、でくの坊にしか見ていなかったことになります。


一体に、漱石は、小説の中で男と女の「対的」共同関係性を描く場合、、その先の展開としては「性的」結合以外にないという、ぎりぎりのところまで男と女を追い込んでおきながら、最後の結合は絶対に書こうとしなかった。逃げているといえば、逃げているわけで、なぜ漱石は「性」に対して臆病だったのかについて、漱石の内面における複雑なコンプレックスを解明していけば、本が一冊掛けるはずで、そのための最初のステップとして、最近、「『夢十夜』試論-性的秘匿あるいは禁制のトポス」というタイトルで、70枚を越える原稿を書き上げました。


フロイトが『夢判断』で証明して見せたように、夢は「性欲」、それも抑圧された「性欲」と深くかかわりがあります。にもかかわらず、漱石は10編にも及ぶ「夢の物語」を書きながら、「性」にかかわる夢は一つも書かなかった。なぜ、漱石は「性」をことさらに忌避し、秘匿したのか……拙論は、その謎を解明する、おそらくは初めての試みで、近々発行される「アナホリッシュ国文学」という雑誌の夏季号に「上」が、秋季号に「下」が掲載されることになっていますので、興味ある方は読んでみてください。


さて、写真の方は、8月10日の夕暮れ方、台風による豪雨で、一夜にして濁流逆巻く「怒り」の河と化した賀茂川の上流、柊野の堰堤で撮影した画像を見ていただきます。


3.11の時の津波の凄まじさもかくやと思わせられるような、大地をとどろかせ逆巻き、渦巻き、氾濫して流れる濁流を見ていると、思わず心の奥深い所から本能的な「恐怖心」が湧き上がってきます。しかし、人間は、年に何度か、こういう恐怖心と向かい合った方がいいのではないでしょうか。






























































































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ここにアップされている画像は、フレームの関係で右端が5センチほどカットされていす。 オリジナルの画像で見るためには、画面をクリックし、ギャラリーに入って、拡大した画像で見てください。〈 印をクリックすると次の画面に進むことができます。


ギャラリーに入ると、キャプションが消えて、読むことができません。画像にキャプションが付いているものは、キャプションを読んだうえで、ギャラリーに入り画像を鑑賞してください。



本ブログとは別にもう一つFC2に「子規 折々の草花写真帖」(http://donta71.blog.fc2.com/ というブログを、最近開きました。本ブログと内容的に同じものと違うものとがありますが、ギャラリーの背景が白いフレームになってるので、画像が一層クリアーで見やすく、画像のサイズも大きいので、オリジナルの画像により近い画像でお楽しみになれます。ぜひのぞいてみてください!


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前回、アップした水をたたえて暗い水の上に浮かぶ蓮の花弁の画像を、千葉に住む友人で、「在野の偉大なる読書家」S氏に送ったところ、以下のようなコメントが返ってきました。



蓮舟はすなわち三途の川の渡し舟か。色々な連想(時に妄想でもいいのですが)を喚起する写真

いい写真だと思っていますのでたいへんおもしろい。やはり蓮の舟でないとダメです。 渡し賃はいま

でも6文なんでしょうか。



「三途の川の渡し船」という見立ては、私にとってまったく意外というか、予期していませんでした。というのは、このところ「死」をテーマにした画像が続いていたので、私としては「死」から離れて、単純に画像そのものの美しさを楽しんでもらえればと思っていたからです。


画像のイメージを通してつむぎ上げられる「物語」が、まったく想像もしていなかった方向に読み取られたことに驚くと同時に、自分では意識してないところで、やっぱり「死」を意識していた、つまり意識の表層の裏側で、無意識に働かせていた直観で「死」を写し撮っていた。そのことを指摘されて、「ああ、やっぱりな!」と納得し、自分の直観力の働きにいささか自信を持った次第です。こういうコメントは、本当に刺激的で参考になりますね。


ところで、同じ画像を「灰色の猫」さんに送ったところ、以下のようなコメントが返ってきました。



 今回のお写真は蓮の舟ですね。

  花弁が散って間もない時期だけに、舟でもあり、また揺籃のようにも見えました。


生まれたばかりの赤児とて、ゆらり揺られて行き着く果ては 私たちみんなが

  公平に行くべきところではありますが・・・


 三途の川の渡し舟とは・・・このお友だちの方はやはり蓮でなければ、と考えておられる

  のですよね。



「灰色の猫」さんも、「三途の川の渡し船」というのは意外だったようですね。それにしても、「揺藍」というのも、私にとっては意外でした。S氏の「三途の川の渡し船」が男性的で、おどろおどろしく、仏教的な「死」の世界の物語だとすれば、こちらはいかにも女性的で、優しく、かわいらしくて、西洋風な詩的メルヘンの世界ですね……。


ともあれ、二人の方から、対称的なイメージと物語の糸口が提示されてきたので、それを受けて、私の中で新たにイメージを膨らませて撮ったのが、今回見ていただく画像で、題して「緑の黄金虫の屍体は、蓮の花の揺籃に乗って永遠の眠りの国へ」。


死んだ黄金虫の屍体は、蓮の花の舟に乗って、緑色の宝石のように輝きながら、

暗い冥界の海(あるいは天空)のはるか彼方にある、すべてのものの始原の故郷である永遠の眠りの国へと、静かにゆっくりと旅立っていきました……。


画像は、いずれも、七本松の立本寺本堂前の水盤にたまった水の上に蓮の花弁を浮かべ、その上に黄金虫を載せて撮影したものです。


ところで、この画像を、35度を越える猛暑の中、ギラギラと照りつける太陽光を真上から浴びながら、汗まみれになって夢中で撮影していると、寺の境内に虫探しに来た、小学校に上がる前らしい腕白小僧、3、4人が「オッチャン、何やっているの」と、興味深そうに寄ってきました。


水盤はちょっと高いので、一人一人抱き上げて見せてあげたら、水面に一面に浮かんだ蓮の花弁には、いちように「わあ、きれい!」と嘆声を挙げましたが、花弁の上に乗っている黄金虫には、「これ何? 何しているの?」不思議そうな顔をして聞いてくるので、「これはね……」と説明してやったところ、分かったような分からないような顔つきで、一様に「ふーん」。


そのあと、桜の木のちょっと高い所の枝の葉に、セミの抜け殻が一匹かじりついてるのを子供が見つけ、「おっちゃん、あれ取ってよ」とせがまれて、カメラを置いて、最初は石ころを放り投げて、落とそうとしたのですが、うまく当たらない。子供の中の一人が1メートル弱の細い棒を持っていたので、その子を抱き上げてたたき落とそうとするも、ほんの数センチ届かず、これも断念。子供たちに、ほかに探してよう!……とせがまれ、しばらく境内をうろついて探したのですが、こういうものは見つけようとするとないもので、結局見つからずじまい。面白くなさそうな、子供たちがかわいそうなので、仕方がなく撮影用にとビニール袋に入れて持ってきた抜け殻(賀茂川の土手の桜の木の葉に留まっていたもの)を数匹、子供たちにあげたら、大喜びして帰って行きました。


私は、今年の9月29日で満72歳になります。そんな年寄りが、真夏の日差しが照りつけるお昼前の寺の境内で、65歳以上もの年齢の差を越えて、子供たちと蝉の抜け殻探しをして遊んだ……なんだか良寛さんになったような気持ちで、その日一日幸せでした。







































































2014年7月22日午前9時半ころ/リコーCX-3にて撮影




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いやあ、暑くなってきましたね。昨日、今日の京都は、日中、優に35度は越えていましたね。

さて、「死と変容」というテーマで、ナガミヒナゲシやタチアオイ、カボチャの花などを水に浮かべ、腐爛した花弁の中に死んだ虫を置いた画像を、続けて見ていただいたので、少し趣向を変え、今年最初の蓮の花の画像として、花が散って、水の上に落ち、それば半分水に沈みかけて、水を湛えている画像を、「沈める夢の蓮舟」と題して、二回に分けて見ていただきたく思います。


夢の世界の暗い海、あるいは天空に白い蓮の花の舟が浮かんでいる。沈んだ舟にたまった水は「涙」・・・・・・そう人間が人間であることの悲しみを知ってしまったものの「涙」、とでもいえば、分かる人は分かってくれると思います。


画像は、いづれも七本松の立本寺の本堂前、鉢植えの蓮の花が、散り落ちて、鉢の水に浮かんでいたものを、リコーのCX-3とシグマのDP2xで撮影したものです。

ところで、これまでの「死」のイメージから離れて、「夢」のイメージをということで、今回アップしたこれらの画像を、千葉に住む「偉大なる在野の読書人」であるS氏に送ったところ、以下のようなコメントが返ってきました。



  蓮舟はすなわち三途の川の渡し舟か。色々な連想(時に妄想でもいいのですが)を喚起する写真
  がいい写真だと思っていますのでたいへんおもしろい。やはり蓮の舟でないとダメです。 渡し賃はいま
  でも6文なんでしょうか。



いやあ、夢の世界の蓮の花舟が「三途の川」の渡し船とは、驚いた! 自分では、今回は「死」の世界とはつながってないと思っていたのに、やっぱりつながっていたのですね。でも、無意識の世界ででも、自分にとって一番大きなテーマである「死」を見据えようとしていたという意味で、S氏のコメントは励みになります。


さて、話が全く変わりますが、8月7日(木)、姫路文学館で、「明治文学の今日性」というテーマで、文芸評論家の関川夏央氏と組んで、講演とパネルトークを行うことになっております。


私は、「子規の『洪水』と3.11」というタイトルで45分話をし、そのあと、関川氏と「明治文学の今日性」について、ディスカッションをすることになっており、その模様はラジオ関西を通して同時中継で放送されるそうです。


二月の末に、子規記念博物館で行った講演会の時と同じように、正岡子規の従軍関係の写真や明治29年に東北三陸地方を襲った地震と大津波による大災害の模様を描いた画像(「風俗画報」の特集号に掲載されたもの)をスクリーンに映し出しながら、話を進める予定です。

講演会のパンフを、最後に貼りつけておきますので、ご覧になったうえで、聞きに行ってみようかという気になられた方がおられれば、嬉しく思います。










































































2014年7月16日午前10時/リコーCX-3にて撮影




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暑いですね。


京都は昨日から本格的に夏入りしたようで、朝からカンカン照りに太陽が照り付け、お昼過ぎには35度近くまで気温は登っていたと思います。蝉が一気に鳴き始めました。


相変わらず、「死と変容」というテーマで、花を水に浮かべて撮っています。昨日の朝、4日ほど前から水に浮かべてあった立葵の花が、半分腐りかけ、花弁が爛れて、薄い衣の衣のように漂っているところに、緑色の黄金虫の屍体が浮いていて、そこに厳粛な美の世界が表出されているように思えたので、夢中で撮影。その画像を見ていただきます。


ある人が、私の撮る花の画像を見て、「花の九相図を描いている」と言ってくれました。「九相図」というのは、仏教絵画の一つで、人間の「生」を、「死」に向かって絶えず変化していく「相」としてとらえ、その「相」を九つの段階に分けて、描いたものです。最後の死んだ人間の死体が腐り、悪臭を放ち、野良犬がそれを食いちぎっている図は、酸鼻を極め、普通の人なら目をそらしてしまいます。


確かに、これまで花の写真を撮り、パソコンの上で編集し、最終的作品に仕上げていくプロセスを続ける中でで、「死」ということは常に意識していました。「花の九相図を描いている」と言われて、なるほど、そうなのかと思った次第です。


すでに、このブログでも記したように、「艸冠」に、硬直した人間の死体を表す象形文字「タ」と「変化」を表す「ヒ」が組み合わさってできた「花」という文字、それ自体が、華やかに咲く花の姿を、その内側で、絶えず「死」へと向かって進んでいく「変化」」の相において捉えた文字であるということ。つまり、花自体が、「死」の表象であり、腐爛し、解体し・崩壊し、消えていこうとする一歩手前でに、奇跡的に花の「屍体」に一瞬宿る「死神」の美、といったものをカメラに収め、パソコンのモニターの画面の上に蘇らせようとしていると言えるのかもしれません。


それはまた、死んでいった者たちを、美しくよみがえらせ、供養したいという私の願望であり、同寺に、私自身の内部で、日々刻々と進む「死」への変化を、花を通して見据え、そこに少しでも「美」の装いを凝らしておきたいという願望の表れなのかもしれません。






2014年7月16日午前10時/リコーCX-3にて撮影






2014年7月16日午前10時/リコーCX-3にて撮影






2014年7月16日午前10時/リコーCX-3にて撮影






2014年7月16日午前10時/リコーCX-3にて撮影





2014年7月16日午前10時/リコーCX-3にて撮影





2014年7月16日午前10時/リコーCX-3にて撮影





2014年7月16日午前10時/リコーCX-3にて撮影






2014年7月16日午前10時/リコーCX-3にて撮影






2014年7月16日午前10時/リコーCX-3にて撮影






2014年7月16日午前10時/リコーCX-3にて撮影





2014年7月16日午前10時/リコーCX-3にて撮影





2014年7月16日午前10時/リコーCX-3にて撮影






2014年7月16日午前10時/リコーCX-3にて撮影





2014年7月16日午前10時/リコーCX-3にて撮影





2014年7月16日午前10時/リコーCX-3にて撮影



























2014年7月2日午後3時ころ/リコーCX-3にて撮影


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ここにアップされている画像は、フレームの関係で右端が5センチほどカットされていす。 オリジナルの画像で見るためには、画面をクリックし、ギャラリーに入って、拡大した画像で見てください。〈 印をクリックすると次の画面に進むことができます。


ギャラリーに入ると、キャプションが消えて、読むことができません。画像にキャプションが付いているものは、キャプションを読んだうえで、ギャラリーに入り画像を鑑賞してください。



本ブログとは別にもう一つFC2に「子規 折々の草花写真帖」(http://donta71.blog.fc2.com/ というブログを、最近開きました。本ブログと内容的に同じものと違うものとがありますが、ギャラリーの背景が白いフレームになってるので、画像が一層クリアーで見やすく、画像のサイズも大きいので、オリジナルの画像により近い画像でお楽しみになれます。ぜひのぞいてみてください!


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昨日は朝から強い夏の日差しが差し込み、日中の気温は30度を越える暑さで、どうやら梅雨は明けたのかなと思わせられましたが、今朝はしとしとと雨が降り、再び梅雨に舞い戻った感じ。何かしっくりこない今年の梅雨ですね。


さて、6月の初めから咲き続けてきた立葵の花も、どうやら週末の時を迎えたようで、大きな花柄の花はほとんど姿を消し、ちいさなお猪口のような花が、ポツリポツリと立ち枯れた茎に残るだけとなってしまいました。


この花は、梅雨時に咲く花の中では、花柄が大きく、ピンクや赤、紫の色合いもかなり強く、独特の癖をもっているのですが、花弁が薄く、透明感があるので、写真に撮り甲斐がるというのか、花の咲き始めの楚々とした姿、正におごりの時といった感じの全開した時のゴージャスな色彩と姿態、やや萎れかけた時の、挫けたといった感じの悲しげな表情、萎れて細長くうなだれた時の哀れな姿、そして地面に落ちて朽ち衰えた無残な屍体……と、花の生涯のさまざまなステージで、それぞれに美しく、カメラのレンズを通して変身した姿を見せてくれ、ナガミヒナゲシと並んで、毎年撮り続けてきて飽きない花です。


この花に、私が魅せられているもう一つの理由は、暗い水に浮かべると、これまた驚くほど見事に変身して、この花のもう一つの隠された魅力を余すとこrなく見せてくれることです。


とりわけ、萎れ崩れかけ、惨めに色あせた花が、グロテスクの一歩手前で踏みとどまって、怪しく輝くその美しさは、何に例えたらいいのでしょう?・・・・・


地面に落ちたピンクや白や、紫、赤の立葵rを水に浮かべて、3、4日放っておくと、花弁が崩れほどけてきて、あたかも薄く、透明な絹のベールのように、漾(たゆた)い、浮かんでくる。それを単体でもいいし、5個とか6個、さらには10個から20個と集めて撮影すると、想像もつかないほど幻想的で、怪しくも美く変身した姿を見せてくれます。


崩れ、爛れほどけ、腐敗して、腐臭を放つ寸前、死に行くものが束の間見せてくれる、壮絶な美、そして時にはユーモラスな笑いの世界……美とグロテスクは表裏一体であることを、改めて思い知らされます。







2014年7月2日午後3時ころ/リコーCX-3にて撮影





2014年7月5日午前10時ころ/リコーCX-3にて撮影






2014年7月5日午前10時ころ/リコーCX-3にて撮影






2014年7月5日午前10時ころ/リコーCX-3にて撮影








2014年7月5日午前10時ころ/リコーCX-3にて撮影







2014年7月5日午前10時ころ/リコーCX-3にて撮影







2014年7月5日午前10時ころ/リコーCX-3にて撮影






2014年7月5日午前10時ころ/リコーCX-3にて撮影






2014年7月5日午後4時時ころ/リコーCX-3にて撮影






2013年7月9日午前10時ころ/リコーCX-3にて撮影



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ここにアップされている画像は、フレームの関係で右端が5センチほどカットされていす。 オリジナルの画像で見るためには、画面をクリックし、ギャラリーに入って、拡大した画像で見てください。〈 印をクリックすると次の画面に進むことができます。


ギャラリーに入ると、キャプションが消えて、読むことができません。画像にキャプションが付いているものは、キャプションを読んだうえで、ギャラリーに入り画像を鑑賞してください。



本ブログとは別にもう一つFC2に「子規 折々の草花写真帖」(http://donta71.blog.fc2.com/ というブログを、最近開きました。本ブログと内容的に同じものと違うものとがありますが、ギャラリーの背景が白いフレームになってるので、画像が一層クリアーで見やすく、画像のサイズも大きいので、オリジナルの画像により近い画像でお楽しみになれます。ぜひのぞいてみてください!


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今年の京都は、梅雨の時節だというのに、雨がほとんど降らず、今日も朝から強い夏の日差しが差し込んで、日中は30度を越えるカンカン照りになることでしょう。


紫陽花は、やっぱり雨が降らないとカメラを向ける気になれませんが、そうもばっかり言っていられないので、去年撮影した画像と、今年6月に入ってから撮影した画像から、よく撮れているものを、最初は白に絞って見ていただきます。


紫陽花を筆頭に、ザクロや夾竹桃、百日紅などなど、梅雨のこの時期に咲く花は、カメラのレンズを通してもなかなか美しく変身してくれないので、苦労させられます。理由は、花弁が厚くて透明感がない、色合いが濁っていて、花としての華やぎがない、あるいはザクロのように朱色の赤が強烈過ぎて、カメラのレンズが負けてしまう……などなどです。


紫陽花もまた、花弁の肉が厚くて、透明感がないので、イメージが固く、カメラで撮影しても余韻が出てこないのですね。それと、あのブルーや紫の色合いに、独特の癖があって、それがレンズの中で美しく変身することを妨げている……。


ですから、こういう花は、水彩絵の具で透明感を持たせて描くといいのでしょう。雨に濡れると見違えるほど、美しく見えるのも、花の表面が雨に濡れることで、イメージの固さや色合いの癖が抜け、透明感が出て来るからなのでしょう。


今回、最初に白い紫陽花を紹介するのは、白が、ブルーや紫、ピンクの色合いと比べて、比較的癖がなく、紫陽花の花の中では比較的透明感があるからです。




追記: 今日の夕方、たまたま「灰色の猫」さんの『俳句日記」のブログを覗いてみたら、

     偶然の一致で、「今日の季語」として「紫陽花」が取り上げられ、「紫陽花や切れ

     ば後ろに闇ばかり」と自作の句が詠まれ、さらこれまた偶然の一致で、白い

     紫陽花の写がアップされていました。何かの「感応」でしょうか(笑)。


        紫陽花や切れば後ろに闇ばかり



     それはともかく、私の花の写真の本質を見抜かれたようで、ドキリ(笑)。


     「灰色の猫」さんが書いておられるように、確かに、紫陽花の花は、「チョッキン」と

     切ると、あとは「闇」……。そうなのです、私の紫陽花の写真も、いえ紫陽花だけ

     でなく、どの花の写真も、花を切り取ってしまえば、「闇」、「闇」、「闇」…・・。


          あぢさゐの藍を盗みに闇迫る      長谷川秋子



     花の姿を借りて、「闇」の世界から浮かび上がってくるもの、現れ出て来るもの

     (もしかしたら死者)を、私は、写し撮うとしているのかもしれませんね。






2013年7月9日午前10時ころ/リコーCX-3にて撮影






2013年7月9日午前10時ころ/リコーCX-3にて撮影






2014年6月14日午前10時ころ/リコーCX-3にて撮影







2014年6月14日午前10時ころ/リコーCX-3にて撮影





2014年6月26日午前10時ころ/リコーCX-3にて撮影





2014年6月9日午前10時ころ/リコーCX-3にて撮影




2014年7月9日午前10時ころ/リコーCX-3にて撮影






2013年7月9日午前10時ころ/リコーCX-3にて撮影




2013年7月9日午前10時ころ/リコーCX-3にて撮影




2013年7月9日午前10時ころ/シグマDP2xにて撮影





2013年7月9日午前10時ころ/リコーCX-3にて撮影








2013年7月9日午前10時ころ/リコーCX-3にて撮影







2013年7月9日午前10時ころ/リコーCX-3にて撮影






2014年6月25日午前10時ころ/リコーCX-3にて撮影






2014年6月25日午前10時ころ/リコーCX-3にて撮影






2014年6月25日午前10時ころ/リコーCX-3にて撮影












     なかなかいい句ですね。