2014年7月16日午前10時/リコーCX-3にて撮影
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本ブログとは別にもう一つFC2に「子規 折々の草花写真帖」(http://donta71.blog.fc2.com/
)というブログを、最近開きました。本ブログと内容的に同じものと違うものとがありますが、ギャラリーの背景が白いフレームになってるので、画像が一層クリアーで見やすく、画像のサイズも大きいので、オリジナルの画像により近い画像でお楽しみになれます。ぜひのぞいてみてください!
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暑いですね。
京都は昨日から本格的に夏入りしたようで、朝からカンカン照りに太陽が照り付け、お昼過ぎには35度近くまで気温は登っていたと思います。蝉が一気に鳴き始めました。
相変わらず、「死と変容」というテーマで、花を水に浮かべて撮っています。昨日の朝、4日ほど前から水に浮かべてあった立葵の花が、半分腐りかけ、花弁が爛れて、薄い衣の衣のように漂っているところに、緑色の黄金虫の屍体が浮いていて、そこに厳粛な美の世界が表出されているように思えたので、夢中で撮影。その画像を見ていただきます。
ある人が、私の撮る花の画像を見て、「花の九相図を描いている」と言ってくれました。「九相図」というのは、仏教絵画の一つで、人間の「生」を、「死」に向かって絶えず変化していく「相」としてとらえ、その「相」を九つの段階に分けて、描いたものです。最後の死んだ人間の死体が腐り、悪臭を放ち、野良犬がそれを食いちぎっている図は、酸鼻を極め、普通の人なら目をそらしてしまいます。
確かに、これまで花の写真を撮り、パソコンの上で編集し、最終的作品に仕上げていくプロセスを続ける中でで、「死」ということは常に意識していました。「花の九相図を描いている」と言われて、なるほど、そうなのかと思った次第です。
すでに、このブログでも記したように、「艸冠」に、硬直した人間の死体を表す象形文字「タ」と「変化」を表す「ヒ」が組み合わさってできた「花」という文字、それ自体が、華やかに咲く花の姿を、その内側で、絶えず「死」へと向かって進んでいく「変化」」の相において捉えた文字であるということ。つまり、花自体が、「死」の表象であり、腐爛し、解体し・崩壊し、消えていこうとする一歩手前でに、奇跡的に花の「屍体」に一瞬宿る「死神」の美、といったものをカメラに収め、パソコンのモニターの画面の上に蘇らせようとしていると言えるのかもしれません。
それはまた、死んでいった者たちを、美しくよみがえらせ、供養したいという私の願望であり、同寺に、私自身の内部で、日々刻々と進む「死」への変化を、花を通して見据え、そこに少しでも「美」の装いを凝らしておきたいという願望の表れなのかもしれません。
2014年7月16日午前10時/リコーCX-3にて撮影
2014年7月16日午前10時/リコーCX-3にて撮影
2014年7月16日午前10時/リコーCX-3にて撮影
2014年7月16日午前10時/リコーCX-3にて撮影
2014年7月16日午前10時/リコーCX-3にて撮影
2014年7月16日午前10時/リコーCX-3にて撮影
2014年7月16日午前10時/リコーCX-3にて撮影
2014年7月16日午前10時/リコーCX-3にて撮影
2014年7月16日午前10時/リコーCX-3にて撮影
2014年7月16日午前10時/リコーCX-3にて撮影
2014年7月16日午前10時/リコーCX-3にて撮影
2014年7月16日午前10時/リコーCX-3にて撮影
2014年7月16日午前10時/リコーCX-3にて撮影
2014年7月16日午前10時/リコーCX-3にて撮影















