花は我が世界にして
草花は我が命なり
正岡子規
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なお、本ブログとは別にもう一つFC2の
「子規 折々の草花写真帖」
http://donta71.blog.fc2.com/
というブログでも花の写真を紹介しています。本ブログと内容的に同じものと違うものとがありますが、ギャラリーの背景が白いフレームになってるので、画像が一層クリアーで見やすく、画像のサイズも大きいので、オリジナルの画像により近い画像でお楽しみになれます。ぜひのぞいてみてください!
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遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。
新春をことほぐ花として、平野神社の正月桜の画像を見ていただきます。
実は、年明けの元旦に見ていただきたく、クリスマス前から、何度か、平野神社に足を運び、画像を撮影・編集し、元旦にアップする用意をしてあったのですが、NHKの「クローズアップ現代」が、昨年11月末に、逝去が明らかにされた原節子さんの追悼番組を組むので、原さんと小津安二郎監督、さらに小津映画について、話を聞かせてほしいと電話が入り、正月休暇明けの1月5日と6日に、カメラによる録画取材が行われたため、その準備に追われ、さらにそのあと、原節子と小津映画についての原稿を2本、書き上げねばならず、結局、更新が延び延びになってしまいました。
NHKのテレビの取材を受けるのは、今回が初めてですが、トータルで10時間近く取材クルーに付き合い、4時間近いインタビューの録画取材を受けて感じたのは、さすがにNHKで事前の準備を含めて、取材が厚いということです。
最初の日は、小生の家の書斎にディレクターとカメラマン、録音技師の三人が来て、小生のパソコンのモニターに『晩春』や『東京物語』、『小早川川家の秋』の映像を再現しながら、ディレクターの質問に小生がこたえる形で、途中休憩をはさんで、約3時間、カメラを回しっぱ なしで撮影。小生が、モニターのスクリーンに流れる映像の隅々まで見ていて、記憶にとどめていること、そしてそれぞれの映像の奥に隠されている意味について、深く鋭く読み取っていることに、皆さん、驚 いていました。
そして、翌日の6日は、朝の10時に、『小早川家の秋』のフィナーレに出て来る、京都府南部の八幡市市内を流れる木津川にかかる「流れ橋」に集合、喪服を着た原節子が、橋を渡って埋葬の地へと姿を消していくフィナーレのシーンが撮影されたと思われる地点に小生が立って、そのシーンが意味するものについて30分ほど話をし、午後は、再び私の家の書斎と山中貞雄の墓の前で、同じように話をし、それを撮影しました。
カメラが回るなかで、私が話したことのポイントは、原節子はなぜ『東京物語』のクライマックスで号泣したのか、そしてそのことが意味するものは何か、さらになぜ小津安二郎監督が死んだあと、原節子はスクリーンの世界から去っていってしまったのかということで、彼女は、死んだ義理の母親(東山千栄子)や戦死した夫、そして夫の背後に蘇った山中貞雄(小津安二郎は29歳の若さで戦病死した山中貞雄の無念にこたえるために『東京物語』を作った)、さらにはその背後に蘇った、戦争の犠牲となったすべての戦死者と彼らの母親や妻、姉や妹に成り代わる形で号泣し、笠智衆から手渡された形見の時計が刻む時間、すなわち「死者たちの時間」を死者たちと共に生きる決意を固めてスクリーンから消えて行ったということです。
そして、小津監督が逝去し、その葬儀の席で号泣してからあとの52年に及ぶ残りの人生を通して,彼女は、喪服を着たまま、死者たちと共に死者たちの時間を生きとおすことを貫き、2015年9月5日、永遠の眠りの国にようやくたどり着た。それは正に、真正なる芸術家の、見事な人生であった。死者たちのことを忘れ、切り捨てて行くことで、精神の空洞化が進む昨今の日本の状況にあって、原節子が死者たちとともに生きとおした事実が突きつけるものは、実に深く、鮮烈であった。今こそ、私たちは原節子の主演した小津映画を見直さなければならないというものでした。
これらのポイントは、朝日新聞のネット・マガジン、「ウェブ・ロンザ」で連載中の『追悼・原節子-スクリーンに全てを傾けた真正の芸術家」に反映されていくことになるので、読んでみてください。
トータルで4時間近い録画で、番組は30分。相当圧縮されるはずですが、小生が話したことのポイントが正確に反映されれば、画期的な原節子の追悼番組になるはずです、
番組は、来週の月曜日18日の午後7時半から放映されます。是非、見てください。
さて、平野神社の正月桜に話を戻すとして、この桜は寒桜で、毎年一月の中旬過ぎのこの時期に足を運び撮影してきたもので、これまでにも何度か画像をここにアップして、見ていただきました。
一月中旬過ぎに撮影してきたのは、桜が、この時期から咲はじめると思っていたからで、花数も少なく、いかにも真冬に咲く桜といった感じで、わびしい趣が、小生の心情と重なる気がしていたからです。
ところが、去年から「十月桜」という立札がかかるようになり、秋の10月から翌年の春の4月まで、およそ半年間、咲き続けることが判明。そこで 、今年は、いつもより早めに、12月のクリスマス前に撮影に行ったところ、意外にも、花は今を盛りと咲いていて、驚かされた次第です。
平野神社が付けた名前は「十月桜」ですが、正月の朝も行ってみたところ、なにやら新春をことほぐといった趣で、華やぎ咲いていたので、「正月桜」と名付けてみました。
秋の10月から翌年の3月の終りにかけて、京都を訪れる方は、ぜひ、平野神社に足を運んで欲しく思います。桜は境内に3本あり、内、本殿左側と社務所の前の桜がお奨めです。