コロナの影響で、休みの日は専ら家に引きこもっている。コロナが酷くなるまでは、休日はカフェでコーヒー、平日でさえ仕事終わりに一服…とまたまたカフェでコーヒーの毎日でしたが、今となっては家でコーヒー漬けの生活となってしまっている。
外出自粛で気付かされたこと。それは、家でまったり悠々とコーヒーを飲むこともこんなに素敵で幸福に満ちた事なんだということだ。それともう一つは珈琲を飲む環境として、実は我が家は最適で恵まれていたということだ。
私の家は最寄駅から徒歩40分という不便な立地で、小学校も中学校も一番遠くの地区で、高校になっても最寄り駅まで自転車で、雨の日も雷の日もカッパを来て通学していた。学生だった私は、この不便な生活に嫌気がさしていて、通学に疲れた時は心からこの家に住んでいることを恨んだ笑。
その度に、怒った私をたしなめるように母はこう言った。
不便な場所だけど、陽当たりが良いし、目の前には大きな公園があるのに、何がいけないの?と。
大学までの学生時代、朝から晩まで一日中家に居ることはあまりなかった。
高校は部活で忙しくて夜まで練習だの、ミーティングだので、帰ってくる頃には真っ暗。家ではご飯を食べてただ寝るだけ(勉強どころではなかった)。
大学は家から片道2時間かかるところに通学、大学2年からわーさんが登場し家に帰るのが面倒くさくなった私は大学の目の前に住んでいたわたるの家を利用する。
という状態からだったので、実家にはあまり居なかった。
社会人5年目になったこの4月。コロナで外出自粛になった今、ようやく自分の住んでいる贅沢な環境にありがたみを覚えた。かつては、あんなに嫌だったのに…。
すべての部屋から朝日が降り注いで目が覚める。ふらふらキッチンに向かってコーヒーを入れる。コーヒーの香りで目が冴えてくる。自分の部屋に向かう。春には窓いっぱいに公園の桜が咲き乱れ(本当に重くて今にも枝が折れてしまうんじゃないかと心配になるくらい!)、夏には鮮やかな緑が陽を浴びて元気いっぱいに広がっている。少し寒くなってきた秋にはあか、きいろ、ちゃいろに染まった見事なまでにモザイク状の葉っぱたち。冬には全て散って幹も枝も露わになった木立の間をしんしんと降り積もった雪が一面の銀世界に変えてしまう。
社会人になってからは、自分の部屋で珈琲を飲みながら、四季の移ろいをゆったりと眺めてる。
自粛中には朝から晩まで部屋に閉じこもっているので、朝から日が暮れるまでの一日の変化を楽しんでいる。朝日が眩しいなぁとか、そろそろ日が暮れるから電気つけて本読むか、とか月が出てきたから夜の空気でも吸うかとか。何となく外の世界と繋がっている。
今は自粛を余儀なくされているので、行きたい場所、体験したいこと、見たいもの、食べたいものがたくさんある。
でも、自粛したことでそうじゃない楽しみ方もあるという新しい価値観を持つことができた。そして、自分が我慢することで少しでも医療従事者や患者さん、そのほか自分と関わるひとたち、感染症で苦しむ人たちを助けたいと思うようになった。
そして、最後に強く思ったのは、将来他の場所に住むとしても、公園や緑豊かな環境が良い(この要素は譲れない)ということだった。
いつになったら会えるかわからないけど、わーさんに次会う時は譲れない条件をちゃんと伝えなきゃいけないな。
ここからは本文とは逸れますが、![]()
私が今まで訪ねたカフェの中で、一番自分の近所にあったら…✨と心から切望してしまうカフェです。5年前にも投稿させて戴いております。
千葉県にあるiijima coffee
