今、考えてみてもあれは本当に実在した場所なのかと自分でも不思議に思うカフェがある


そのカフェに行ったのは2019年のゴールデンウイークの頃だった。


新宿からあずさに乗車し甲府に行ったときのこと。現地で車を借りて雨の中、長野のビーナスラインをドライブ。夏になると白樺と爽やかな空気を感じる事のできる絶景ルートであるが、あいにくの大雨。霧深い曲がり道をひたすら下り、麓に辿り着いたころには辺りは暗くなり始めていた。

 

ここはどこなんだろう。


小径の突き当り。そこにあったのは、人形のおうち?と一瞬考えてしまうほど、可愛らしい建物だった。

 

Café Antibes(山梨県北杜市)




 

山梨の厳しい冬の寒さにも耐えうるような白くて頑丈そうな外壁、小さな窓、それらを取り囲む高い木々。

夕刻の静寂に包まれて、物語の世界に迷いこんだ気分だった。大きな扉を開けて中に入ると、ヨーロッパの行ったこともない誰かのおうちに来たような感覚になった。

 

窓の外から夕闇が訪れはじめ、静けさに私は夢の中にいるような気分になった。春雨の中のドライブで冷え切っていた私の体は、お店の温かさとコーヒーで癒されたのを覚えている。

 

その時に店主の方から声をかけられた。

 

『先日、フランスに行った際にすみれの花の砂糖漬けを持ち帰って来たので、よかったらそうぞ。』と、ふふふとにこやかに笑いながらおすそ分けしてくれた。

 

すみれの花の砂糖漬け・・・

 

江國香織さんの詩集『すみれの花の砂糖づけ』を初めて読んだ時、その甘やかで心躍る素敵な名前の響きに魅かれたことがあったけど、予期せぬところで本物に出くわすとは・・・。

 

砂糖がふんだんにまぶされたそれは、鉱物の結晶のように輝いていて、カリっと音を立てると同時に口いっぱいに華やかな香りが広がる。

その感動たるや。



今まで訪れた中で一番実体感の無い、遠い遠い記憶の中にあるカフェ。その中でも鮮明に覚えているのはすみれの花の砂糖づけだった。

 

久々にあの感動を味わいたい。そう思いたち、すみれの花の砂糖漬けを探してみたけれど、購入できるお店は少なく、未だに遠い憧れの存在となってしまっている。

 

いつか、落ち着いたらもう一度アンティーヴに行きたい。

 

夏には青々とした緑が生い茂り、秋には深紅の紅葉、冬には真っ白な銀世界。そこにぽつねんと佇むあの小屋を想像してみる。

 

遠く離れたところから、思いを馳せて。

いつか必ず行くと心に決めた。