最後の投稿から、かれこれ2年の月日が経ってしまいました。
最近は過去についてよく考えます。
皆さんは忘れたい過去、思い出したくない過去、葬り去りたい過去を、どう克服していきますか。
私は未だに答えが見つかりません。
月日が風化してくれるのだと思っているだけでは根本的な解決にならないのだと、ここまできてようやく分かってきました。
私のそれは、ふとした拍子に思い出すと、襲ってくる波のように心の中を掻き乱してきます。
普段は忘れていても、私の心の奥底にそれがいるせいで、もうかなりの月日が経っているというのに、昨日のことのように悲しみが蘇ってきます。
そしてそれは、完全にその悲しみを克服しきれてないからなのだと私には理解できています。
理解はできていて、自分でも納得はしているはずなのに、自分にはどうすることも出来なくて苦しいのです。
そんな出口の見つからない迷路を彷徨って行き着いた先は…
本当に寒い日だった。ぴんと張り詰めた冬の空気に響く足音。暗闇と寒さで一人寂しさが増してくる。
扉を開けるとそこには仄暗い月明かりに照らされた空間があった。ここには平日の夜に来るのが良い。お客さんもまばらで、夜、考え事や誰にも邪魔されず読書をするのに適した場所。
常連の方も多いけれど、馴れ合いな感じもせず、どのお客さんとも適度な距離感がある。
私は窓辺のカウンターの席が好き。
考え事や読書に没頭して、息抜きに夜の町に目をやるとすーっと肩の力が抜けていくのが分かる。
珈琲豆を挽く音、湯気の香りも心地よい。
疲れて無心になっていると、丁寧に落とされた深いとろりとした珈琲と、酵母の優しい香りのピザトーストが運ばれる。
それを味わう為、私はくよくよ考え込んでいた事をぱたりとやめる。
自分が食べたいものを幸せいっぱいに頬張る。
邪念もなく、ただただ美味しいものをぱくぱくするだけ。
食べ終わった頃には、
私は何をそんなにぐるぐると思い煩っていたのだろうか。
そんな潔い心持ちになってしまうのです。
帰る頃には、
余計なことにエナジーを消費してしまったな。
と自分自身を反省してしまう。
日々そんなことの繰り返しなのだ。
ここは一人一人が自分と向き合うのに最適な場所。
自分が嫌いになりそうになったときに必要な拠り所だと思う。
もちろん、ほかの誰かと語り合うのにも最高な場所である。
喫茶店はどこも多種多様で、そこが面白いと思う。その中でも私が必要としてるのは、いつでもさりげなく自分の味方でいてくれる、そんな所である。
自分だけの味方であってほしいから、できれば良さが周りに知られなきゃありがたいのだけど、ここは手遅れなぐらい他の誰かに必要とされてるらしい。
とても人気者なのです。
今まで通り、過去と共に付き合っていくのか、それとも、これからの為に決別するのか。来年はもう少し先に進めるよう努力していかなきゃと思ったそんな冬の一日でした。
どうせ悩んでもどうでも良くなっちゃうんだけどな。
