翌朝。
本来の予定はこうだった。

「日光から宇都宮までは自走で行って、そこから輪行で帰る」

うん、最初は本気でそう思ってた。
朝ごはん食べながら、友達と
「今日は昨日より涼しいし、行けるんじゃない?」
とか言って、余裕ぶってた。


…が、ホテルを出て最初の坂で現実に引き戻される。

脚、動かない。
ケツ、痛い。
首、回らない。

そもそも、昨日の時点で脚は完全に死体だったことを忘れてた。


友達と顔を見合わせ、数秒の沈黙のあと、
出た結論はこう。

「……もうさ、電車で帰らない?」

満場一致、即決。




駅に向かう途中、


「でも、さすがにこれでビール飲むのは罪悪感あるねw」
なんて冗談を言いつつ、
東武日光駅に着いて、早速輪行袋に自転車をぶち込む。




そして、念願の電車。

冷房ガンガンの車内、椅子に深く腰かけて、
「最高……生きててよかった……」って何回つぶやいたか分からない。

ただひとつ問題があった。

「ビール飲みたいけど、東京に着いたらまだ1時間くらい自転車乗らないと家に帰れない」
という事実。

飲んだら、帰りの坂で倒れるかもしれない。

まさかビールが飲めない理由が「自転車」になる日が来るとは


そんなこんなで、東京に着いてからも当然、自転車で帰宅。

一瞬「このまま家まで電車でもよくない?」って悪魔のささやきが脳内をかすめたけど、
輪行袋を担いで階段の上り下りを繰り返す未来を想像して、
「それならまだペダル回す方がマシ」という結論に至る。


しかも、家までの道のりがまた地味にツラい。

真夏の日差しが、
疲れきった焼けた皮膚に突き刺さる。

痛い。
ほんとに痛い。

もうこれ、日焼けじゃなくて軽い火傷なんじゃないの?ってレベル。


で、ようやく帰宅。

荷物を放り投げ、
ウェアを脱いで、
そのままベランダで自転車を洗いながら、
ついでに自分もホースで水浴び。

水が冷たい。最高。

そして、濡れたまま缶ビールをプシュッ。

昼間からベランダで、
半裸で、
ビール片手に、
「生きてて良かった」としみじみ。


午後はもう、完全にグダグダ。
ベッドでゴロゴロ、テレビ見たり、スマホいじったり。

結局、こういうダメな休日が一番幸せだったりするんだよな…
とか言い訳しつつ、次回のライド計画だけはしっかり立て始めるあたり、懲りない40代。


次は…ほんとに宇都宮までは行こう。(たぶん)



6月最後の週末手前の金曜の朝、東京駅近くの大通り。

スーツ姿のサラリーマンたちが、忙しなく足早に駅へ向かっていく。
その流れに逆らうように、俺はピチピチのサイクルジャージ姿で立っていた。

普段なら恥ずかしくてできない格好。
でもこの日だけは、**「俺たちはこれから旅に出る」**っていう、
ちょっとした誇りと高揚感があった。

隣には同じく40代の友人。
2人で、誰にも気づかれないような、小さなガッツポーズを交わしてスタートした。




朝の浅草を抜けて、スカイツリーを横目に見ながら、江戸川サイクリングロードへ。

夏の日差しはまだ優しかった。
川沿いの風は心地よくて、ペダルも軽い。

「こういうの、いいな」
「これぞ、大人の夏休みって感じ」

軽口を叩きながら、竹林カフェでコーヒーを飲む。

静かな竹林の中で、自転車を並べて休むこの時間。
それだけで、もう今日の旅は成功だったんじゃないか…そんな気さえした。




でも、そんな余裕は昼にはもうなくなる。

栃木県に入った頃には、
体温は上がりっぱなし、脚は鉛のように重く、
呼吸は浅くなり、ペダルを回すたびに頭がぼーっとしてくる。

コンビニで買ったざるそばも、数口で箸が止まった。

いつもならガツガツ食べるくせに、
この日は何をどうしても喉を通らない。

スポーツドリンクだけが、唯一、体に入るものだった。




心のどこかで分かってた。


「今日は最後までは行けないかもしれない」って。

でも、引き返すのは悔しい。
このまま熱中症で倒れるのもバカみたいだ。

そんな矛盾した感情が頭の中をぐるぐるして、
それでも友達と顔を見合わせて、
「もう、今日は…ここまでにしよう」
って、静かに決めた。

新栃木駅で、自転車を輪行袋に詰める。
タイヤを外して、フレームを畳むこの作業が、
なぜかものすごく悲しかった。


電車に揺られながら、窓の外をぼんやり見る。

遠ざかっていく道、通り過ぎる景色。
あそこで、もう少し頑張れたんじゃないか。
でも、あのまま走ってたら倒れてたかも。
そんなことを、ずっと考えていた。


日光に着いた頃には、もう夕方。

涼しい風が、顔にあたる。
でも、ここで旅は終わりじゃなかった。

ホテルまで、最後の坂道が待っていた。

短い距離なのに、ペダルが踏めない。
ギアを軽くしてもダメ。
脚がいうことをきかない。

最後は、自転車を押して歩いた。

情けない、と一瞬思った。
でも、不思議とそれよりも
「ここまで来れたんだ」っていう気持ちの方が大きかった。




ホテルに着いて、部屋でシャワーを浴びて、


缶ビールをプシュッと開けた瞬間。

泡が、グラスに立つ。
冷たい液体が喉を通り抜ける。

その瞬間、全身に電気が走った。

うまい、うますぎる。
今まで飲んだどのビールより、今日のこの一杯がうまい。


40代。
体力は若い頃より落ちたし、無理もきかなくなってきた。
でも、だからこそ、こういう日がたまらなく愛おしい。

途中で止まってしまったことも、
心が折れかけたことも、
最後は自転車を押して歩いたことも、
全部ひっくるめて、今日という1日。


またいつか、リベンジしよう。

今度は、自分の脚で、ちゃんと日光まで。

その時もきっと、ビールは最高にうまいはずだから。

朝、目を覚ますと部屋に差し込む陽光がすでに強い。時計は7時前。フェアフィールド・バイ・マリオット茂木の部屋は少し蒸し暑く、今日が暑い一日になりそうな予感がする。パートナーと一緒に身支度を整え、早めにチェックアウトを済ませる。朝ごはんを求めて、ホテルすぐ隣の道の駅茂木へ。徒歩数分で着く道の駅は、地元の新鮮な野菜や特産品が並ぶ活気あるスポット。朝の空気はまだ少し涼しいものの、陽射しは夏そのもの。フードコーナーで地元産の野菜おにぎりと味噌汁のセットを見つけ、パートナーと一緒に外のベンチで朝食。地元の味にほっこりしながら、SLもおか号の午後乗車やその前の予定を話す。朝ごはんを終える頃には、体も頭もすっきり目覚めた。



SLもおか号の乗車は午後なので、午前中は茂木町にある昭和ふれあい博物館へ。道の駅から車で10分ほどの場所にある小さな博物館で、昭和時代の生活や文化を展示していると聞いて興味が湧いた。パートナーとタクシーで向かい、到着するとレトロな看板やポスターが出迎えてくれる。館内には昭和の家電、家具、懐かしいおもちゃやポスターがずらり。ラジカセや黒電話、駄菓子屋のガラス瓶を見て、パートナーと「こんなのあったね!」と笑い合う。地元のボランティアガイドさんが当時の暮らしをユーモアたっぷりに説明してくれて、まるで昭和にタイムスリップした気分。パートナーは特に昭和のアニメのポスターに夢中になり、私は古いラジオのデザインに魅了された。1時間半ほど見学して、昭和のノスタルジーに浸りながら、次の予定へ心が弾む。

13時頃、茂木駅へ移動してSLもおか号の乗車準備。駅にはすでに鉄道ファンや家族連れが集まり、汽笛の音が遠くから聞こえてくる。SLの黒い車体がホームに滑り込むと、思わず歓声が上がる。車内は木製の座席や真鍮の金具がレトロな雰囲気満点。パートナーと窓際の席に座り、窓を開けると夏の風が心地よく入ってくる。汽笛を鳴らしながらゆっくり走り出すSLは、茂木の緑豊かな田園風景や遠くの山々を眺めるのにぴったり。パートナーが「この揺れ、なんか落ち着くね」と言いながら写真を撮りまくる。車内販売で買った地元のクッキーをシェアし、約1時間の乗車時間を満喫。沿線の風景を楽しみながら、時折子供たちの興奮した声や他の乗客の笑い声が聞こえてきて、和やかな雰囲気に包まれる。下車後は駅近くのカフェでアイスコーヒーを飲みながら、SLの余韻に浸った。



SL乗車後、茂木を後にして帰路につく。電車の中で、パートナーと昭和博物館の懐かしい展示やSLの迫力について話が弾む。暑い一日だったけど、茂木の自然とレトロな体験に心から癒された。家に着くと、軽い夕食を作ってのんびり。今日の思い出を振り返りながら、来週の予定を軽く整理し、早めに休むことに。昭和の雰囲気とSLの旅、茂木の週末は最高の充電時間だった。