風中奇緣(大漠謠)の原作も読み終わったしドラマも見終わったので、さて今週は少し真面目に勉強しようかと思っていた矢先、KKBOXで笑傲江湖のサントラが配信されているのを発見してしまいました。早々聞いていますが、、、、、、、、、、



 こんなの聞いちゃったら、また見たくなるではないですか!


 どうしよう。。。。。。。この間見たばかりなのにぃ。。。。。。。

 正直なところ・・・・・・純粋にドラマを楽しむためには、ドラマを見る前に原作を読まない方が良いと思いました(笑)


 ストーリー展開はほぼ原作通り、映像も素敵です。配役も皆生き生きとしていてとても素敵です。とくに韓棟さんなんて、初めて見た旧九爺の時は辮髪だったし、次に見たときはボーズだし(笑)で、今回登場するたびにこの人ってこんなに綺麗な人だったのねぇ~と見惚れてしまうほどでした。後半になると胡歌が演じる九爺が切な過ぎて、泣きそうな目で微笑む顔を見てるだけでウルウルしてきちゃいます。挿入歌の歌詞だけでも泣けちゃうし、ラストシーンの好好過なんて聞いちゃったらもう駄目押し状態です。


 ドラマ化するにあたり原作を改変するのは当然のことだとは思います。ただ、少しずつ改変されているストーリー、明確に単純化された登場人物の性格のためか、言葉や行動に矛盾が出てきているような。特に九爺と莘月の重要なからみでは元からバッサリと切り捨てられて・・・・あれでは九爺は、あまりにも可哀想過ぎだし、莘月は天然過ぎ。秦湘の最後も酷すぎ・・・等々、突っ込みどこ満載で、少々残念に思いました。どうしてこんな風に変えてしまったのでしょう。もう少し他のやり方はなかったのかな?


 

 ”縱是情深,奈何緣淺,但⋯⋯不悔⋯⋯相思。”


 すっかり寝不足です(笑)


 金玉に辛い思いをさせないために自分の気持ちを抑え守る九爺と金玉をモノにするために積極的に自分を売り込んでくる霍去病。金玉は九爺を幸せにしたい、自分を受け入れて欲しいと思うのだけれど拒絶された後、側にいてくれる霍去病に絆され受け入れてしまう気持ちも分からないではない。金玉は常に前向きで振り返ることはしない人。でも、金玉の霍去病に対する気持ちって本当のところはどうなんでしょう?


 原作は金玉の視点で描かれているので、彼女自身の目を通して見たもの、彼女自体の考えでお話が進んでいきますが、ドラマは立体的な神視点。視野が広がって周囲の人々の心や動きは小説以上にわかりやすく見られるわけですが、金玉自身の心の動きは脚本や演出、劉詩詩の演技にかかっているわけで、小説より言葉の説明が減る分、分かりにくくなってしまう部分もありますね。視点を変えるのって難しい。


 話数もだいぶ進みました。刪減版は35話、湖南衛視放送のドラマは36話で終了です。これから先もまだまだ波乱万丈なのですけれど・・・・・・詰め込みかな?(苦笑)