Heavenly Blue~坂本龍馬・鏡エンドに寄せて~
十二月の、酷く寒い夜だった。
街はすっかり寝静まっていて、国道を走る車の音が、思い出したようにほんの時たま聞こえてくる。私はひとり近くの港で闇夜を映す海を眺めていた。
「…………」
ゆらゆらとテトラポットに打ち寄せる波の音が、痛いくらいに鼓膜をつく。かすかに頬を撫ぜる潮風に軽く眼を閉じながら、海を眺めていた、あの人のことを思い浮かべた。
──いいぜよぉ、海は! 海の向こうには、世界が広がっちょるきね!
腕を組んで遠くを見つめる彼の眼下に広がる、碧い蒼い海原。
──大きなもんを見よったら、嫌なこともふっ飛んでしまうのう。おまんも辛いことがあったら、海でも空でもええ、何か大きいもんを見るがよ。
口癖のようにいつもそう言っていた。太陽のような、あの笑顔と共に。
彼はいかなるときも、常にこの国のことを考え、遥か海の彼方にある異国へと想いを馳せていた。幕府に危険人物と目を付けられ、どれだけ追われようとも屈することなく、西へ東へと駆けてはその度に己が夢を語っていた。持ち前の朗らかさと人柄の良さとで、彼を慕い、彼に賛同し、彼のために働きたいと思う人は多かった。幼馴染みのあの男の子も、その一人だった。
──わしはな、いつか『かんぱにー』を創りたいんじゃ! 異国と商いをして、この国を豊かにする。ええ考えじゃろう?
「……龍馬さん……」
記憶の中の彼が振り向いた瞬間、不意に身体の奥底から苦いモノが迫(せ)り上がってきて、思わず眼を見開く。
一際高く打ち寄せた波が引いていくのにつられたように、涙が一筋ふたすじと頬を伝った。
「……っ」
あの人は、いつもそうだった。大らかで自由奔放で、誰に対しても気さくな振る舞いをしていた。そんな性格だったのだ。それが彼の幸運であり、不幸でもあったのだけれど……。
胸の内から、知らずと締め付けるような痛みが襲ってくる。
あの日──ちらちらと雪の舞うあの夜。自分の目の前で、彼が……息絶えていく様を見た。
──笑うてくれ。わしは、おまんの笑顔が好きじゃ。
失いたくなかったのに。あなたの笑顔をこそ、守りたかったのに。
どうして自分は。あの人は、死んでしまったのだろうか?
彼が死ななければいけない理由など、一体どこに在ったというのだろう?
ただ、みんなが笑い合える平和な国を望んでいただけの、あの人が──
「…………」
闇の彼方に浮かんでいる筈の水平線を見つめ、私は未だ拭い切れない哀しみを押し殺したくてぐっと拳を握り締めた。今でもまだ、こうしてあの日のことを思い出しては後悔している。………計り知れない痛みと共に。
もう一度眼を閉じる。涙の跡に、潮風が冷たい。
「龍馬さん」
彼の名前をそっと呼んでから、そのまま唇を笑みの形にする。夜明けにはまだ程遠い空へ、手を伸ばした。
(Fin)
自分のさんじゅうウン回目の誕生日だというのに、なぜこんな仄かにしか明るさのない話を書いたんでしょう。起承転結は旅に出ました(笑)スミマセン
初めて龍馬さんを書きましたが、これで『書いた』と言えるのか甚だ疑問です。でも、攻略してると惚れそうになったぜよほにほに。
あ、おたおめメールをくれた皆様、ありがとうございました!ここでもお礼をば。