眩しい光の世界が
終わりに
近づく

道端のぺんぺん草が
可愛かった

そんな風景を見ても
ただ通り過ぎた

切ることが
何でもなくなった

流れる血を見て
安堵する

傷の痛みが
救ってくれる

止まると
また切る

安堵する

安らぎが欲しくて
カミソリを使う

この方法しか
思いつかない


親からもらった、『体に傷をつける』罪深い行為。
私の場合は、『うつ』の辛さから逃れるため。

では、この『うつ』のはじまりは、いつからか。

精神科の診断書には『幼児虐待経験者』と記載がある。

今ならわかる。
しかし、虐待を受けていた頃はまだ幼児であり、『虐待されてる』と言う認識はなかった。

子供は親を選べない。
『死なない程度に育ててあげてる』からと言って、己のストレスの捌け口にしてはならない。
今のわたしなら、人それぞれストレスを抱えていること、理解できる。
しかし、その鬱憤を晴らすため、抵抗力のない子供を虐待してはならない。
『言葉』で『腕力』で、傷付け、殴る。

私の中に残り続ける、『痛み』と『恐怖』。

具体的なエピソードではない、『痛い』『怖い』だけが残るのだ。



妹の場合は『自慢』され『期待』されて、育てられたこと。

『そこそこできる子』だった妹。
親は『高学歴』と言う、親の願望を、子供に押し付けた。
私と同じように妹もまた、抵抗力のない幼児だったはず。
期待されるまま、『頑張り』、親の願望である『高学歴』をかなえた。

しかし妹は、抵抗なくできたから『できる子』でいただけで、他になにもなかったのだ。

大人になった今、妹の人生に、『高学歴』は何の役にもたっていない。
未だに、親に抵抗できない。
『自分の意思』で、思考したり、行動したりできない。


親の願望を、子供で叶えようとしてはならない。

せっかく、生まれ持った才能を潰してはならない。
自分はどう生きたいか、何をしたいかさえ分からず、迷子になってしまう。

子供は、親とは『別人格である』こと、肝に銘じるべきである。

決して忘れないでほしい。

これらの事がわからない人間は、親になってはいけない。

悲しみを繰り返すために、子供は産まれたくないはずだから。


痛みを感じる分だけ、辛さを感じないで済んでいる。
薬より効く。

ぱっくり開いた傷口、
中の組織が見える。

解剖実習で見たのと同じ。
脂肪細胞が黄色い。
これ、ついでに切り取っても良いかも。

お腹切ったら、脂肪細胞たくさんだろうな?
自分で切り取ったら、お腹へこむかも。

そこまで私は馬鹿ではない。
お腹の脂肪は、内臓とくっついてる。
傷口も大きく、縫合も必要だろう。
感染や出血多量もある。

私には対処できないから、止めとこ。

二の腕や太ももくらいなら、いいかも。

まだまだ、切るところはある。