国境の島々 | 大器は早成し、小器は晩成する

大器は早成し、小器は晩成する

50代で仲間と一緒に飲食業を起業、煩悩即菩提的なブログ

江戸時代、千島や樺太、小笠原、琉球など、辺境地域に国境は画定されていませんでした。


国境は近代国家により無理やりひかれた線ですから、その前に自国の人間が住んでいたとか言ってもあまり意味がありません。


日本と国境を接する韓国と中国は、近代国家の成立が遅れ、また強力でもありませんでしたので、その時代に国境の島々の分捕り合戦に参入することができませんでした。


小笠原諸島は、日本が明治になって領有権を主張した時に、どの国も異議をさしはさまなかったので、日本の領土になりました。

なにも、江戸時代に日本人が住んだからとか、使っていたからとかの理由で日本領土になったわけではありません。


20世紀を前に、島の分捕り合戦は終了、どこにも所属していない島はなくなりました。

竹島は、そうして近代国家日本の領土になりました。


日本は第二次世界大戦に負け、戦争によって得た領土(南樺太、台湾、信託統治領の太平洋の島々)を失いました。

また、日本がサンフランシスコ条約によって独立を回復するまでに、外国が実効支配してしまった土地(千島列島)も返ってきませんでした。竹島もそのひとつです。


私は、戦争に負けたのだから、独立を失って国力がなかったのだから、領土を失っても仕方ないと考える立場です。

明治以降の日本は、国力の弱い国に対して有利に国境線を引いたのだから、戦争に負けて多少の揺り戻しがあったとしても、享受しても良いかなと思います。