山崎豊子氏の小説を映像化することの阿保らしさ | 大器は早成し、小器は晩成する

大器は早成し、小器は晩成する

50代で仲間と一緒に飲食業を起業、煩悩即菩提的なブログ

読売新聞の渡辺氏が、TBSテレビのドラマを見て切れているとの報道がありました。


山崎氏の得意の実際に存在した企業や事件をモデルにしながら、関係者から抗議を受けるとフィクションだと言いぬける小説のドラマ化を問題にしているのです。


前に映画化した航空会社の話でも、モデルとされた人物が抗議をしていました。


僕は、山崎氏の小説には全く興味がないし、まして映画化・テレビ化した映像にも興味はありません。


作者の山崎氏などどうでもいいのですが、それをネタに映像化している人々・役者は、自分たちが飯のタネにすることで、多くの人たちを傷つけているのだという意識はもたないのでしょうか。


作者と同じようにフィクションだというのでしょうか。


山崎氏のドラマはフィクションと言いますが、実際にあったことをモデルにすることにより、読者に書いてあることを真実と思わせることで、販売部数を伸ばす手法を取っています。


小説は、読まないと書いてあることが分かりませんが、映画やテレビドラマは聴衆が簡単にアクセスして事実と信じ込みます。


名誉棄損で裁判に訴えたらフィクションだとか表現の自由だとかで反論するのでしょうが、作り手も節度をわきまえる必要があるのは当然です。


今回のドラマの主眼が新聞による取材の自由というのであれば、主人公以外を悪意をもって描く必要はないと思うのですが。


まあ、僕も読みもしない見もしないことをネタによく書くなって、言われそうですけど。