就職試験で血液型を聞く | 大器は早成し、小器は晩成する

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新聞に就職試験で血液型を聞かれたという話が載っていました。


試験する方は、血液型による性格や適性を信じているから聞いたのだと思います。


だったら、血液型により、仕事への適性を判断する、きちんとした?資料を作成していたのでしょう。

まさか、週刊誌や恋愛本に載っている内容を適当に読んで判断しようとしたのではないですよね。


僕は今から15年ほど前、先輩に血液型による性格の診断はけしからんという話をしたら、先輩は世の中の人はそれで喜んでいるのだから適当に話を会わせて置くのが大人じゃないかと諭されました。


それからは、血液型の話には、近寄らないようにしています。


ただ、うちのアルバイトの女の子が、血液型を聞いてきて、ああやっぱりとか言っているのを聞くと、今や血液型による人の分類がすっかり定着しているみたいです。


人を型にはめて判断したほうが楽なのか、人は経験や思索によって変わっていくものだとは思っていないのか、人のことを知るのが面倒なのか。


今、「梅原猛の授業 仏教」という本を読んでいます。

或る仏教系中学校で行った特別授業を本にしたものです。


今の世代は勿論のこと、私の世代(50歳代)も、義務教育の期間を通じて、宗教の話を通じて道徳を学ぶことはありませんでした。

それで、私は、今頃宗教を勉強しているわけです。


宗教は何であれ、人はどのように生きるべきか、社会の一員としてどのように他の人と接すべきかという、道徳を教えています。


この血液型の記事には識者のコメントがあり、そこで「いまだに・・・」という言葉ありましたが、「ますます・・・」ではないですかね。