今わが日本国においてもこの人民ありてこの政治あるなり。 | 大器は早成し、小器は晩成する

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福沢諭吉の学問のすすめに「ゆえに今わが日本国においてもこの人民ありてこの政治あるなり。」という言葉があります。


これは「愚民の上に苛(から)き政府あり。」から続いているフレーズで、徳義や学問のない人民だと政府の法支配も厳重にならざるを得ないという意味で使われています。


政府と人民を二極に分けて、その相互の関係を述べたものです。当時は、有司専制体制で、政府が民主的に選出されているものとの前提では書かれていません。


従って、この福沢諭吉のこの言葉をもって、現在の日本の政権と国民との関係を言い表すことは間違っているでしょう。


でも、この言葉は、今の日本の状況を的確に言い表しています。


原発事故を終息させるのは、日本の政権の責任ではなく、日本国民の世界に対する責任です。二度と原発事故をおこさせないのも、日本国民の世界に対する責任です。


日本国民が、第三者的な立場で、政権が右往左往しているのを嘲笑うのは勝手ですが、その結果の責任はすべの国民が負うしかありません。


原発をどのような形で続けるのか、そのリスクはどのように享受するのか、これは政権が決めることではありません。国民が決めることです。


政権に、一挙両得のような知恵はありません。