脳脊髄液減少症(下記参照)と診断され最後(3回目)のブラッドパッチから今月26日で12年が経ちました。 (1回目2012年4月、2回目同年8月、3回目2013年8月)
辛い症状は薄紙を剝ぐようにゆっくりと改善したものの病名が判らず発症から診断、治療までのドクターショッピングの期間が長かったからか現在でも幾つかの残存症状で辛い日も多々あります。
現在までの回復の経過は3回目のブラッドパッチから1年後の2014年夏に主治医から辛くても動かないと増々不調になるからと好きな登山を勧めらたのですが、当時は常に雲の上を歩くような浮遊性の眩暈と視界の眩しさと焦点が合わない不快感などからコンビニ等の商品棚を見ると不快で買い物も出来ない状態だったので山なんて登れるはずがないと思っていたらカミさんがサポートしてくれるというので最後のブラッドパッチか1年3ヶ月後の2014年11月に健康なら難なく登れる赤城山の長七郎山(1579m)に登りました。
この頃はカミさんの運転で登山口まで車で行くにしても標高が高くなるに連れて頭の中の不快感が強まり、登山口で登山靴に履き替えようとすると靴紐の網目が不快に見えて履く事も出来ずにスニーカーで登る始末でしたが、その後は仕事関係で知り合ったshi-maさんのサポートで冬山にも登れるようになりました。
現在では浮遊性眩暈、視界の不快感、最も辛かった聴覚過敏も改善し、2018年には体調に大きな不安を抱えながらも飛行機で海外にも出掛けられるようになり、2018年夏にヨーロツパアルプスのトレッキング、2019年冬にはニュージーランドのミルフォードトラックの53.5Kmの山道を大雨で腰まで水に浸かって踏破、同年秋には厳冬のデナリ(マッキンリー)に逝った山仲間3名の遭難から30年を機にアラスカを訪れ遭難地点に向かって手を合わせる事が出来ました、
その後は暫らくコロナの流行で出掛けられずにいましたがコロナが収束した2023年11月には若くしてヒマラヤに逝った山仲間達への鎮魂の旅で念願だったダウラギリ主峰のベースキャンプ地(標高4200m)の4名の慰霊碑とジョムソンの村外れに設置したダウラギリ東壁に逝った3名の後輩の慰霊碑を訪れ手を合わせる事が出来ました。
簡単に今迄の私の回復過程を記しましたが現在同病で苦しみ続けている患者さんも諦めずに前向きに治療とリハビリを続けて欲しいと思っています。
下記が現在の残存症状、或いは後遺症です。
・耳鳴り (月に10日程は止まる日もあります)
・左頬の不快感
・目が明いていられない程ショボショボする事があります (特に左目の症状が強く、ブラッドパッチ後に発症した症状です)
・飛蚊症
・眼瞼下垂 (特に左目)
・霞み目
・稀に目の中に白い光が飛ぶ(光視症)
目の症状に関しては病気で左目の硝子体手術を2度も行っているので脳脊髄液減少症とは関係ない可能性もあります。
以上です。
・・・・・・・・・・・脳脊髄液減少症・・・・・・・・・・
眩暈、吐き気、難聴、耳鳴り、聴覚過敏、視界が眩しい、複視、霞目、目の中に光が飛ぶ、涙目、ドライアイ、眼瞼下垂、味覚障害、頻尿、皮膚感覚の異常、頸部や肩の凝り痺れ痛み、腕痛、腰痛、背中の痛み、胸痛、頭痛、頭重感、倦怠感、また消化器、循環器。呼吸器障害等の症状が複合的に出現し、人により違いがあります。
発症の原因は交通事故やスポーツ等による体への衝撃、腰椎穿刺、腰椎麻酔、整体の施術、出産などで原因不明の人も大勢います。
また、MRIや血液検査等の一般的な検査では異常が表れ難く、大半の医者に同病の知識が無いのが現状で診断は「異常なし」や他の病気に誤診され治療が遅れる事で慢性化して治り難くなる患者が大勢います。
現在ドクターショッピングをしている人や診断が付き治療をしても治らない人は脳脊髄液減少症を疑って下さい。
診断、治療は私の体験から治療実績が豊富な専門医が在籍し、治療法のブラッドパッチが保険適用となる認定医療機関をお勧めします。