「外苑に超高層ビル」都議も周辺住民も、知らないうちに決まっていた 「どこがスポーツの聖地」?
2024年2月4日 06時00分 

明治神宮外苑が大規模再開発の波にさらされている。
先人たちが厳しい規制をかけて、100年近く守ってきた都心の緑。誰が何のために、開発への封印を解いたのか。再開発に至った経緯をひもとく。(敬称略)

連載⑥【排除】2015年~
東京都議「ラグビー場と野球場を交換するとのうわさもあるが」
都の担当者「そういううわさはあるが、具体的な内容は地権者と協議中であり、都が言うべき立場にない」
◆3年前からの構想、都議にも答えず
2015年1月、都議会の議員控室。都の担当者は、共産都議から、外苑の再開発について問われたものの、その内容を明らかにすることはなかった。
神宮球場と秩父宮ラグビー場を入れ替えて建て替える構想は、すでに3年前の2012年、元首相の森喜朗のもとに副知事が出向いて報告していた内容だった。 

 再開発事業の利害関係者である三井不動産や明治神宮、日本スポーツ振興センター(JSC)、伊藤忠商事などの地権者らは、都が森に示した構想に沿う形で2013年ごろから再開発に向けた協議を始めており、都とも水面下で調整を重ねていた。
音頭を取ったのは都のようだ。
「関係者皆で協議していきましょう」。協議への参加を呼び掛けられた明治神宮は「千載一遇のチャンス」と飛びついた。
◆都からの誘いは「渡りに船」
20年来、神宮球場の老朽化に頭を悩ませてきた。かつて自前で外苑の再開発を模索したこともあったが頓挫した。
明治神宮によると、外苑の収益事業のうち6割弱を神宮球場が担っているという。ラグビー場と入れ替える計画なら、新しい球場を造ってから古い方を取り壊すので球場収入が途絶えることはない。都からの誘いは明治神宮にとって渡りに船だった。
秩父宮ラグビー場を運営するJSCも、都から「五輪後にこの地域を再開発する検討を始めませんか」と声をかけられていた。ラグビー場も老朽化が進み、現地改修を検討していた。
ただし、こうした地権者と都の交渉内容は明らかになっていない。 

すでに青写真はできていた
都側は「記録がない」と言い張り、都議会からいくら追及されても明らかにしようとはしなかった。確かなことは、外苑の再開発構想が公になったときには、利害関係者たちの手で既に青写真ができあがっていたということだ。 

 共産都議が都の担当者に問い合わせてから3カ月。2015年4月1日、都は、外苑をスポーツの一大拠点とするため五輪後に大規模な再開発を行う方針を明らかにした。
この日、都は再開発に向けて、三井不動産や明治神宮、日本スポーツ振興センター(JSC)、伊藤忠商事などの地権者と覚書を結んでいる。
地権者が一堂に会した締結式で、都知事の舛添要一は「オリンピック終了とともに、直ちにこの大きな開発計画を前に進めたい。2020年の後を見据えた大きなレガシーとして神宮外苑地区が生まれ変わる第一歩が踏めたことを、大変うれしく思う」と高らかに宣言した。
◆周辺住民は蚊帳の外
蚊帳の外に置かれていたのは、周辺住民たちだった。 

 2016年末から工事が始まった国立競技場が徐々に巨大な楕円の形を見せ始めていく一方で、外苑再開発の話題はぱったりと止んだ。
外苑近くの都営住宅で自治会長を務める近藤良夫が高層ビル計画を知ったのは、「平成」が終わろうとしていた2019年4月。開発に当たって環境への影響を調べる手続きの一環で、開発事業者代表の三井不動産が、東京・赤坂にある会議室で周辺の町内会長らへの説明会を開いたときのことだ。
◆「どこがスポーツの聖地なのか」
ここが190メートル、ここが185メートル、球場にはホテルができる──。再開発の中身がスライドで矢継ぎ早に紹介されていく。
球場やラグビー場を建て替えるだけだと思っていた近藤は想像していた以上の大規模な開発に言葉も出なかった。周りからは「話が違う」「どこがスポーツの聖地なのか」といった声が上がった。
説明資料を求めると三井側は渋ったため、近藤はノートに書き写すしかなかった。 

 「外苑の景観を乱す」との近藤らの懸念は、開催を目前に控えた五輪や、その後の新型コロナウイルスの感染拡大にかき消されていく。
◆説明会は近隣住民だけ、通し番号で本人確認
「法令に定められた手続きに沿って情報公開を行っている」。都の担当者や開発事業者は、こう述べる。
実際、開発事業者は近藤ら町内会長に説明した後、住民向けに3回計6日間の説明会を開いている。
問題は、そのやり方だ。
参加できるのは近隣の住民だけ。最初の説明会は、対象者宅に通し番号の付いた案内状をポスティングし、当日受け付けで差し出して本人確認を受けないと入場させない徹底ぶりだった。録音録画も禁じた。 

 この間、再開発の「起爆剤」だった東京五輪は、コロナ禍で1年延期に。社会がコロナ一色に染まる中、五輪が閉幕すると、再開発に向けた手続きが大詰めを迎える。
◆「今日終わらせないと、今後に差し支える」
2021年12月14日、都は再開発のより詳細な内容を示した都市計画案を公表し、都民から意見を募るパブリックコメントを始めた。この夜、都が開いた住民説明会は紛糾した。
会場となった都立青山高校の体育館の窓は、コロナ禍のため全開。師走の冷たい風が吹き付けていたが、質問は途切れない。
参加者の一人が「1回打ち切って日を改めよう」と提案するも 、都の職員は「今日終わらせないと今後のスケジュールに差し支える」と応じなかった。終わったのは予定を2時間以上も越えた午後10時すぎだった。 


◆「納得してもらうという雰囲気ではない」
会場には、外苑近くで約40年暮らす角井典子の姿もあった。
角井にとっては、初めて聞く話ばかり。それなのに都の職員は、冒頭から「今日は説明会ですから」とクギを刺した。角井は「もう決まったことだから、という感じ。住民に納得してもらうという雰囲気ではない」と受け止めた。
2週間後に締め切られたパブリックコメントは、集まった意見33件すべてが計画に「反対」だった。
すべての説明会に参加したという近藤は「事業者も都も住民の声を聞かず、自分たちで決めたことを粛々と進めるだけ。今でも外苑を開発しなければいけない理由が分からない」と話す。
外苑再開発への懸念を歌ったサザンオールスターズの「Relay 杜(もり)の詩」の一節を引き合いに出し、こうつぶやいた。「まさに、知らないうちに決まっていた」