港に寄らない「洋上転載」が中国船での虐待に 水産庁と輸入業者は十分な対策取らず (3)

2021年10月28日14時58分 アナリス ガイズバート

 

三菱商事グループがマグロを購入してした中国の「大連遠洋」の漁船で、過酷な労働の末に10人のインドネシア人船員らが死亡した。なぜ彼らは命を落としたのか。

生き残ったインドネシア人船員らによると、大連遠洋ではより短期間で多くのキハダやメバチマグロを獲るため、漁船が港に寄らず海上で運搬船にマグロを引き渡す「洋上転載」が常態化していたことがわかった。病気になってもなかなか港に寄ってもらえず海上で死亡する船員が続出した。

大連遠洋だけではなく、遠洋漁業では今、ほとんどが洋上転載だ。国際的な競争が激しくなる中、燃料などコストを抑えるためだ。マグロ漁船の経営者によると、洋上転載なしではビジネスを維持できないという。その結果、漁船員への虐待が起きやすい労働環境となっている。

運搬船に逃げようとしたが

中国の「大連遠洋」の漁船は、マグロを漁獲したら冷凍運搬船に海上で引き渡し、港に寄らないでマグロ漁を続けていた。3カ月に1回ほど、多い時で50トンのマグロを運搬船に積み替えて、1〜2年間以上は港に寄らない。

海上では誰の目も届かないため、24時間を超えるような長時間労働、中国人の上司による暴力、病気の放置など船員への虐待が繰り返された。

2018年11月から約2年間、大連遠洋の漁船で働いたインドネシア人船員のルスナタ(39)によると、過酷な労働や虐待に耐え兼ねた数人がある日、「港に帰らせてくれ」と懇願した。だが船長は聞き入れない。

懇願したうちの1人は、運搬船がマグロの荷受けに来た際に漁船から飛び乗って逃げようとした。結局、運搬船の方の船長が受け入れず脱出は失敗した。

日本の人権NPO「ヒューマンライツ・ナウ」は、大連遠洋の事件についてレポートをつくり、洋上転載についてこう指摘している。

「積み荷の積み替えがこの長期的航海を可能にし、結果として、外部から孤立し遮断され実態把握が困難な状況が生まれ、乗組員に対する労働権及び人権侵害を引き起こすことに繋がっている」

国際的な環境NGOグリーンピースも、洋上転載をやめるよう訴えている。元シニア・オーシャンズ・アドバイザー、アンディー・シェンによると、洋上転載は人権侵害のリスクが高まることが理由だ。

 

冷凍マグロの水揚げ量が日本で最も多いのは、清水漁港だ。清水漁港振興会によると、マグロを水揚げする船の8割は、洋上転載でマグロを積んだ運搬船だ。運搬船の全長は120メートル。マグロをマイナス60度で保管する3階建の冷凍庫を完備しており、複数の漁船のマグロを荷受けできる。

洋上転載ならば漁獲の都度、港に戻る必要はなく燃料代と時間が節約できる。

「違法」に人権侵害が入らない日本

では洋上転載が常態化する中で、船員たちを24時間を超えるような長時間労働や上司からの暴力、病気から守る方法はあるのか。

アメリカは2021年5月、強制労働を理由に大連遠洋が漁獲したマグロの輸入を禁止した。

日本の水産庁は、洋上転載をした外国マグロ漁船の情報を、輸入の際に漁船ごとに提出される資料で詳細に把握している。しかし、アメリカのような行政措置を取っていない。

2020年に施行された「水産流通適正化法」もある。違法漁獲物の流通を防止するため、適法に漁獲されたことを示す外国の政府機関発行の証明書や取引記録を電子化するいう内容だ。世界中で人権侵害や乱獲といった「違法漁業」を撲滅する機運の高まりを受けて作られた。

ところが、この法律は資源管理に焦点を当てており「人権」を考慮していない。水産庁資源管理部国際課の伊藤鋼平課長補佐は、Tansaの取材にこう答える。

「現時点において、日本では米国のように、強制労働により製造された商品の輸入を禁止する法制度が整備されているわけではありません」

一方で日本の遠洋マグロ漁の業者では、今回の大連遠洋の船でのインドネシア人船員らの死亡事件を受け、船員の人権を守るために動き出した人たちもいる。

若手のマグロ・カツオ漁船の船主らでつくる「全国鰹鮪近代化促進協議会」は2021年8月19日、「日本かつお・まぐろ漁業協同組合」に申し入れをした。水産流通適正化法で輸入マグロを厳しくチェックするよう、組合から水産庁や経産省に要請してもらうためだ。

申し入れをした全国鰹鮪近代化促進協議会の会長、臼井壮太朗は遠洋マグロ漁船を7隻持ち、インドネシア人の船員も雇用している。臼井の船では、Wi-Fiを完備して船員たちが外部と連絡を取れるようにしている。大連遠洋の船でインドネシア人船員らが死亡したと知った時は、涙が出た。

臼井はいう。

「人権を守らない労働がアメリカなど外国では違法でも、日本では違法ではない。だから大連遠洋が獲ったようなマグロが輸入されてしまう」

 

輸入マグロのブラックボックス

マグロを獲った漁船の労働環境を水産庁がチェックしない一方で、消費者はどのようなマグロが入ってきても分からないようになっている。

Tansaは、三菱商事グループの東洋冷蔵が提供する冷凍マグロも販売されている横浜市中央卸売市場を訪ねた。そこでわかったのは、市場の業者は流通会社から詳しい漁獲情報を知らされていないということだ。横浜市中央御売市場の業者がいう。

「市場側としてもらう情報は、どこの海で漁獲されたか、輸送した運搬船の国籍、水揚げした港、そして流通会社名だけ」

つまり、どの会社の船がマグロを獲ったかは分からない。

東洋冷蔵はホームページで、取引の透明性「トレーサビリティー」への取り組みをアピールしている。マグロ1本1本をバーコードで管理し、出自が分かるようにしているというのだ。

しかしそれは、蓄養マグロに関してだけだ。海で漁獲した天然マグロのトレーサビリティーについては、何も書かれていない。

大連遠洋が漁獲したのは、天然マグロだ。どういうルートで消費者に提供されたかと三菱商事に聞くと、以下の回答がきた。

「取引先との守秘義務に関わる情報が含まれるため、個別の取引内容に関してはお答えできない」

(敬称略)