ついにライセンス権を横取りしたまま独立を宣言

ハードウェア

Armの中国合弁企業がArmからの独立を宣言、一部ライセンスや中国市場の顧客をそのまま横取り

半導体企業・Armが開発したArmアーキテクチャは、携帯電話や自動車、マイクロコントローラー、Amazon Web Services(AWS)のサーバーなどで使われる何十億ものチップで採用されています。Armはイギリスの企業でしたが、2016年にソフトバンクに買収されました。その後、NVIDIAへ売却されることが発表されたものの、中国国内でのライセンス権を持っていた中国合弁企業が一方的に独立を宣言し、知的財産権(IP)のライセンス権を横取りしたまま暴走を続けていると、半導体関連ブロガーのディラン・パテル氏が解説しています。

The Semiconductor Heist Of The Century | Arm China Has Gone Completely Rogue, Operating As An Independent Company With Inhouse IP/R&D - by Dylan Patel - SemiAnalysis
https://semianalysis.substack.com/p/the-semiconductor-heist-of-the-century

2018年6月にソフトバンクは、ArmのIP事業を中国で行うことを目的として、中国子会社であるArm Technologyの持ち株の51%を中国投資コンソーシアムに売却し、「安谋科技(Arm China)」として合弁企業化しました。Arm Chinaは中国国内でArmのIPをライセンス管理する独占権を持つこととなりました。

子会社(アーム)における中国事業の合弁事業化に関するお知らせ | ソフトバンクグループ株式会社
https://group.softbank/news/press/20180605 
 

子会社(アーム)における中国事業の合弁事業化に関するお知らせ

 

ソフトバンクグループ株式会社
 

当社は、当社の英国子会社であるArm Limited(以下「アーム」)が、中国における同社の既存半導体テクノロジーIP事業を行うことを目的として、同社の中国子会社Arm Technology (China) Co., Ltd.(以下「Arm China」)の持分の過半数を、複数の機関投資家及びアームの顧客ならびにその代理会社(以下「本相手先」)に売却し、合弁会社化すること(以下「本取引」)について、2018年6月4日付で最終的な合意に至ったことを本日確認致しましたので、下記のとおりお知らせいたします。

1. 本取引の目的

アームはこれまで、中国の半導体企業に対するライセンス事業において、著しい成功を収めてきました。2017年に中国で設計された最新半導体チップの約95%はアームのテクノロジーを使用していたと推定され、また、2018年3月期において、アームの中国事業は同社売上高のうち約20%を占めました。中国は世界有数の規模を持つ重要市場であり、合弁事業が中国企業に対してアームの半導体テクノロジーのライセンスを行い、同テクノロジーを中国に根ざして開発していくことにより、中国市場におけるアームの事業機会はさらに拡大するものと見込まれます。

2. 本取引の概要

本取引における合意に基づき、アームは、本相手先に対して、Arm China株式持分の51%を775.2百万米ドルで売却することにより、同社を合弁会社化します。なお本取引は、各種届出及びその他の諸要件の充足を条件として、2018年6月中の完了を予定しています。本取引後も、アームは、Arm Chinaにおけるアーム半導体テクノロジーのライセンス事業により創出されるライセンス及びロイヤリティー、ソフトウエア及びサービスなどの収入の大部分を受領する予定です。

3. 業績への影響

当社連結決算において、本取引完了日をもってArm Chinaは子会社に該当しないこととなり、連結から除外される一方、同日付で新たに関連会社となり、持分法が適用される予定です。
本取引に伴い、当社は、2019年3月期第1四半期連結決算において子会社株式の売却による利益などを計上する見込みです。具体的な当社連結業績への影響につきましては、分かり次第お知らせいたします。

  • 関係各者の要請により、社名の公表を控えております。

 

 

しかしその後、Arm Chinaのアレン・ウーCEOがArm Chinaの顧客に対してライセンス料の割引を持ちかけ、それと引き換えに自分の会社への投資を誘致していたことが発覚。2020年にArmと株主はウーCEOを追放することに合意し、Arm Chinaの取締役会は利益相反を理由に、賛成7:反対1でウーCEOの解任を可決しました。

しかし、社印をウーCEOが保持していたため、解雇を法的に実行することができなかったとのこと。中国は日本と同じく印鑑に法的な効力を持たせる実印社会で、会社で行われるさまざまな手続きは社印がなければ実行に移すことができません。つまり、取締役会がウーCEOの解任を決議したにもかかわらず、ウーCEOは解任を拒否しながら、会社を実質的に支配したままとなっているわけです。

 

 


ウーCEOは取締役会でArm側についた上級幹部を追い出し、Arm Chinaの名義でArm Chinaの取締役会を提訴しました。Armの影響が排除されてしまったことで、Arm Chinaは完全にArmの手から離れ、暴走することとなりました。

もちろんArm側も黙ったままではおらず、新規IPのライセンス委託を停止するという報復を行いました。たとえばArmのCPUであるCortex A77やAWS独自設計のGravitonNeoverseシリーズなどの主要な技術はArm Chinaには送られていません。また、2021年5月に発表された新アーキテクチャのArmv9も、Arm Chinaに提供されていません。その上でArmは「Arm Chinaが中国の半導体産業に悪影響を与える」と中国政府に訴えようとしています。

新規ライセンスの停止によって、Arm Chinaの暴走も収まるかと思われました。しかし、Arm ChinaはArmからの独立を正式に宣言するイベントを開催し、「Arm Chinaこそ中国最大の半導体IPサプライヤーである」とアピールしました。さらに、Arm Chinaは独自に開発した「XPUライン」と呼ばれる新しいIPを発表。今後はスマートフォンなどのモバイル機器やIoT機器向けに独自のNPUVPUをリリースすると宣言しました。

 

果として、Arm ChinaはArmからの独立をうたいながら、Armの一部IPを奪い、世界第2位の規模を持つ中国市場をかすめとった形になります。パテル氏は「Arm Chinaは中国の合弁企業が暴走した最も有名な例です。中国では何十年にもわたってIPが奪われコピーされてきましたが、今回のArm Chinaの一件はこれまでで最も大胆な試みかもしれません」とコメントしています。

さらにパテル氏は「このArm Chinaの暴走がNVIDIAの買収にどのような影響を及ぼすのかは不明ですが、ソフトバンクの近視眼的な利益追求がこのような大規模な問題を引き起こしたことは明らかです」と述べ、ソフトバンクのやり方を批判しました。