米国国立公文書館機密解除資料
CIA 日本人ファイル 解説
加藤哲郎

 

はじめに――「日本の黒い霧」の実相に迫る機密解除資料
 本資料集は、米国クリントン政権末期、2000年日本帝国政府情報公開法にもとづき機密解除
された戦時・占領期の日本関係資料約10万ページの中から、特に注目度の高い、米国中央情報
局(CIA)が収集した日本人31人の個人ファイルを収録したものである。

 

 このなかに、PODAM のコードネームを持つ読売新聞社主・正力松太郎が日本のテレビ放
送開始や原子力発電の出発に暗躍した役割が見出され、元朝日新聞論説主幹・情報局総裁・緒
方竹虎を吉田茂の後継首相にするPOCAPON 工作があったことなどは、すでに報道され、研
究が始まっている。本資料集の解読で、「日本の黒い霧」といわれた戦後日本における米国の
インテリジェンス活動の実際が、明らかになるであろう。

 

一 米国国立公文書館ナチス・日本帝国戦争犯罪記録の機密解除
 2007年1 月12日、米国国立公文書館(NARA)は、「日本の戦争犯罪記録研究のために10万
ページを機密解除」として、以下の記者発表を行った。
 ナチス戦争犯罪記録及び日本帝国政府記録省庁間作業部会(IWG)は、日本の戦争犯罪に関連す
るファイルを精査した結果として、10万ページの最近機密解除された記録を利用可能にすると発表し
た。それに加えて、IWG は、Researching Japanese War Crimes Records: Introductory Essays とい
う参考文献、electronic records finding aid という研究者が太平洋戦争に関して国立公文書館の数千
の新たな拡張されたファイルを探し利用するためのガイドを発表した( 1 )。
 これは、帝国日本についての記録の記者発表であるが、もともと米国民主党クリントン政権
末期に、ナチスの戦争犯罪記録公開に準じて行われたものである。この経緯を、日本のドイツ
現代史研究者清水正義は、自身のウェブサイトで詳しく説明している。
 アメリカ議会は1998年10月8 日にナチ戦争犯罪情報公開法(Nazi War Crimes Disclosure Act)
(以下、ナチ情報公開法と略す)を、次いで2000年12月27日に日本帝国政府情報公開法(Japanese
Imperial Government Disclosure Act)を制定した。前者はナチ戦争犯罪に関して合衆国政府機関が
保管する機密扱い記録の機密解除と公開を、同様に後者は戦前日本政府・軍の戦争犯罪に関する機密

扱い記録の機密解除と公開を主旨としたものである。両者はほぼ同一内容であり、後者は前者の執行
過程で前者を補完するものとして制定された。……ナチ情報公開法は、アメリカ政府機関が所有する
ナチ関係記録で現在なお機密扱いされているものについて、なるべく広範に機密解除をするべく、し
かるべき機関が3 年間の期間限定で記録調査、目録作成、機密解除指定等を行うことを定めている。
すなわち、同法によれば、
一、法発効後90日以内に関連機関を横断する機関「ナチ戦争犯罪人記録省庁間作業部会(Nazi War
Criminal Records Interagency Working Group)」(以下「省庁間部会[IWG]」と略)を設立し、
二、省庁間部会は1 年以内に次の任務を行う。
 ( 1 )合衆国のすべての機密扱いされたナチ戦争犯罪人記録を探索し、確認し、目録を作成し、機
密解除を勧告し、そして国立公文書館記録管理局で公衆が利用できるようにし、
 ( 2 )各省庁と協力し、これらの記録の公開を促進するのに必要な行動をとり、そして
 ( 3 )これら記録のすべて、これら記録の処理、及び本セクションに基づく省庁間部会と各省庁の
活動を記した報告書を、上院司法委員会及び下院政府改革監視委員会を含む議会に提出する。
三、ナチ戦争犯罪人記録は原則として公開され、公開しない場合の例外事由について詳細に規定され
る。例外事由を要約的に列挙すれば、
 (A)個人のプライバシーを不当に侵すもの
 (B)国家安全保障上の利害を損なうような情報源、情報手段を暴露するもの
 (C)大量破壊兵器の情報を暴露するもの
 (D)暗号システムを損なう情報を暴露するもの
 (E)兵器テクノロジーの情報を暴露するもの
 (F)現行の軍事戦争計画を暴露するもの
 (G)外交活動を弱体化させるような情報を暴露するもの
 (H)大統領その他の保護に当たる政府官吏の能力を損なうような情報を暴露するもの
 (I)現行の国家安全保障非常事態準備計画を損なう情報を暴露するもの
 (J)条約または国際協定に違反するもの
である。機密解除の例外となるこれらの事由はきわめて個別的具体的であり、記録を公開しないとい
う判断は、それが上記(A)から(J)までの事由のいずれかにおいて「有害であると省庁の長が決
定した場合にのみ許され」、しかも「かかる決定を行った省庁の長官は、上院司法委員会と下院政府
改革監視委員会を含む適切な管轄権を備えた議会の委員会に、直ちにそれを報告するもの」とされて
いる( 2 )。
 清水は、ナチス戦犯記録機密解除・公開について、「戦後アメリカはナチ戦犯の相当数の入
国を意図的か否かを問わず事実上許容してきた」「今回の記録公開によりアメリカの知られざ
るナチ戦犯容認政策の実態が暴露される可能性がある」という観点から注目した。その意義と
して、「アメリカは戦後の対ソ政策上、旧ナチ軍事・諜報・科学技術専門家を必要とした」こ
とを、資料により検証できる重要性を挙げている。
 実際、今回の資料公開には、元ナチ科学者で戦後アメリカでは「ロケット開発の父」と呼ば
れるヴェルナー・フォン・ブラウンの軍事利用、陸軍G 2 (諜報部)によるソ連軍の組織、装