国連事務総長と安倍首相会談に関する報道に疑問 特別報告者・共謀罪について、食い違うプレスリリース。

 

https://www.un.org/sg/en/content/sg/note-correspondents/2017-05-28/note-correspondents-response-questions-meeting-between

 

共謀罪がプライバシー権を侵害する懸念。

今週から参議院で、テロ等準備罪、いわゆる共謀罪に関する審議が始まっています。

この件では、5月18日に、国連特別報告者で、「プライバシー権」担当のジョセフ・カナタチ氏(マルタ大教授)が、「プライバシーや表現の自由を制約するおそれがある」として懸念を表明する書簡を安倍晋三首相あてに送った、と報道されています。

私たちの人権に関わる重要なことですので、ヒューマンライツ・ナウのウェブサイトにレターの全文を和約して公表しています。

是非国会の審議でも十分に応えてほしいところです。そして、ネットユーザーの皆さんにも是非考えていただきたいところです。

 

政府の反応

この書簡をめぐっては、政府はすぐに「抗議」。報道によれば、以下の対応だったそうです。

菅義偉官房長官は22日午前の会見で、人権状況などを調査・監視する国連特別報告者が「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案はプライバシーや表現の自由を制約するおそれがあるとの書簡を安倍晋三首相に送ったことについて、「不適切なものであり、強く抗議を行っている」と述べた。

菅官房長官は「特別報告者という立場は独立した個人の資格で人権状況の調査報告を行う立場であり、国連の立場を反映するものではない」と強調。「プライバシーの権利や表現の自由などを不当に制約する恣意的運用がなされるということはまったく当たらない」との見方を示した。

国連特別報告者は国連の立場を代表するものではない、として無視してもよいかのような言動には疑問の声が沸き起こり、私たちも記者会見を行いました。この抗議に対し、カナタチ氏からも再反論が出るなどしてヒートアップしています。

国連事務総長と安倍首相の会談

このごたごたをスマートに解決して見せたかに見えたのが安倍首相。G7でイタリアに訪問した際に安倍首相が国連の新事務総長であるグテーレス氏と会談。その様子が、一斉に報道されましたが、そのなかで、この特別報告者の問題が言及されました。

特別報告者の位置づけがこのようなハイレベルの会談で話し合われるのは大変奇異(外交や国際情勢について語り合うのが普通ですから)に思われましたが、安倍首相もこの問題を重視している表れでしょうか。

例えば読売新聞では

グテレス氏は日本の国会で審議中の組織犯罪処罰法改正案(テロ準備罪法案)を巡り、国連人権理事会の特別報告者が懸念を伝える書簡を首相に送ったことについて、「必ずしも国連の総意を反映するものではない」との見解を明らかにした。

 

NHKでは

安倍総理大臣が、慰安婦問題をめぐる日韓合意の実施の重要性を指摘したのに対し、グテーレス氏は、日韓合意を支持する考えを示しました。

一方、グテーレス氏は、各国の人権状況を調査する国連人権理事会の特別報告者について、国連とは別の個人の資格で活動しており、その主張は必ずしも国連の総意を反映するものではないという考えを示しました。

国連人権理事会の特別報告者は、先に「共謀罪」の構成要件を改めて「テロ等準備罪」を新設する法案について、「表現の自由への過度の制限につながる可能性がある」などと懸念を示す書簡を安倍総理大臣に送付しています。

他方、Japan Timesをみると、

Over Cannataci’s claims, Guterres told Abe the special rapporteur acts as an individual, separate from the United Nations, and that the rapporteur’s views do not necessary reflect the opinion of the world body, according to the ministry.

とありまして、内容は概ね同じではあるのですが、 according to the ministry、という説明があります。

このministryというのは外務省のことを指すものですので、外務省の言っていることを報道したのか、ということが推測できるものです。

一方、国連側のリリースは

ところで、国連もこの会談についてプレスリリースを出しています。

https://www.un.org/sg/en/content/sg/note-correspondents/2017-05-28/note-correspondents-response-questions-meeting-between

 

 

その内容は、以下のとおり。

Regarding the report of Special Rapporteurs, the Secretary-General told the Prime Minister that Special Rapporteurs are experts that are independent and report directly to the Human Rights Council.

和約すると、

「特別報告者について、事務総長は首相に、特別報告者は国連人権理事会に直接報告をする独立した専門家であると説明しました」

とだけ書いてあり、報道と食い違っていますね。

また、NHKが報じた慰安婦問題についても

During their meeting in Sicily, the Secretary-General and Prime Minister Abe did discuss the issue of so-called “comfort women”. The Secretary-General agreed that this is a matter to be solved by an agreement between Japan and the Republic of Korea. The Secretary-General did not pronounce himself on the content of a specific agreement but on the principle that it is up to the two countries to define the nature and the content of the solution for this issue.

大まかに訳すると、事務総長は、慰安婦問題は日本と韓国の間で話し合って解決する問題だということに同意しました。事務総長は、特定の合意の内容について言及しませんでしたが、原則として解決の内容や性質は2国間で決める問題だとしました、ということです。

このようにみると、日本の報道と、国連事務総長のプレスリリースの内容が明らかに、食い違っています。

■ どうして各社は、日本政府よりの報道をしたのか?

ここで私が感じた感想としては、この差はどうして生じてしまったか、ということと、その怖さです。

10分間と言われる会談は、果たしてメディア公開で行われ、メディアは内容を全部聞いたうえで、独自の取材により報道したのでしょうか。

もしくは、Japan Timesが引用するように、会議の内容を後で伝えた外務省からの情報をそのまま、真実として報道したのでしょうか。

後者が事の真相であり、かつメディアが国連事務所に裏取りもせず、独自取材もなく、外務省の言を鵜呑みにしているのだとすると、やはりちょっと怖いですね。

結局話が食い違うなか、どちらの言っていることが正しいのかわかりませんが、もし政府の言うなりに報道してしまった、となると、これはそれこそ、大本営発表というものではないのでしょうか。

この食い違いがどこで生じたかわかりません。英語の会話でもあるでしょうし、人間はおうおうにして自分の都合のよいように解釈しがちではあります。しかし、仮に会談に参加した首相や外相がちょっと自分たちに有利に解釈してしまったとしても、それが一人歩きしてしまうのは怖いですね。

私もまさか大本営発表のような報道だったと信じたくはありませんので、経緯を是非知りたいものです。

そして、言うまでもなく、権力監視はメディアの大切な役割ですから、政府の言うなりに報道することが今後とも万が一にもないことを切に望むものです。

また、日本政府に対しても、情報のミスリードにつながるようなことはなかったのか、きちんと検証してほしいと望みます。

■ 国連特別報告者の勧告に真摯に向き合うことは国際公約

 

この話、そろそろ本筋に戻すべきではないでしょうか。私たちのプライバシーの権利に関わる問題、国連の専門家から出された懸念の内容に立ち返って、今一度、よく検討するということです。

実は、日本は昨年、国連人権理事会の理事国選挙に立候補、当選し、今や世界に47か国しかない人権理事国となっています。

人権理事国には、人権理事会の機能をサポートすること、世界的に高い人権の水準を国内でも維持して、世界に範を示すことが求められています。

この理事国選挙に先立ち、日本政府は、自発的に「今後こういう人権に関する貢献をしていく」ということを自発的誓約として発表しています。  

その中には、こんなことが書かれています。

 

国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)や特別手続の役割を重視。特別報告者との有意義かつ建設的な対話の実現のため,今後もしっかりと協力していく。

特別手続、というのは、特別報告者が国別、テーマ別に調査し、報告書を公表し、各国に人権状況の改善を促し、改善を進めていくというプロセスのことです。

「特別報告者との有意義かつ建設的な対話」というのはまさに、今回のカナタチさんから出された書簡などにきちんと応じ、対話を通じて問題を解決していくことです。

国連事務総長と安倍首相がどんな話をしたにせよ、自発的に誓約したことはきちんと守るべきです。

国連から出された懸念について、真摯に今一度向き合い、プライバシーの権利侵害に対するセーフガードが果たして十分なのか、ぜひ参議院では慎重な審議を求めたいと思います。(了)

 

https://news.yahoo.co.jp/byline/itokazuko/20170529-00071465/

 

国連特別報告者ジョセフ・ケナタッチ氏 共謀罪法案について安倍内閣総理大臣宛の書簡全体の翻訳

国際人権NGOヒューマンライツ・ナウは5月23日(火)の衆議院第1議員会館での緊急記者会見に向けて、
プライバシーに関する権利の国連特別報告者ジョセフ・ケナタッチ氏による共謀罪法案について
安倍内閣総理大臣宛の書簡全体の翻訳を完成させました。

全文は以下からご覧いただけます。

 

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プライバシーに関する権利の国連特別報告者 ジョセフ・ケナタッチ氏

共謀罪法案について安倍内閣総理大臣宛の書簡全体の翻訳

 

翻訳担当 弁護士 海渡雄一・木下徹郎・小川隆太郎

(質問部分の翻訳で藤本美枝弁護士の要約翻訳を参照した)

 

 

国連人権高等弁務官事務所

パレスデナシオンズ・1211ジェネバ10、スイス

TEL:+ 41229179359 / +41229179543・FAX:+4122 917 9008・E-Mail:srprivacy@ohchr.org

 

 

プライバシーに関する権利に関する特別報告者のマンデート

 

参照番号JPN 3/2017

2017年5月18日

 

内閣総理大臣 閣下

 

私は、人権理事会の決議28/16に基づき、プライバシーに関する権利の特別報告者としての私の権限の範囲において、このお手紙を送ります。

 

これに関連して、組織犯罪処罰法の一部を改正するために提案された法案、いわゆる「共謀罪」法案に関し入手した情報について、閣下の政府にお伝え申し上げたいと思います。もし法案が法律として採択された場合、法律の広範な適用範囲によって、プライバシーに関する権利と表現の自由への過度の制限につながる可能性があります。

 

入手した情報によりますと次の事実が認められます:

 

組織的犯罪処罰法の一部を改正する法案、いわゆる共謀罪法案が2017年3月21日に日本政府によって国会に提出されました。

 

改正案は、組織的犯罪処罰法第6条(組織的な殺人等の予備)の範囲を大幅に拡大することを提案したとされています。

手持ちの改正案の翻訳によると、新しい条文は次のようになります:

 

6条

(テロリズム集団その他の組織的犯罪集団による実行準備行為を伴う重大犯罪遂行の計画)

次の各号に掲げる罪に当たる行為で、テロリズム集団その他の組織的犯罪集団(団体のうち、その結合関係の基礎としての共同の目的が別表第三に掲げる罪を実行することにあるものをいう。次項において同じ) の団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を二人以上で計画した者は、その計画をした者のいずれかによりその計画に基づき資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為が行われたときは、当該各号に定める刑に処する。ただし、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。

 

 

安倍晋三首相 閣下

内閣官房、日本政府

 

さらにこの改正案によって、「別表4」で新たに277種類の犯罪の共謀罪が処罰の対象に加わることになりました。これほどに法律の重要な部分が別表に委ねられているために、市民や専門家にとって法の適用の実際の範囲を理解することが一層困難であることが懸念がされています。

 

加えて、別表4は、森林保護区域内の林業製品の盗難を処罰する森林法第198条や、許可を受けないで重要な文化財を輸出したり破壊したりすることを禁ずる文化財保護法第193条、195条、第196条、著作権侵害を禁ずる著作権法119条など、組織犯罪やテロリズムとは全く関連性のないように見える犯罪に対しても新法が適用されることを認めています。

 

新法案は、国内法を「国境を越えた組織犯罪に関する国連条約」に適合させ、テロとの戦いに取り組む国際社会を支援することを目的として提出されたとされます。しかし、この追加立法の適切性と必要性については疑問があります。

 

政府は、新法案に基づき捜査される対象は、「テロ集団を含む組織的犯罪集団」が現実的に関与すると予想される犯罪に限定されると主張しています。

しかし、「組織的犯罪集団」の定義は漠然としており、テロ組織に明らかに限定されているとはいえません。

新たな法案の適用範囲が広い点に疑問が呈されていることに対して、政府当局は、新たな法案では捜査を開始するための要件として、対象とされた活動の実行が「計画」されるだけでなく、「準備行為」が行われることを要求していると強調しています。

しかしながら、「計画」の具体的な定義について十分な説明がなく、「準備行為」は法案で禁止される行為の範囲を明確にするにはあまりにも曖昧な概念です。

 

これに追加すべき懸念としては、そのような「計画」と「準備行動」の存在と範囲を立証するためには、論理的には、起訴された者に対して、起訴に先立ち相当程度の監視が行われることになると想定されます。

このような監視の強化が予測されることから、プライバシーと監視に関する日本の法律に定められている保護及び救済の在り方が問題になります。

 

NGO、特に国家安全保障に関する機密性の高い分野で活動するNGOの業務に及ぼす法律の潜在的影響についても懸念されています。政府は、法律の適用がこの分野に影響を及ぼすことがないと繰り返しているようです。

しかし、「組織的犯罪集団」の定義の曖昧さが、例えば国益に反する活動を行っていると考えられるNGOに対する監視などを正当化する口実を作り出す可能性があるとも言われています。

 

最後に、法律原案の起草に関する透明性の欠如と、今月中に法案を採択さえようとする政府の圧力によって、十分な国民的議論の促進が損なわれているということが報告で強調されています。

 

提案された法案は、広範な適用がされる可能性があることから、現状で、また他の法律と組み合わせてプライバシーに関する権利およびその他の基本的な国民の自由の行使に影響を及ぼすという深刻な懸念が示されています。

とりわけ私は、何が「計画」や「準備行為」を構成するのかという点について曖昧な定義になっていること、および法案別表は明らかにテロリズムや組織犯罪とは無関係な過度に広範な犯罪を含んでいるために法が恣意的に適用される危険を懸念します。

 

法的明確性の原則は、刑事的責任が法律の明確かつ正確な規定により限定されなければならないことを求め、もって何が法律で禁止される行為なのかについて合理的に認識できるようにし、不必要に禁止される行為の範囲が広がらないようにしています。現在の「共謀罪法案」は、抽象的かつ主観的な概念が極めて広く解釈され、法的な不透明性をもたらすことから、この原則に適合しているようには見えません。

 

プライバシーに関する権利は、この法律の幅広い適用の可能性によって特に影響を受けるように見えます。更なる懸念は、法案を押し通すために早められているとされる立法過程が、人権に悪影響を及ぼす可能性がある点です。立法が急がれることで、この重要な問題についての広範な国民的議論を不当に制限することになります。

マンデートは、特にプライバシー関連の保護と救済につき、以下の5点に着目します。

 

1 現時点の法案の分析によれば、新法に抵触する行為の存在を明らかにするためには監視を増強することになる中にあって、適切なプライバシー保護策を新たに導入する具体的条文や規定が新法やこれに付随する措置にはないと考えられます。

 

2 公開されている情報の範囲では、監視に対する事前の令状主義を強化することも何ら予定されていないようです。

 

3 国家安全保障を目的として行われる監視活動の実施を事前に許可するための独立した第三者機関を法令に基づき設置することも想定されていないようです。このような重要なチェック機関を設立するかどうかは、監視活動を実施する個別の機関の裁量に委ねられることになると思われます。

 

4 更に、捜査当局や安全保障機関、諜報機関の活動の監督について懸念があります。すなわちこれらの機関の活動が適法であるか、または必要でも相当でもない手段によりプライバシーに関する権利を侵害する程度についての監督です。この懸念の中には、警察がGPS捜査や電子機器の使用の監視などの捜査のために監視の許可を求めてきた際の裁判所による監督と検証の質という問題が含まれます。

 

5 嫌疑のかかっている個人の情報を捜索するための令状を警察が求める広範な機会を与えることになることから、新法の適用はプライバシーに関する権利に悪影響を及ぼすことが特に懸念されます。入手した情報によると、日本の裁判所はこれまで極めて容易に令状を発付するようです。2015年に行われた通信傍受令状請求のほとんどが認められたようです(数字によれば、却下された令状請求はわずか3%以下に留まります。)

 

私は、提案されている法改正及びその潜在的な日本におけるプライバシーに関する権利への影響に関する情報の正確性について早まった判断をするつもりはありません。ただ、閣下の政府に対しては、日本が1978年に批准した自由権規約(ICCPR)17条1項によって保障されているプライバシーに関する権利に関して国家が負っている義務を指摘させてください。

自由権規約第17条第1項は、とりわけ個人のプライバシーと通信に関する恣意的または違法な干渉から保護される権利を認め、誰もがそのような干渉から保護される権利を有することを規定しています。

さらに、国連総会決議A/RES/71/199も指摘いたします。そこでは「公共の安全に関する懸念は、機密情報の収集と保護を正当化するかもしれないが、国家は、国際人権法に基づいて負う義務の完全な履行を確保しなければならない」とされています。

 

人権理事会から与えられた権限のもと、私は担当事件の全てについて事実を解明する職責を有しております。つきましては、以下の諸点につき回答いただけますと幸いです。

 

1.上記の各主張の正確性に関して、追加情報および/または見解をお聞かせください。

 

2.「組織犯罪の処罰及び犯罪収入の管理に関する法律」の改正法案の審議状況について情報を提供して下さい。

 

3.国際人権法の規範および基準と法案との整合性に関して情報を提供してください。

 

4.法案の審議に関して公的な意見参加の機会について、市民社会の代表者が法案を検討し意見を述べる機会があるかどうかを含め、その詳細を提供してください。

 

要請があれば、国際法秩序と適合するように、日本の現在審議中の法案及びその他の既存の法律を改善するために、日本政府を支援するための専門知識と助言を提供することを慎んでお請け致します。

 

最後に、法案に関して既に立法過程が相当進んでいることに照らして、これは即時の公衆の注意を必要とする事項だと考えます。したがって、閣下の政府に対し、この書簡が一般に公開され、プライバシーに関する権の特別報告者のマンデートのウェブサイトに掲載されること、また私の懸念を説明し、問題となっている点を明らかにするために閣下の政府と連絡を取ってきたことを明らかにするプレスリリースを準備していますことをお知らせいたします。

 

閣下の政府の回答も、上記ウェブサイトに掲載され、人権理事会の検討のために提出される報告書に掲載いたします。

 

閣下に最大の敬意を表します。

 

ジョセフ・ケナタッチ

プライバシーに関する権利の特別報告者

 

http://hrn.or.jp/news/11053/