米連邦準備理事会(FRB)は、株式・債券市場にてこ入れし、ドル相場を押し下げ、インフレの風を吹き込もうとしている。

 バーナンキFRB議長は15日の講演で米経済再生に向けた最新計画を語るとき、こんな表現はしないだろう。しかし、FRBが紙幣印刷のペースを速め、マ ネーを創出し、米国債数千億ドルを買った時に起こる現象はこれだ。そしてFRBはその態勢にある。これが「量的緩和」(QE)の仕組みだ。

バーナンキ米FRB議長
Bloomberg

バーナンキ米FRB議長


 バーナンキ議長がこれに踏み切ろうとする理由はなにか。失業率はFRBの目標を大きく上回っている。インフレ率は目標よりやや低く、おそらくさらに下 がっている。短期金利をほとんどゼロまで引き下げても景気が回復しなかった時、FRBは長期金利押し下げのため米国債やモーゲージ債1兆7500億ドル (約143兆円)相当を買い入れた。春には休んだ。FRBが行ったすべてとオバマ大統領の財政刺激策が経済を災難から救ったと思われたからだ。FRBは企業や消費者の支出が後を引き継ぐことを望んだ。

 FRBは今では、「われわれが止まったのは尚早だった」と言っている。そのため、政府がここで追加の景気刺激策を打てば失業率が下がるとしている。経済に悪影響を及ぼす物価や賃金の下落、すなわちデフレのリスクも後退するという。この分析は重要だ。

 ドイツ連邦銀行(中央銀行)のアクセル・ウェーバー総裁が今週主張したように、労働者が雇用主の必要とする技能を持たない、あるいは仕事のあるところに 移りたがらないなど、「構造的」問題が高失業率の要因だと中銀が考えるなら、あるいは、消費者が将来の増税や年金削減を恐れて財布を開きたがらないなら、 中銀は何もできないし、すべきでない。

 しかし、同総裁は週末にワシントンで行われた先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)後に、「米金融当局者は、こと失業率の大幅上昇になるとおおむね、構造的というより循環的だととらえるほかないと判断しているようだ」と語っている。そして循環環境が影響されやすいのは金融刺激策だとの考えを示して いる。

 FRBは、この大がかりな武器を再び持ち出すことに消極的だ。それよりも、議会と大統領が合意し、財政刺激による短期的なてこ入れと将来の財政赤字削減 に向けた信頼できる歳出・税制変更を組み合わせる方が望ましいとみている。しかし、コーン前副議長が最近言ったように、財政政策は「骨抜き」だ。そこで FRBの出番となる。

 では、これはどんな作用を期待されているのか。どんな市場でも、大口投資家が買いを入れ始めれば相場は上向く。FRBが、たとえば米国債5000億ドル を追加購入すれば、国債価格は上昇し、利回りは低下するだろう。エコノミストらは、これで10年物の利回りが0.13~0.20ポイント下がるとみてい る。小幅だが、現在の利回り2.46 %近辺に対しては大きい。他の債券の市場も米国債と同じ動きをするため、社債を発行できる大企業の借り入れコストの低下にもつながる。ただ、1つ問題があ る。企業は既に現金を持てあましているため、設備投資の促進には大した効果がない。

 住宅ローン金利の低下にもつながる。問題は、住宅建設ではこの停滞を脱せないとみられる上、借り換えができない住宅保有者が多いことだ。住宅の価格は購入時より下がっている。

 そのためFRBは、投資家を国債からリスクの高い商品に追いやりたいと望んでいる。たとえば株だ。これはもっともらしく思える。FRBが量的緩和第2弾 (QE2)を検討していることをバーナンキ議長が8月27日に確認して以来、ダウ平均は10%超上昇し、10年物国債の利回りは低下している。景気が上向いていると市場が思えば、株価と国債利回りはともに上がるだろう。FRBはこの珍しい組み合わせを、QE2が意図通りに作用する可能性の裏付けととらえ た。FRBは、株価上昇で家計がより豊かに、企業幹部がより元気になると予測。その結果、彼らの支出が増えると望んでいる。

 話はこれだけでは終わらない。FRBが紙幣を増刷するとドルは下がる。ユーロ、円、ブラジルレアルに対してだ。

 これはFRBの主な意図とは違うが、事実である。ドルが下がれば米国の輸出品の魅力が高まり、国内買い物客の支出が減るなか輸出が増える。問題が2つ。 まず、中国をはじめ他国は、自国通貨の対ドル相場上昇を放置したがらないこと。次に、ドル安は原油高につながる傾向にあること。それでも、FRBが頼りに するモデルは、ドル安が差し引きでは米国の成長にプラスであることを示唆している。

 UBSのエコノミストは以上すべてをかんがみ、5000億ドルの追加債券購入が国内総生産(GDP)を11年末までに年換算0.4%(約600億ドル)押し上げるとみている。

 それほどの名案なら、ためらいの声や議論がこれほど多いのはなぜか。それは、成功を確信する人がいないためだ。その上誰もが、招かれざる、意図しない結 果があると知っている。QEの第1ラウンドはこれより簡単だった。経済が崩壊しつつあったためだ。QE2に懐疑的なシカゴ大学のラグラム・ラジャン教授は 「現時点で再び金融政策の冒険に乗り出すことについては、よくよく考える必要がある」と述べた。

 リスクはいくつかある。まず、FRBは債券を買えば買うほど、市場や景気に影響を与えずに売却するのが難しくなるだろう。FRBの一部にとっては大きな懸念だが、バーナンキ議長にとってはそれほどでもないようだ。

 次に、安易なマネーは投資家に過度なリスクを取らせること。ただ、脳裏に焼き付いた危機の記憶で思いとどまる投資家がいるかもしれない。バーナンキ議長 は、2000年代に長期にわたり低金利を続けた時、FRBが銀行を規制できなかったと述べている。今回は軽率な賭けを早期に発見するため銀行などを精査 し、同じ失敗を繰り返さないと議長は誓う。だが、簡単ではないだろう。

 3つ目として、FRBは失業率とインフレ対策を重視する一方、将来の金融不安定化のタネをまいている可能性に配慮しなさすぎる。安易なマネーは前回、世界的な信用膨張、そしてある程度は住宅バブルにも、つながったとされる。今回は何を生むか。

 FRBはインフレ率があと少し上がっても気にしないだろう。大幅な高進は避けたい。しかし、期待インフレを思い通りに調整するのは難しい。これが4つ目のリスクだ。

 バーナンキ議長とQE2懐疑派が把握している利点とリスクは同じだ。違うのは何を重視するか。議長は、数年にわたるスタグネーション、高失業率、デフレを回避できるのであれば、このリスクは背負う価値があると考えている。