カランコロン…カランコロン…



どこからか聞こえてくる何かが転がる音。僕が歩くたびに聞こえてくるその音。僕が歩みをとめると同時にその音もどこかへ消えてしまう。


小学校の時、こういった話を聞いたことがありました。


誰も歩いてない薄暗い夜道。早く帰ろうと思って早足で家に向かっているとうしろからカラン…コロン…となにかが転がるような音が追ってくるかのように聞こえてくるのです。何かにつけられていると思って、それから振り切ろうと思い、全力でその場から走り出したのです。しかしそのカラン…コロン…という音もそのかけ足とあわせるかのように猛スピードで追い付いてくるのです。恐怖した。後ろを振り返ってもなにも見えない。正体不明のその転がる音。懐中電灯で後方を照らそうと思い、おもむろに鞄をあけると、そこには梅干しの種だけが残った弁当箱があった。


曖昧な記憶なのでところどころ間違っているかもしれませんが、こういった怪談話を聞いたことがありました。ただ僕の場合、梅干しは食べないし、鞄を持っていなく手ぶらのときでもそのカランコロン…という音がどこからか聞こえてきたので本当に驚いてしまいました。


フリスクをポッケのなかにつっこんでいるときもありますが、あれがなったとしてもシャカシャカ…という音。カランコロン…というのだからもっと大きなものが転がる音なんだろうと思っていました。


しかしそんなもの持ち歩いているわけでもなく、耳くそがたまりすぎてという可能性もほとんどなく、なんなのか考えに考え、死の世界からのメッセージという可能性も考えなくもなく、なんとなく毎日を過ごしていました。



そんなある日。僕はこの高校三年間はき続けてきた革靴に、すりへってきたなという感覚を覚えていました。ちょっと大きめに買ったその革靴ですが、とうとうその大きさに足が追い付かないままずっと地面にこすりつけて歩き続けてきたためか、かかとあたりがとても物足りない感覚を覚えたのです。


何気なくそのかかとを見てみるとそこには見るまで知り得なかった大きな穴がそこには開いていました。その穴の中をよく見てみると砂利やゴミが詰まっていたのです。僕の心は晴れやかな気分と、何か喪失感を感じたのです。

もうすぐ日本中のモテない男子の公開処刑執行の日、バレンタインですね。


バレンタインなんて最低です。この平等平等と叫ばれているこの時代。所得の格差とバレンタインでのもらえるチョコの格差は毎年問題となっている。


今年こそは愛しのあの子にもらえたりして…思わぬ美少女からの突然のプレゼント…帰り際下駄箱に…机の奥に…そんな妄想を繰り返すこのバレンタインデーまでの残りの期間。毎年毎年淡い期待とは裏腹に、外気と同様冷たい現実を目の当たりするのがオチなのです。


もらえないのは不幸。しかしもらえたとしても幸福なのだろうか。


そりゃ確かに、もらえない人と比べればもう何倍も、何十倍もその日一日が楽しく感じられることでしょう。しかしもらい慣れていない人からすれば何をお返ししたらいいのかわからない、刻一刻と迫るホワイトデー。義理だとわかっていてもこの気持ちを踏みにじるわけにはいかないのでお返ししないというわけにはいかない。気がつけば3月13日午後10半。ちょっといいとこの店は閉まっているどうしよう!?

なんてことになってからでは遅いのです。


最終手段はバレンタインデーにチョコをもらったら、ホワイトデーに自分のチョコバ(ry



世の中には中高生の童貞を、ウン百万で買うおばさんがいるという……


そのウン百万を!義理であろうとなんであろうとさしあげればいいじゃないですか!

こっちは気持ちがいい!あっちはウン百万+気持ちいいかもしれない!


汚らわしいと思ったアナタ。ケンコバことケンドー・コバヤシはこういう名言を残しているのです…


セックスは浮気ではない。なぜならそこにはお互いの欲望があるからです。」(うろおぼえ)


たとえその子が彼氏はいるものの、かわいそうだなっていう慈悲の気持ちでもらったチョコだとしてもオールOK!フリーSEX!


これを実行され、この世に生を授かったのは1月24日生まれの、渡辺正行さんや久保純子さんです。さぁ童貞のあなたも、ホワイトデーに自分のチョコバットを。そしておめでたを。

とにかく今年の節分は厄日としかいいようがなかった。


とりあえず東京を突然襲った大雪。なんなんですか。小さいころならまだしも、いえ、学校行っている間ならまだしも、高校三年生でもう学校へ行かなくなったこの時期に大雪なんてあんまりじゃないですか!
友達と一緒に雪で戯れることすらできないうえに僕はバイトだったんだぞ!チャリで2~30分くらいかかる距離にあるバイト先に、雪の日で自転車が使えなくて「今日休みますわ。」とか電話したら一発でクビですよ!


仕方ないので自転車で行きました。


自転車でいけないほどの大雪に見舞われたここ東京。しかしそんな雪があろうとなんであろうと自転車で行くこの執念。まさに自転車マスター。僕の愛車もそろそろ日本縦断するくらいの総走行距離になっているはず。一日に山を何個も上ったことさえあったこの自転車に、不可能なんてないのです!


しかしこの大雪です。積もっているなか、自転車を走らせていくわけですからものすごい抵抗。さらに、僕の本来眠っている本能的な部分では雪が大好きなわけですから、わざわざ雪に向かってつっこんではすべるかすべらないかのその瀬戸際を楽しんでみたりしているわけでありまして、バイト前からの疲労困憊ぶりがはんぱじゃありませんでした。まず一つ目の厄。


二つ目はこんな雪の日なのに買い物に来る客がいつもとそう変わらず、忙しかったこと。

バイト恐怖症(なのに働いている理由は金)なので、万全な体調を毎回確保しておかなければならないと思っている僕がなぜわざわざ抵抗ある道を自転車で遊びながら来て疲労困憊になってたかというと、どうせこんな雪の日に買い物する客なんていないだろうという浅はかな考えから来るものでして、その考えは依然働いていたスーパーでは通用したのです。実際雨の日になると極端に客足が途絶えはじめ、値引きの時間を早くしたり値引き幅を大きくしたりしていたのです。


しかしそんな常識もここの超有名スーパーでは通じず。疲労困憊なうえ、休日の忙しさが加わり、もう大変な目に。ミスの連発なんだぜ。


バイトが終わるころにはもはやヘトヘト。一緒の所でバイトをしている友達はこんな雪の日でも学校には自転車で来るようなタイプなのですが、バイトでは親の車で送り迎え。ってどこぞのお坊ちゃまだよ。バイトっていう自己満足の象徴の、思春期独特の行動(まぁ抜けられない人もいらっしゃいますが)なのにそこに親だしてきちゃかっこわるいっしょ!?


でもそんな車の運転ができる親をうらやましがったりもしながら、彼のことを心底恨みつつ、まだ雪と雨の交じったような冷たい夜空の下もくもくと自転車を押して帰っていたのですが、高級住宅街の裏道を通っている途中、雨でも雪でもない何か固いものが上から降ってきたのです。


鬼はー外ォォっ!


あろうことか高級住宅街に住むマダムが僕に向かって豆を投げつけてきたのです。

これまでさんざんドメテクでは、ありそうな嘘をついてきましたが、ここまで屈辱的な現実に突き当たったことははじめてでした


僕はあまりの自分の不幸さに涙さえ出すことができなかった。帰り通りかかった公園にいっぱい雪が積もっていたので、ひとりで巨大な雪だるまを作って、それに思いっきり雪玉をぶつけてうさばらしして帰りました。