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MERKABA~マカバ~

ヘクサグラムからマカバになるっていいことだよね?

ホテルに置いてあるサービスのお茶やお砂糖の類、ダンナは全て持ち帰ってくるのだった。

良いホテルのは、ともかく、安ホテルのまでシッカリ持ち帰って来るので、うぬ~これは~持ち帰った責任で飲んで欲しいと思うこともある。

ベトナム

ベトナムの、どのホテルにあったのかは定かではない「セブンコーヒー」のカフェオレは、香りが素敵で美味しい。部屋の中に漂う香りが気分だけではなく部屋の雰囲気まで変えてくれそう。

しかし、サービス品なので限定数なのが残念( ̄▽ ̄)

ダンナも気に入ったらしくネット検索してみたら、AMAZONで品切れ、他ではカフェオレでなく、コーヒーのみの取り扱いだったと残念がっていた。

もし、今度、ベトナムに行くことがあったら、絶対買おうと思う。



岩のように見えるけれど

これがベトナム・ハノイの空港で買った

「乾いたドリアン」。



母がドリアン好きなので

お土産はコレしかない!と購入。

「あら♡」

とニコニコしながら開封した母は

クンクン匂いを嗅いで

「なんにも匂わない!」

恐る恐る指でつまんでみると

なるほど、匂わないので

つい口の中に入れちゃった。

mgmg...確かに匂わ...!!

(@~@)

噛んでいると乾いたドリアンが水分を吸収。

すると、アノ匂いがぁっ!!

「あらあら♡匂ってくるわ♡」

と母は喜んでいたが、私は(T-T)


おそるべし!乾いたドリアン!!




バイン・ダー・クア(Banh Da Cua) 

クア(Cua)が「蟹」という意味で
 
北部の港町のハイフォンの名物・カニ汁麺が

ハノイでも食べられるようになった。


「そぉ~なんだよ!」とドヤ顔している

ダンナが思い切り理解不能。

う~ん。


ハノイで泊ったホテルの朝食に

提供されたフォーが

とても美味しかったので

その記憶を留めて帰りたいんだけど。




白くて薄い平打ちの麺が、ツルツルしていて

柔らかくて...(^^) 辛いもの好き仕様で

スープが赤くなった。

ガイドブックに掲載されていた三大名物料理

のうち2つを食べたから

まあ食べるんだろうな~

「屋台しかないんだけど」と地図を見ながら

辿りつくと案の定!

歩道にプラスチックの小さな椅子が並んでた。

でも、オジサンが奥に行けと指示したのは

ココ。銭湯のすみっこみたいな光景。



低い方が椅子で高い方がテーブル( ̄▽ ̄)

歩道よりはいいかな

脇をバイクが通り過ぎたりしないし( ̄▽ ̄)



茶色の古びた輪ゴムみたいな

乾麺を茹でていた。

スープで茶色くなったわけではない。


油揚げかガンモドキか、みたいなのも

何なのかわからないし

緑色の山菜みたいなものも

何なのかわからないし

もぉーなんだかわかんないけど

コレ食べてもいいけど食後に

ケーキ付でコーヒーねっ!


ってことで食べました!( ̄▽ ̄)


コーヒー飲みながらのダンナの一言。

「ホテルのフォーの方がうまいな」

一瞬殺意が芽生えました。


旅行は予めチェックして楽しみにしているものと

予想外に目に付いて忘れ難くなってしまうものがある。

落羽松ラクウショウ

ハノイにあるホーチミン廟の脇にある池でコレに目が釘付け!

落羽松ラクウショウ

人間の群像のようにも見える!

むー。

入口で貰ったパンフレットには

Buddha(or Cypress)tree's roots 

としか書かれていない。

根っこ...

サイプレスにあたる日本名がわからない。

帰宅してから、ネット検索により

和名:沼杉

ラクウショウ(落羽松)と呼ばれる北米原産の木で

沼地や水辺に自生してるために

地中の根が水に浸かってしまうことが多く

酸素を取り込むために、このように根が上へ延びる。


根にも呼吸が必要なんですね~(^^)


それにしても、和名が杉で、名前が松で

スギ科あるいはヒノキ科...って一体?

「広開土太王こうかいどたいおう」は韓国の歴史ドラマで、主人公は高句麗第19代広開土王、日本では好太王という呼び名のほうが知られているかもしれない。

現在の中国吉林省(きつりんしょう)で、明治13(1880)年に農民により発見された好太王の業績を称えるための石碑・好太王碑には、倭国、現在の日本の記述も残されている。

高さ約6.3m、幅約1.5mの角柱状の石碑には、1802文字の漢文が刻まれていたのだ。

歴史を伝承するものが竹や皮、紙などであれば、その歴史は国の重要文献として大切に保存され、目にする人も限られてしまう。

石碑となれば、多くの人々が読むことができ、その内容は広く知れ渡ったのではないだろうか。

明治17(1884)年に日本に拓本が持ち込まれ、漢文の解釈がなされたが、日本での解釈と韓国での解釈は異なっている。

「広開土太王」に登場する倭国の人々は、ケチな海賊程度。でも将軍が「蘇我天」と呼ばれていたことには、少し驚いた。

好太王碑の日本解釈なら、もっと違うのにな~と思いつつ...

韓国では史実とは違う設定が目立つためなのか、いまひとつだったらしい。実在の人物をモデルに描いた、ということなのかもしれない。

そもそも、高句麗は現在の中国の北東部、一昔前の言い方なら満州辺りから起こっているので、韓国ドラマになってるというのも気持良く納得できないが、日本では4~5世紀の人物を主人公にドラマ化するほどの情報量は残っていないのか、そんな昔の話に興味を持っていないのか、そういった年代のビジュアルがないので、王宮や庶民の生活ぶりを見ているだけで、なんとなく面白く、使われている食器類が古墳出土品のようで、時折一時停止して、じぃ~っと見ていたり(^^;

後半は、軍議か闘いかで、どこで、どこと戦っているんだったか混乱してきたが、広開土、高句麗歴代の王の中でも領土を広げた王として称賛され、息子が石碑を刻ませたのだから、それもそれで仕方がないなぁ。

全92話、月~金に毎日2話ずつ放映されていたので、旅行が、ちょっと用事が、といううちにドンドン溜まっていって録画済みに「広開土太王」の文字がズラズラと並んで眩暈がしてた。

ようやく終わってバンザ~イ!