私が男として生まれた以上、私が本物の女性になれる日は未来永劫来ない。
どんなに外見を似せた所で、女性と話題の間には大きな隔たりが残る。
だから、私が他人に女性として扱われた時、私の心に去来するのは、どうしようもない申し訳なさだ。
「偽物なのに、騙してごめん……」
そんな思いが、私の心の中にふつふつと湧き上がって来る。
女としての外見は手に入れたいけれど、実際に女として扱われる事には抵抗を感じる。
そもそも、私自身は「女性らしくなりたい」のであって、「女性になりたい」訳ではないのだし。
私は今、そんな奇妙な状態にある。
以前の記事に書いたが、私には性自認というものがない。前述した理由で、女として振る舞う事は酷く苦痛なので、現在も以前と同様男として生きてはいるが、そろそろ男としてのジェンダーを演じる事に限界を感じてもいる。けれど、現代の社会の根底に男女二元論が根付いている以上、私はどちらかのジェンダーを纏わないと生きてゆけない。
性別なんて存在しなければいいのに……なんて嘆いて見せた所でどうしようもないのだ。
それならば、まだ男ととして振る舞った方が気が楽だ。
女性として生きる事は、私には余りにもハードルが高過ぎる。
性転換に踏み切る為には相応の覚悟が必要だ、とよく言われる。女として生きてゆく覚悟が無い男に、性転換という選択に踏み切る資格は無い、と。その観点から見れば、私は恐らく性転換に踏み切るべき人間では無かったのだろう。
けれど、私は弁明する。
仕方が無かったのだ、と。
当時、私は男性化する自分の身体への嫌悪感で押し潰されそうになっていた。このままでは取り返しのつかない事になると怯えながら、それでも性転換という重大な決断は下せずに居た。
然し、そんな私に即座に性転換に踏み切らせるような出来事が、去年の頭に起きたのだ。
……私の頭が、禿げ始めたのだった。
それは、受験のストレスに起因する、一時的なものだったのかも知れない。もしかしたら、男性化に怯えていた私がした勘違いに過ぎなかったのかも知れない。けれどその時、私にはこのまま男性として老いてゆき、何処にでもいるよぼよぼのおじいさんとして死んでゆく自分の姿がはっきりと脳裏に浮かんだのだった。
私は絶望した。そして、こんな未来などあってたまるかと憤った。そんな当時の私にとって、性転換は私が「私らしく」生きる為の唯一の手段に思えたのだ。
私は3年振りに、女性ホルモンの摂取を開始した。最初から、私が完璧な女性になれるなどとは期待していなかった。ただ、私はあの八方塞がりの現状を、どうにかしたかっただけなのだ。
私は決して、当時の私の決断を後悔する気はない。けれど、その決断は正しかったのだと胸を張る事も出来ない。性転換当初は身体の変化やらパス度やらに一喜一憂していたものの、今ではそんな迷いを抱く事も何だか馬鹿らしくなった。
私はもう、自分が何なのか分からない。決して女性にはなれない、けれども男であるとも言えない半端者。それでも男というジェンダーを失うのが怖くて、最近の私は無理に男らしく振る舞おうと暴走していた。もし男としてすら生活出来なくなったら、私は完全に自分を見失ってしまうだろうから。
大学生として生活している今ならば、私はある程度曖昧なままでいられる。けれど、社会人としての道を愈々歩き始める時、私は決断しなければならないのだろう。
女として生きるか、否かを。
もう、ここまで来たら後戻りする事は出来ないだろう。診断書を所得し、戸籍を変更する。それが、トランスジェンダーとしての道を歩む以上、当然の帰結なのだろう。
けれど、私は……。
……私はやはり、間違っていたのだろうか?

にほんブログ村
どんなに外見を似せた所で、女性と話題の間には大きな隔たりが残る。
だから、私が他人に女性として扱われた時、私の心に去来するのは、どうしようもない申し訳なさだ。
「偽物なのに、騙してごめん……」
そんな思いが、私の心の中にふつふつと湧き上がって来る。
女としての外見は手に入れたいけれど、実際に女として扱われる事には抵抗を感じる。
そもそも、私自身は「女性らしくなりたい」のであって、「女性になりたい」訳ではないのだし。
私は今、そんな奇妙な状態にある。
以前の記事に書いたが、私には性自認というものがない。前述した理由で、女として振る舞う事は酷く苦痛なので、現在も以前と同様男として生きてはいるが、そろそろ男としてのジェンダーを演じる事に限界を感じてもいる。けれど、現代の社会の根底に男女二元論が根付いている以上、私はどちらかのジェンダーを纏わないと生きてゆけない。
性別なんて存在しなければいいのに……なんて嘆いて見せた所でどうしようもないのだ。
それならば、まだ男ととして振る舞った方が気が楽だ。
女性として生きる事は、私には余りにもハードルが高過ぎる。
性転換に踏み切る為には相応の覚悟が必要だ、とよく言われる。女として生きてゆく覚悟が無い男に、性転換という選択に踏み切る資格は無い、と。その観点から見れば、私は恐らく性転換に踏み切るべき人間では無かったのだろう。
けれど、私は弁明する。
仕方が無かったのだ、と。
当時、私は男性化する自分の身体への嫌悪感で押し潰されそうになっていた。このままでは取り返しのつかない事になると怯えながら、それでも性転換という重大な決断は下せずに居た。
然し、そんな私に即座に性転換に踏み切らせるような出来事が、去年の頭に起きたのだ。
……私の頭が、禿げ始めたのだった。
それは、受験のストレスに起因する、一時的なものだったのかも知れない。もしかしたら、男性化に怯えていた私がした勘違いに過ぎなかったのかも知れない。けれどその時、私にはこのまま男性として老いてゆき、何処にでもいるよぼよぼのおじいさんとして死んでゆく自分の姿がはっきりと脳裏に浮かんだのだった。
私は絶望した。そして、こんな未来などあってたまるかと憤った。そんな当時の私にとって、性転換は私が「私らしく」生きる為の唯一の手段に思えたのだ。
私は3年振りに、女性ホルモンの摂取を開始した。最初から、私が完璧な女性になれるなどとは期待していなかった。ただ、私はあの八方塞がりの現状を、どうにかしたかっただけなのだ。
私は決して、当時の私の決断を後悔する気はない。けれど、その決断は正しかったのだと胸を張る事も出来ない。性転換当初は身体の変化やらパス度やらに一喜一憂していたものの、今ではそんな迷いを抱く事も何だか馬鹿らしくなった。
私はもう、自分が何なのか分からない。決して女性にはなれない、けれども男であるとも言えない半端者。それでも男というジェンダーを失うのが怖くて、最近の私は無理に男らしく振る舞おうと暴走していた。もし男としてすら生活出来なくなったら、私は完全に自分を見失ってしまうだろうから。
大学生として生活している今ならば、私はある程度曖昧なままでいられる。けれど、社会人としての道を愈々歩き始める時、私は決断しなければならないのだろう。
女として生きるか、否かを。
もう、ここまで来たら後戻りする事は出来ないだろう。診断書を所得し、戸籍を変更する。それが、トランスジェンダーとしての道を歩む以上、当然の帰結なのだろう。
けれど、私は……。
……私はやはり、間違っていたのだろうか?
にほんブログ村