コウは、このところ気持ちが落ち込んでいた。仲間たちにはともかく、せっかくこの前、自分にとっては一番の、肯定的なお告げを聞けたというのに…。
そう、『遊』の境地のお告げだ。しかし仕事はいっこうに楽しくならない、何かに無理やりやらされているようだし、一日中『妖精の書』を読んで過ごしたい気分だった。いや、それさえも何ものかに、やらされているような感じがした。人に主体的な自由意志なんかあるのだろうか。そんなことをふと思った。ちょっと前の浮かれた気分は、どこかへすっ飛んでいた。
今日も午前中は、布団の中にこもっていた。そして午後になるとヨナとアンが仕事を手伝いに来た。
「何、引きこもっているの、仕事よ、仕事」ヨナは容赦ない。アンもつられてそれに続いた。やむをえず布団から起きた。やむを得ず顔を洗い、やむを得ず服を着替えて、やむを得ずパンをかじって、やむを得ず畑に出た。すべてが億劫だ。『妖精の書』の読解に根を詰め過ぎたのかもしれない。体を動かせば元に戻るだろう。
しかし、見通しはあまかった。畑で体を動かしてもいっこうに憂鬱な気分は晴れなかった。
「今日の仕事はこれくらいにしよう」とコウが言った。
「体の調子が悪いの?」アンが心配そうに聞いた。
「ああ、そんなところだ」
「あまり根を詰めて『妖精の書』を読むからよ。仕方がないから、あと片付けはやっておくわ。きょうは何もせずにゆっくりなさい。眠れば解消するわ」ヨナが言った。
「明後日、ベル先生がいらっしゃるから、一度見てもらうといいわ」アンが言った
*
寝ても、いっこうに良くならないから、アンに言われたように、コウは病院に行った。
「先生ご無沙汰です」
「ああ病院にはあまり通うもんじゃないぞ」
「何だか気分が晴れなくて、落ち込むんです」
「人は誰でもそういう日があるもんだ。それともそれが続くのか?」
「はい、このところずっと」
「そうか、我々医者は、こういうのを抑うつ状態と呼んでいる。『コード』の件と似ている案件だな。でも君は『コード』の件を『妖精の書』のお告げでたちまち治してしまった。今はお告げを聞けない程、悪い状態って事だ。おそらく睡眠が一番の薬だ。ゆっくり寝てゆっくり生活する。夢を見て、そして目覚める。その繰り返し。まあ、言ってしまえば時薬だ。なんでこうなったのだろうと思う日が来る。回復して来たらお告げを聞けるかもしれない。つまり、『妖精の書』から、いい対処法が見つかるかもしれない。そうすれば同じ穴に落ちることもないだろう。まあ、しばらく、ゆっくり休むんだな」ベル先生は言った。
コッコは、コウのことを、ヨナとアンに聞いて、早速見舞いに駆けつけた。
「元気が出ないんだって。畑仕事は出来るだけ俺がやるよ。ヨナとアンも手伝ってくれるし、心配するな」
「忙しいのに悪いな」
「俺たちは心友だろ、かまわないさ」
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時薬。そんな薬がある事さえ疑っていた。しかしベル先生の言うことだから、うそではあるまい。コウは先生を信じて何も考えずに寝てみた。すると不思議なことに2~3日で元気が出て来た。何も考えずに、ということがポイントなのだろう。だいぶ気分が楽になった。『妖精の書』も読める。そこでこの憂鬱は先生が言っていた通り『コード』の案件に近い事象ということなら、『妖精の書』の『コード』の項目の前後をざっと拾い読みしてみることにした。すると「やむを得ずの哲学」という項目を見つけた。4~5日前のやむを得ず仕事をしていたコウ自身が重なった。
仕事好きの人もいるが、仕事が嫌いな人もいる。仕事好きな人はこれから話すことには関係がない。
「やむを得ずの哲学」このやむを得ずという心境にも二つの過ごし方があるらしい。ひとつはいわずと知れた、いやでも我慢して過ごすというやり方だ。コウもこの方法でやっていたが、精神的にまいってしまった。しかしもう一つの過ごし方があるらしいのだ。
天のことわりに全てを任して自分の意思やこざかしい知恵をさしはさまないと言うやり方だ。
何とも受動的だが、「やむを得ずの哲学」では最高の行動原理だということになっている。まずやむを得ず行動するんだから精神的に最低限の労力しか使わない。これでストレスが激減した。コウはこのお告げにより、元通り元気になれた気がした。
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翌朝から仕事に出た。「やむを得ずの哲学」のおかげで、なんとか働けている。今日は朝早くから、ベル先生が往診に来てくれた。コウの様子を見て『妖精の書』からコウが何かお告げを聞いたことが、先生の目には明らかだった。どんなお告げを聞いたか先生は話してくれとせがんだ。コウは話した。
「『妖精の書』に「やむを得ずの哲学」という項目があったんです。一見、悲観的で受動的な教えに聞こえるけれど、逆に肯定的な教えなんです」
そしてコウは先生に「やむを得ずの哲学」をつらつらと説明し始めた。そしてこの教えの心臓部をこう考察した。
この教えは一見、人の主体性を手放すように見えて、その逆なんです。天のことわりに従えば、何が起こっても、すべてを受け入れることができます。すると逆説的に最強の主体性を手に入れることができるらしいのです。また別な意味で個性が発揮されます。まだ教えの表面しか理解していませんが…。
先生は答えた
「なるほどね、頭では理解できても体で実感できるようになるには、それなりの時間が必要なのだろう。わたしもまだまだ及ばないね」
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大人になったコウは無口な方だったが、さらにその傾向は強まった。ヨナも軽々しく声をかけづらくなった。ただ仕事はちゃんとするようになったし、文句のつけようがなかった。人として深みができたようにも見える。
そんなコウにアンは親しみは減っても、頼りがいがあると感じていました。