前章でコウの家族について触れた。もう少し詳しく語ろう。

 

コウの苗字はノラと言った。つまりフルネームはノラ=コウだ。ノラ家はもともと二世帯6人家族だった。ジルおじいさんとハルおばあさん、それに父親と母親。それにコウと妹のユウだ。おじいさんと息子、つまりコウからしたら父親が、対立したことで、父親は、新天地でビジネスを始めた。父は家を出たのだ。

 

ノラ家では、代々『妖精の書』の伝道者を輩出していた。おじいさんと父親の対立とは『妖精の書』に関する案件だった。父親は『妖精の書』の伝導者を継がないといった。おじいさんと父親の仲はあまり良くなくなった。本来父親がおじいさんの後を継ぐべきであった。しかし、孫のコウがおじいさんの跡を継いだことで、コウと父親の間にも、しこりが残ってしまった。家族4人、父母とコウと妹のユウの中のコウだけが父親の家を出て、おじいさんのもとで訓練を受けていた。

 

 コウの父親と、母親はよく口喧嘩をしていたが、家庭は大丈夫なのか? 喧嘩するほど仲がいいとよく言うが、本当だろうか?

 

 こんな話がある。その昔、ある醜男がいた。ところが男でも彼と暮らすと離れられなくなる。女に至っては誰かのお嫁さんになるより、あの人の妾になりたいと親にせがむ始末だ。その醜男は自分の意見を主張するということがない。ただ相手の話をよく聞いて和するのみ。

 

自分が正しいと思うことを主張し合うということが世の中ですが、大概の人は、自分の意見をジャッジしてほしいわけではない。ただ話を聞いてもらいたいだけなのだ。なら、お互いの話を、よく聞き合う仲の方がよっぽどいいように思える。しかし、なかなか出来ませんね。相手と少し距離を置く。出来るのはそれぐらいでしょうか。それにしても、口喧嘩を聞かされる妹のユウのことだけが、コウの心配の種だった。

 

小さい頃のユウは、男勝りで、よくコウとテレビのヒーローものの変身ごっこをして遊んだものだ。それが学校に通い出すと段々と、理智的になって行った。今は9歳。来年が成人だ。

 

 なぜ父親がおじいさんの後を継がなかったのか。それは昨今の常識、理性的な判断によるものだろう。『妖精の書』の序章は、普通、理性だけではとらえられない。おじいさんの兄弟の末裔にもノラ家と同じような出来事が起きていた。跡取りがいない。

 

おじいさんは理性も大事だが、車の片輪にすぎない。『妖精の書』の智慧も大事にしていた。序章の謎も『おじいさんのノート』に記している。おじいさんは、息子をこんなに合理一辺倒に育てた覚えはなかった。時流だろうとあきらめざるを得なかった。

「わしの代で『妖精の書』の伝導者は終わりだな」と思っていた所、そこへ孫のコウが興味を示してくれたのだ。

おじいさんは最後の元気を振り絞った。「わしの命ももう長くはない。時間がないのだ。『妖精の書』の古語の読解くらいしか教えてあげられないだろう。わしの命が尽きた後は独学だ」それをコウに伝えた。それを聞いたコウは、大好きなおじいさんに悲しい顔を見せたが、次第に凛々しい顔付きにもなった。

 

コウは物語が好きだった。『妖精の書』も、物語として読んだ。だから『妖精の書』の序章も抽象的だなとは思ったものの、あまり気にならなかった。つまり寓言(たとえ話)として読んだのだ。それは正解だったのだろう。おじいさんのノートを読んで序章も理解した。後は膨大の量の『妖精の書』のお告げを解読するだけだった。

 

          *

 

 おじいさんのいなくなった今、コウはおじいさんが今までやって来た日常のこともこなさなければならない。まず畑仕事…。それからおばあさんが年老いてできなくなったこともする。掃除、洗濯、食べものや日用品の買い出し…。でも買い出しはずいぶん楽になった。コッコのスーパーマーケットに行けば何でもそろう。そしておばあさんを時々ベル先生の病院に連れて行く。身寄りはここではハルおばあさんしかいない。大切なおばあさんなのだ。

 

 コウにはその時々で、不思議と、協力者に恵まれた。ヨナがそうだし、コッコがそうだし、アンもそうだ。学生時代に外れ者扱いされた過去が嘘のようだ。充実した生活を送っていた。コウには今思えばつらいと思われる、この物語最初の方に書いた過去もあったが、すべては良き思い出となった。過去は流動的に変わっていく。そして未来もそうなのだろう。予断などしてはならない。

 

          *

 

 改めてコウの日常。

 

今日も、週一の病院の看護師をしているアンは、暇なので朝からコウの仕事を手伝いに来ていた。仕事といっても、コウのおばあさんが年老いて難儀していた、家事仕事が主だったけど。それでもコウは大助かりだ。アンには足を向けて眠れない。

 

 やがて昼過ぎに学校の仕事を終えたヨナが、コウを手伝いに来た。まずヨナが持ってきた大きな弁当箱を三人でつつく。

 

 昼からは女組ふたりが、地上で畑仕事の手伝いをした。コウはトウモロコシの幹に登り、包丁で実を切り放しロープをかけた。それをゆっくり降ろし、地上の二人に任せた。

 

今日も、仕事がひと段落付いた3時。コッコがスーパーマーケットの仕事に切りをつけて、おせんべいを片手にやって来た。そのおせんべいを食べながら4人は談笑した。これをしあわせと呼ぶのだろう。

 

 それぞれが決して無理をせず自分のペースで頑張る。いや頑張るというと違うかもしれない。あくまでもゆったりとした気持ちで臨む。こんな時間を過ごせるのは稀じゃないだろうか。こんな経験もできるのだ。コウは『妖精の書』が運んでくれた「幸せ」と感じていた。

 

 色々な苦労もあったけど、今ではいい思い出。過去は今の状態で変わって行く。

また、未来のことはあまり予断せず、今を遊ぶ。とても勇気のいることだけどね。人生は出来うる限り遊びにしていかねば…。

『妖精の書』にはこうある。

「不測に立ちて無有に遊ぶ。過去も未来も追い求めない」

 

少しだけ物語を、振り返ってみました。