もうおじいさんはいない。でも『おじいさんのノート』はまだまだ新しい示唆をくれている。

 

 しかし、順調な滑り出しだった『妖精の書』の読解は、やがて、スランプに見舞われた。

 

そして、いつもだったら安らかな夜なのに、コウは取り憑かれたように、お告げをしない『妖精の書』の読解にのめり込んでいった。睡眠時間も2~3時間しか取らずに…。ヨナに知られたら怒るだろうに。

少しでもいいから『妖精の書』のお告げが聞けるならと、睡眠不足の苦しみはいとわかなかった。

しかし、それなのに『妖精の書』はお告げをしなかった。こんなに根を詰めているのに…。

そして、その苦しみは、ついに、食欲まで奪っていく。つまりコウは、寝食も忘れるくらい根を詰めて『妖精の書』を読解しようとした。多くの村人や村長が望む、早急な『妖精の書』の読解。今のコウには根を詰めることしかできなかった。

看護師のアンは「ちゃんと眠って食べないと病気になっちゃうよ」と心配したが、コウは聞く耳を持たなかった。もともとコウは他人の言うことをよく効くが、ここ一番の時には梃子でも動かない頑固さを発揮する。。

それにしても『妖精の書』の、どの項目を開いても文言は再び青く光らなかった。コウは手のひらに、こけた頬をあてがって考え続けた。

 

          *

 

コウは再び『おじいさんのノート』を開いてみた。そして、コウが引っ掛かったのは、ノートの最後の言葉「虚心たれ。それには反復してことにあたれ。今でしょ!」というところだ。

「虚心たれ」ということは意識を離れて無意識になれということだろう。しかしどうやって無意識なれるのかが、分からない。「反復してことにあたれ」か…。反復するには具体的にどうすればよいのだろうか? コウはまだ『妖精の書』からお告げが聞けた頃のことを思い出してみた。

「そうだ。初心に返ろう。ただお告げを聞くのが楽しかったころの自分に戻ろう。しかしその方法も分からなかった。反復とは繰り返して、体で覚えることなのかもしれない。体が覚えれば虚心でもいられるだろう。そして今に集中する」コウは、畳に座って、藁をもつかむ思いで、虚心になってみた。初めは雑念に悩ませられたけれど、1時間も座っていると心が落ち着いて来た。

 

そして、コウは再び『妖精の書』を開いて、いくつかの項目を読んでみた。かすかにだが文言が青い光を放った。久しぶりのお告げだった。心を落ち着ける、この動作を反復すればよいのかもしれない。急いじゃだめだ。時間をかけて…。

なので、多くの村人や村長に頼まれていたお告げの催促も断った。皆はがっかりしたが、急いでも、お告げが聞けないのなら仕方があるまい。

『おじいさんのノート』はコウを助けた。コウに寄り道をさせて正しい道を理解させたのだ。

 

 コウは『おじいさんのノート』の「虚心たれ。それには反復してことにあたれ。今でしょ!」の言葉の隣に、赤ペンで「無意識になり、予断せず、今に没頭する」とメモした。

 

          *

 

 コウは畳に座って、虚心になり、予断せず、今に没頭した。そして妖精の書を読むと確答箇所が青く光り、お告げが成就された。コウは、スランプを乗り越えたようだ。やがて食も戻り、こけた頬はふくよかになった。そして『おじいさんのノート』の「今でしょ!」が口癖になっていた。これは村人達の合言葉にもなった。例えば、「今でしょ!」は、このように使われた。村人の誰かが、過去や未来にとらわれて、行動を起こすのをためらった時、相方が、「今でしょ!」というように…。

 

「今でしょ!」は村の流行語にもなった。それどころか、辞書にもあまれた。意味は「虚心になり、予断せず、今に没頭すること」とあった。

「虚心になり、予断せず、今に没頭すること」

決して頭を使う理性だけではたどり着けない境地だった。理性は大事だが、理性だけなら以前のこけた頬のコウのようになってしまうだろう。体で覚えることも大事なことなのだ。

 

          *

 

ヨナに向かって「大切なのは今でしょ!」とコウは言った。ヨナは、また始まったとばかりに嫌そうな顔をした。コウの「今でしょ!」に続くのは、コウが妖精の書のお告げに聞いたお話の幾通りかの読解だ。ヨナは、困っている時ならまだしも、いつも聞かされるのは、さすがにうんざりした。

コウは自分自身を取り戻していった。ヨナにとっては良くも悪くもいつものコウだ。いや良かったのだろう。いつものコウが帰って来たのだ。子どもっぽいけれど。素直で御しやすい、あのコウだ。

 アンもコッコもベル先生も一時のコウの痩せた体を心配していた。でも今は健康体。痩せていたのはそれだけ理性だけに支配されていたせいだろう。ここ、ひと月のスランプの時期に。

 

村人も「今でしょ!」を連呼した。会話も「今でしょ!」だけで通じ合った。若者が「やばい」を会話で使うように。

 

 村人A「今でしょ!」

 村人B「あ~、今でしょ!」

 

村に平和な時間が戻ってきた。困りごとがあれば、コウに『妖精の書』のお告げをもらおうとした。

 

          *

 

 コウは絶好調だ。

そして、前にも書いたように、睡眠の大切さを身に染みて感じていた。コウはこう考えた。一日の区切りを睡眠という形で消化する。睡眠が短いと、うまく次の日にバトンタッチできない。つまり、一日分の、気づきを感じられなくなってしまうのかもしれないと…。一日一日の積み重ねが大事だ。

 

過去も未来も流動する。予断などせずに『今でしょ!』