ある晴れた夏の日、コウはいつものように。畑仕事に出ていました。今年は、とうもろこしを育てています。

 大きさが人間の親指ほどしかない小びとにとって、とうもろこしの収穫は、幹を二十本も育てれば十分な収穫量でした。彼の畑は、10平米にも満たないでしょう。

 簡単な仕事のように思われますが、小びとにとっては、なかなか骨の折れる仕事です。何せ、成長したとうもろこしの幹の背丈は、小びとの背丈の数十倍もあるのです。ときには、それにぶら下がらなければならないこともありました。

 

 畑仕事には、幼なじみの女友達のヨナが、自分の仕事を切り上げると、よく手伝いに来ていました。お昼過ぎに現れて「お弁当にしましょう」と言うのです。お弁当を食べ終わると、ヨナはてきぱきと作業をこなしていきました。

 ふたりは、性質がかけ離れていましたが、かえってそれが、お互いを引き寄せていたともいえます。

 空想癖が勝るコウと違って、ヨナは現実的でした。この畑仕事でさえ、彼女がいなければ、多くは立ち行かないでしょう。そして彼女は、コウのことを頼りないと思いながらも、よく助けました。彼女は、畑の灌水から肥料の配分まで、しっかりと管理をしていました。

 

          *

 

 ヨナがコウを助けるのには訳がありました。それに、ヨナは、今でこそ実務的で活発でしたが、よくぞここまで成長してくれたというべきかも知れません。それには、コウとヨナ、二人の、幼き日からの友情が関わっているのです。

 

 そんなわけで、コウとヨナの生い立ちについて語ります。

 

 ヨナは幼くして試練を味わいます。彼女は両親を事故で亡くしてしまいました。両親がいた頃には、ヨナの暮らしも、そこそこ人並みでしたが、両親をなくすと、暮らし向きはいっぺんに傾きました。

 ヨナには、お爺さんがいたものの、両親がいなくなったということは、精神的支柱を失ったにも等しいことでしょう。金銭的にもたいへん苦労しました。

 お爺さんは、むかしこそ手広く仕事をしていたものの、今では、もう歳が歳でしたし、病気がちで、わずかなお金しか稼ぐことができませんでした。

 ヨナはそんなお爺さんとふたり、都会の人混みの中、間口の狭い、まるで、うなぎの寝床のような家で暮していたのです。

 

 ヨナは、天国のお父さんとお母さんが恋しくて、できることなら自分も、そこへいきたいと思っていました。

 また、ヨナは学校に通うものの、着ていく服は、新しいものが買えずいつも同じ。クラスメイトには「ユニホーム」とあだ名されていました。給食代も時々しか払えず、滞っていました。

 彼女は毎日が惨めに感じられました。

 そんな彼女が、どうやってみんなの話しの輪に加わればいいというのでしょう。彼女は、クラスでは浮いた存在でした。ヨナは、これからもずっと、社会の一員とはなれず、孤独に暮らしてゆかなければならないのでしょうか。

 

 そんな時、ヨナが出会ったのが、同じクラスメイトのコウでした。彼もクラスでは、浮いた存在でした。なぜかというと、彼と話しをすると、決まって妖精の話を聞かされるはめになるからです。

 コウは今、ある離れた村にいる今は亡き『妖精の書』のことを知るお爺さんに、跡取りとなるべく訓練を受けていたのです。

 いまどき妖精を信じている子どもなどおりませんでしたし、コウの話は、その話を聞く者にとって、煩わしいの一言です。 しかし彼は、皆に無視されても、気にする様子もありません。

 

 コウは、ヨナにも別け隔てなく話しかけてきました。そして彼は「同じ浮いたもの同士、友達になろう」と言うのです。

 ヨナは、わたしと友達になっても、なにも面白いことがないと信じていたので、その通りのことをコウに告げると、彼はなんと、「面白くないなら面白くすればいい」と言うのです。

 それはヨナにとって、なんともきてれつな返答に感じられました。しかし、なぜだか、そこに希望が感じられて、ヨナはコウにすがったのです。以来コウとヨナは友達になりました。

 

 まずはコウの提案で、ふたりは、学校の登下校を一緒に過ごすことにしました。しかしヨナは、毎日の暮らしの惨めさを思うと、とても明るい気分にはなれず、自ら話題を提供することなどありませんでした。

 よってふたりの会話はコウの独壇場でした。コウは、ヨナに対してお構いなしに、自分の興味の対象である妖精の話を一方的にまくし立てるのです。

 ヨナは、コウに一度はすがった身の上ですが、彼の話を聞くのにも、さすがにいい加減うんざりとしていました。

 しかしヨナは、コウに、変化へのきっかけをもらっていたのかもしれません。こんなにも一生懸命になれることがあるならば、楽しいのだろうなとヨナは思ったのです。

 

 コウとヨナの奇妙な関係は、クラスでもからかいの対象になりました。「お前ら付き合ってるの」と聞かれますし、よくある冷やかしですが、黒板に相合い傘を書かれたりもしました。クラスの担任の先生もさすがに二人のことを気遣い、面談で「大丈夫なの。相談に乗るわよ」と心配するほどです。

 コウは相変わらず、そんなこと気にする様子もありません、そしてヨナもこの頃では、今更失うものなど何もないと思って、クラスメートの冷やかしなど放っておきました。

 するとヨナには、なにか吹っ切れたような覚悟が生まれたのです。皆に合わせる必要はないのだと。 

 それからヨナは、自分が何をしたいのかを考えられるようになリました。 コウは、ヨナの心に刺さっていた棘を抜いていたのかもしれません。

 おかげでヨナは学校の先生になる目標を見つけました。ヨナは、自分のような困った生徒を助ける存在となりたかったのです。

 

 ヨナは自分の目標に向けて、どうすればいいのかを考える、実務的な大人になろうとしていました。

 ヨナは上の空だった学校の勉強にも、人が変わったように力を入れ始めます。成績はクラスでも一番になりました。すると徐々に、ヨナと話したがる生徒がちらほら現れます。もう以前の萎縮したヨナではありませんでした。

 そして学校を卒業の年のことです。ヨナは、コウが都会から自身のお爺さんの住む村に移ると知って、ついていくことにしました。ヨナはコウと、離れたくなかったのです。ふたりは同じ村に住みました。

 

 そして、今では、コウも成長したのでしょう。もう以前のように自分の話ばかりをする癖はなくなり、人の話を聞くことも覚えました。今ではヨナの良き話し相手です。

 それにしても、ヨナの成長が著しくて、今や、このふたりの関係は、ある意味逆転しているといっていいでしょう。幼き日の弱かったヨナは、今では立派な学校の先生となり、ヨナがすがっていたコウは、今、妖精の書の読解に一日を費やすという中途半端な存在でしかありません。

 ふたりの間でかわされる言葉使いも、ヨナはコウに対して、どこかお姉さん気取りでした。

 

          *

 

 さて、今日もヨナはコウの畑にやってきていました。ヨナは、畑仕事の合間に、「ブルーベリーのジャムをこしらえたからうちに寄っていって」とコウに話しかけました。するとコウはぶっきらぼうに、「時間が空いたらね」と返事をするのでした。

 そんなコウのそっけない返答に、ヨナは有無を言わさずこう答えました。「じゃあ、今でしょ!」と。

 コウはそんな強引な誘いに苦笑いをしながらも「わかったよ」と答えました。

 ヨナは思いました。どうせまたコウは、『妖精の書』を読みふけろうとでもしていたのでしょう。そう、コウには、空けようと思えば、いつでも時間を空けられることをヨナは知っていたのです。

 しかし、そんなコウにヨナはまんざらでもありませんでした。根が素直で子どもじみたコウには、妙な遠慮がいらないのが、ヨナには嬉しかったのです。ふたりは、まるで兄妹のような間柄でした。ふたりは、多くの時を、一緒に過ごすようになっていました。

 

 ヨナは朝早くから夜遅くまでよく働きました。彼女は村の子どもたちの、人気の先生でした。

 小びとの子どもたちはわんぱくで、よく、もめ事を起こしましたが、ヨナは、その解決法を順序立てて、上手に子どもにさとすのです。

 ヨナの言うことは合理的でした。子どもたちは、他の先生の、大上段に構えた小言には、耳を貸さなくても、ヨナの言うことはよく理解して聞きました。

 

 こんな出来事がありました。

 村には少し頭の足りないと思われているあるお爺さんがいました。子どもたちはそのお爺さんをからかってはしゃぐのです。しかし、当人はいっこうに気にする様子がありません。

 ところがその人の肉親が、あまり彼をいじめないでくれと言ってきたのです。

 

 その時ヨナは、子どもたちに言って聞かせました。

「あの人は、むかし、村の開拓で多くのことを成した偉人です。あの方のことをよく知らずに、いじめたりするものではありません。そもそも、誰が偉くて誰が愚かか、そんなことは誰にも容易には分からないのです。しかし、こういった考えも無しに、あなた方のしていることは、明らかに愚かな人のすることです。偉い行いをすれば、人々に褒められます。しかし、愚かな行いをすれば、いつしか人々は離れていくでしょう。そして、やがて一人ぼっちになってしまうのです」と。

 一人ぼっちになると言われた子どもたちは、恐ろしくなって、口をつぐんでしまいました。彼女は生まれ持っての先生でした。