『今昔物語』世俗 ■夜の町から家来が現われる話 <巻23第14話>
今は昔のこと、時の関白、宇治殿が、明尊(みょうそん)僧都に三井寺までの夜道の用を命じました。しかもその日の内に帰って来いというのです。宇治殿は侍の平致経(たいらのむねつね)に供を任せました。はじめ致経は下人を一人だけしか連れていなかったので、明尊は夜道が不安でした。しかし供の道すがら二町ばかりゆくごとに、致経の家来が無言でふたりずつ増えてゆくのでした。そして加茂の河原を出たころには、ついに30人あまりになっていました。三井寺での用向きが済んで帰り道、家来たちは河原につくまではそっくりそのまま付いて来ました。しかし、京の町に入るころ、また同じように行きに現われた場所でふたりづつ無言で去っていきました。明尊は安心して夜道の用を果たしたということでした。この致経は平致頼(たいらのむねより)という武士の子である。勇猛心をもち、普通用いられているよりは一段大きな矢を射たから、世の人が名づけて、大矢の左衛門尉(さえもんのじょう)といった、という話である。<巻23第14話>無言で現れ無言で去っていく家来に笑みがこみ上げる