北條 史也
1994年生。大阪府堺市出身。177cm/79kg
青森県光星学院高校で通算25本塁打。
94回大会では4本塁打を放ち清原の大会記録にあと1本及ばなかったものの
2011年の春から3季連続準優勝の主砲として活躍。
甲子園大会通算29打点は清原とならんでトップの記録。
2012年のドラフト2位。同年の1位はもちろん藤浪晋太郎。
和田豊の野球人生で一番の大仕事。藤浪を引き当てた年の2位である。
清原と並ぶ甲子園の打点記録。甲子園3季連続出場、しかも準優勝。
・・・スーパールーキーですよね。藤浪に隠れてあまり目立たなかったかもしれませんが。
というかほっぺた。。。
青森にいたからからか。
でも坂本そんなでもないがな。
そんなスーパールーキー。 スーパーホープだが・・・
拙ブログの「最強ショートは誰だ」の回でも書いた通り時代は「鳥谷無双」。
いかなスーパーホープも同じショートである以上出番はないと思われたし、実際本人も当時の事を「鳥谷さんがいる以上ずっと二軍なのかな」と思っていたと言っている。
我々野球ファンは贔屓のチームで固定レギュラーができることを望み、
それをたのもしく心強く感じる。それが常勝チームの礎となることを知っているからだ。
しかしその裏でそのレギュラーの圧力に屈する控え選手が発生するのだ。
ともすればそのひがみ根性から崩れ落ちてしまいそうになる。
しかしその矢先。
ふいにチャンスが舞い降りる。
金本知憲の監督就任である。
チームの改革を一手に任された(と思っただろうし、それが条件であったはずだ)
新鋭監督は誰もが触れなかったアンタッチャブルゾーンに果敢に挑む。
荒野を切り開いていく感覚であっただろう新鋭監督は荒れ果てた大地を切り開き突き
進む猛牛であった。しかし持っていたのは「手斧」だった。
鳥谷に「おなじ成績なら若い方を使う」と言い放ったスーパーホープは
そもそもスロースターターであった無双神との争いを制し、
ついに阪神タイガース一軍のショートの座につく。
その活躍は新旧交代のシンボルとして輝き、入団4年目以内でシーズン100安打をマーク。
それは球団史上4人目の快挙であった(藤田平・掛布・新庄)
高校時代の活躍から思えば「化けた」とか「覚醒した」というようなことではなく
当然だと言っていい素材だったし金の卵が頭角を現したと言えばそれでよかった。
高卒が4年目で台頭するといえば大卒ルーキーが即戦力で活躍するのと同等であるから。
が、無双神を追いやるにしては少々強引だったかもしれない。
「おなじ成績なら若い方を使う」と言われて鳥谷は「わかりました」と答えたとされるが
そこで「いや、おいちょ待てや」とは言えなかろう。
係長監督(拙ブログ「次の監督は誰だ」の回参照)の初回送りバント攻撃にしんみりしてた虎党はこぞって金本新監督の「手斧」に喜び賛美の声をあげる。
高らかに世代交代の鐘が鳴り響いたかと思われたがその翌年、いわゆる2年目のジンクスといってもいいだろう失速感に加え無双神の逆襲とその終焉の予感に慌てたフロントが獲得した即戦力、社会人出身の糸原の厚に屈する形で徐々に輝きが鈍っていく。
177cm。80kg弱。
現代では決して大きくはないその体で一回りもふた回りも大きい清原に並ぶ
記録を支えたのはまぎれもない金属バットであった。
木製バットの対応の遅れから「長打を捨てて」挑んだ4年目に、見出された金本に
「小さくまとまるな」と言われたことも災いとなっただろう、
打撃は迷走しもともと外回りするそのスイング軌道は軌道修正のタイミングを逸する。
復活を期した6年目の2018年、二軍スタートも5月に昇格すると62試合で
打率.322、1本塁打、20打点と調子を上げたのだったが9月14日、三遊間の打球に飛びついた際に左肩を亜脱臼してしまう。
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ここで今一度ショートというポジションがいかに大事か。再認識してもらいたい。
野村監督がヤクルト時代「いいショートが欲しいんだ」というリクエストに応えて
球団が獲得したのが宮本だ。
ノムさんは宮本に「2割5分でええからしっかり守れ」と言ったという。
小幡が・・・植田海が・・・2割5分打てば万歳だろう。
それほどに打撃に目をつぶっても「守りが大事」なポジションなのだ。
そのポジションを無双で守り続けた鳥谷の功績を改めて讃えたい。
そしてその無双神に燃え尽きる機会を与えられなかった球団に憤りその
「逃した魚の大きさ」を痛感してもらいたい。
さてその北條。自主トレで教えを請うのが同校の先輩であるG坂本。
打撃も含めてのトータルでいえば現代ナンバーワン・ショートだろう。
(守備だけなら西武・源田だと思うが)
186cmの長身で遊撃手をこなせるポテンシャルもさすがだ。
そして「打てるショート」というのもMLBっぽい。
次世代のショート像という新しい扉を開いた感もある。
その坂本とて当初はとてもバタバタしていた。印象としてその長身を持て余していた感がある。実際2008年から4年連続でリーグ失策王を記録するなど明らかに「打撃先導」であった。
その転機が2014年、井端の巨人移籍である。
表面上ではライバルではあったはずだが井端は坂本の欠点を即座に見抜き指摘する。
結果、坂本のフィールディングから「力み」が消え上下半身のバランスが改善されていき井端がコーチになった2016年にはGGを受賞する。
口すっぱく言われたのが「捕ったら左、捕ったら左」だという。
右足で捕球したら左足を出す。
当たり前だと思われようがこれこそまさに「基本これ真実」である好例ではないだろうか。
ここまで書けば「ああ・・・」と膝を打ってもらえると思う。
我らが大阪の誇る大弁士、浜村淳の得意口調の
「持った湯呑みをばったり落とし、小膝たたいてにっこり笑い」
である。
現代ナンバーワン・ショート、坂本の師匠が井端。
その井端が中日時代に「残像をみるほど瞼に叩き込んだ」のが
阪神タイガース一軍コーチ、久慈照嘉である。
その教え・・フットワークは世代と球団を超えてライバル球団のスターを輝かせたのだ。
いわば坂本は「久慈の孫弟子」と言ってもいい。
2021年、阪神の臨時コーチにくる川相は中日のコーチ時代、井端のノックをしながら
基本に忠実なことに感心したという記事が1月18日のスポーツ新聞に掲載されていた。
「足を使ってしっかり基本に忠実に毎日やっている」と。
ここがキモである。
「足を使って」
冒頭のイラスト。北條が一軍で活躍した2016年のものであるが・・
見て分かる通り甲羅と尻尾がある。
・・・・・・・・・・・・「亀」です。
も一回載せときますね。。。。。。「亀」です。
当会の編成部長が指摘する通り北條の足さばきはショートのものではない。
北條のエラーを冷ややかな目で見る植田海
そして下の写真を見て欲しい。
2016年の月刊タイガース10月号。
この掲載写真ではどういう場面なのかまでは判断できかねるが手前に写っているのは鳥谷のようだ。鳥谷は構えている。とすれば投球前であろうか。北條は棒立ちだ。
内野手の構えには「自然体」タイプと「力感」のタイプがある。
前途の井端が推奨するのは「脱力」。
力感のある構え(前屈みの姿勢)から力を抜く。
とりわけ左腕のグラブを持った手の脱力が大事なのだという。
当然、弟子の坂本もその姿勢だ。
DeNAにFAした大和などは自然体で立つタイプだ。これは外野もこなせることも関係しているのかもしれないが普通に立っている。
月刊タイガース 2016年10月号
北條はどっちともつかず「なんとなく構えている」立ち方に見える。
ここからジャンプするような動きをよく見せる。
捕球の際も両足同時に飛ぶような足捌きをよく見せる。
この北條の足捌き、私はどうしても「中畑清」を連想する。
「ゼッコーチョー!!」と叫びながらドタドタ走ってくるイメージ。。。
北條のポジション別数値も見てみましょう。
一軍実働6年で45失策は多い。とりわけわずか85試合の三塁手で10失策。
簡易RFは驚異の1.68・・・・・。
これはグラブさばきが悪いと見ていいのだろう。
ショートの数値を見ても木浪がリードしている(もちろん物足りないが)
打撃成績を見てみると通算の打率は.260、16本塁打、100打点。
OPSは昨年落としてしまったものの通算では.684と安定している。
(2016・2018・2019年に.700を超えている)
北條史也がここから巻き返すには・・・。
やはり守備を磨くしかない。
巻き返すというより「生き残るには」と行った方がいい。
三塁手は無理だから、腹を括ってセカンドをやるか・・・
だが、フットワークを使えないのだからショートより余計にエラーしそう。
ではやはりショートで・・・いやいや。。
最終的には。。。「中畑清」で行くしかないのではないか。
いや待て
「中畑清で行く」って
どういうことやねん・・・
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