成功していく弟。私も、そうだが、父の兄、智雄も、成功していく弟。私の父を見ていて、負けた、と悔しかったのではないか?それで、成功していく弟。私の父の子の私に対し、あれだけきつく当たったのではないか?
ある正月。姫路に帰ると、智雄は、
どんだけ、持っとんや?
と父の財布を盗み、金をかすめた。
窃盗罪と言えば、窃盗罪で、何か、貸してたりしたんだろう。と、その時は、理解したが、どうやら違う。
若い時から、大阪にで、大成功していく弟に負け、悔しくて、悔しくて、しょうがなかったのではないか?
変わっていた私に対し、頭のなかが、私のようにごちゃごちゃな智雄は、私に辛く当たったのではないか?
兄弟の骨肉の争いにも、私の父の会社、カネボウの繊維工場は、潰れ続け、大阪を追われた父は、都の京都に復帰するが、京都工場は、潰れ、売りはわれた。
四日市工場に、しがみついた父も、四日市工場も、倒産。
今は、工業高校が立っているが、鈴鹿工場に移っても、鈴鹿工場も倒産。
弟の優位は、揺るぎ始める。
長野県飯山市のゆきだらけの雪国の工場に流れ着くが、長野工場も、潰れてしまった。
どさくさ紛れの根性人生、79の父に今日偶然会った。
兄と弟の壮絶バトル。その父、私のおじいちゃんの葬式に、カネボウ会長、伊藤淳二の電報の弔辞が、読み上げられた。
ある人が、言った。
学(私の父)は、えらなった!
