これこそは、と信じれるものが、この世にあるだろか?
信じるものがあったとしても、信じないそぶり
いい加減な奴等と口を合わせて俺は、歩いていたい。
いい加減な奴等も口を合わせて俺と歩くだろう『イメージの詩』(吉田拓郎)
善悪を問わない精神医学。精神医学は、善悪を問わない。
人を差しても、家を燃やしても、精神の異常だと言って罪に問わない。罪を償いもせず、向精神薬の麻痺で慰める。こういったやり方も、一つのやり方ではあるが、いろんな理由はあるにせよ、精神病の増加は、ダイモーン(これこそはと信じれるもの)の社会からの低下と無関係ではあるまい。いろんな理由とは、セクハラ法の成立。ミニスカートなど男性性ホルモンを増加させるファッションの流行にも関わらず、もちろん女性は強くなった。性欲に個人差があるのは、百も承知だが、向精神薬は、勃起力を弱める。性欲だけが、統合失調症の原因ではないだろうが、大きな原因だ。向精神薬の麻痺は、暴力や性欲を麻痺させるが問題なのは、副作用だ。便秘、勃起力など身体的なものだけでなく、精神的にも健全な訳がない。それらが、日本社会を弱め、労働人口の低下を呼んでいるとは、先の論文だが、薬に頼るのは、自然治癒力や健康を損なわせる。難しい問題だが、「目がやった」と人を殺すような酷い人は、別だが、さして苦労をしてもいないのに、遺伝的なものもないのに、子供を精神病院に連れて行ったり、ファッションのように心療内科に行ってきた、と薬を飲む日本社会。これはいけない。薬には、副作用がある。ダイモーンが減少したからと言って、
いい加減な奴等も口を合わせて俺と歩くだろう『イメージの詩』などの社会は衰退へと行く。先の論文と共に安易に精神かに行ってはならない。精神病院は、儲かるが、日本社会は、弱体化する。これは、目に見えている。
日本よ!
健全であれ!!