人間というものは、生理的欲求が満たされない時、時に狂い、周囲に刺刺す
人間というものは、家族的欲求が満たされないと孤独で、夜の街に出掛けたりする
人間というものは、社会的欲求が満たされないと自信というものは、生まれず、家族を混乱から守ってやれない。
女性が愛されない、と思い、焼きもちをやくと怒ったりする
人間、この微妙で弱く、優しい者
甲斐祥弘は、『テレフォンノイローゼ』で、こう歌った。
いつも言葉は
気ままなもの
僕を殺すこともできる
と
殺人までいくのは、家族的な問題があったか?差別があったか?で普通の家庭に育った者なら、相当な金銭トラブルか?女の取り合いなどだ。
言葉は、気ままなもので、僕を殺すこともできる?
それは、自殺に追い込むような言葉選びは、できるというものだろう。
人を殺すのではない。
金、物、女の取り合いか、むしろ人間は、愛を選ぶ。
それが、
夫婦愛
親子愛だ。