幼少季、男も女もない児童は、滑り台で互いにもみくちゃになりながら、一緒に遊んでいた。
スカートめくりを興味半分にしていた児童は、高学年になると意識しだす。
「好き』
「嫌い」
そして、友達から、自慰や子供の作り方まで聞く。
そのショックを新しい人間の誕生とドラマティックに書いた哲学者はいた。
女は、男が、私の胸やお尻に興味があるみたい
男にとってのカタストロフィーを求める男は、女のお尻を追っかけてみる
すると、なんと不思議?女も男の方をみるではないか?
女は、隠れて化粧をしだす
男は、隠れて自慰をしだす
男は、女の隠れての化粧を笑い
女は、男の隠れての自慰を笑う
女は、高校卒業、仕事、進学と悩み、テレビを見ては、実際は男の方が力が強く、金儲けも実際は男社会で、そんなに儲けられないと悟る。
しかも、生け花も裁縫も囲碁も将棋も、料理も一番上は男で、頭でも勝てないと知る。
待てよ。
どうしよう?
そこで気付く
男の性欲の強さを男にとって女を知ることが宗教的とも言える意味を持つことを…
ぽくぽくぽくぽく
ちーん
閃いた
服で隠して、隠して、服が「こうなってる」からと見せて、男の力と頭を利用しようと…
テンサーーーイ
乗せられた男は、一生妻のため働くこととなる…