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五反田ではたらく取締役のアメブロ

ナイル株式会社という会社の取締役です。Webに関わる仕事と経営に関わる仕事をしています。

ちょいちょい「文句いってるだけとかダメだよ」「言いたいことは直接言おうや」みたいな話が出るやつで、職場でも話題にでることおおいし毎日のようにそんなこと言ってる記事も流れてくるし、特にそれに異論はないのだけど、しかし、いや、要はどこでどうやって文句いうかの違いでしかなくない?結局文句は言ってるじゃんとか思ったりすることもある。

 

だいたい何かするにつけ毎回毎回「いやです納得いきません納得いくまでやりません」とか言われれば個人的にはかなり面倒くさいし「気持ちはわかったから黙って仕事して」って言うだろうし、なんでもかんでも言いたいことあったら率直に言ってくれとも正直思ってなかったりする。要するに提案や意見はぜひ聞きたいし感想は個人の感想として聞くけど個々人のわがままを個別に聞いて仕事のやりかたに反映させる気はない、ということなのかもしれない。このへんはなかなか上手いこと説明できない。

 

 

組織ではたらく以上、「全てにおいて満たされていて不満ナシ」ってのは理想だろうけどそんなことはまぁ滅多にあるもんではなく、だいたいの人はなんかしら気に入らないこととか納得いかないことみたいなのがある。それは別に事業に将来性が見えないーとかもっと給料くれよみたいなよくありそうな話から、もっと言えば「あいつと仕事で関わるたびになんか無性にイライラする」とか「隣にすわってるやつの独り言がうるさい」みたいな表に出てこなさそうなとこまで様々だろう。

 

で、なんかしらそういう都合悪かったりムカついたりすることが続いたとき、影でコソコソ愚痴るのはよくないとか言いたいことは率直に対面で言おうとかというのは精神とか行動の話で、最終的にはその総和が組織の習慣とか文化とかにつながることだからとても大事なんだけど、個々人について言えばそういう態度とか言動とかよりも「で、なんか状況は変わったの?」「状況変えるために何したの?」ということのほうがはるかに重要視すべきことだと思う。



特に状況変えるつもりがないのに愚痴ってるだけとかは言ってしまえばムカつく対象をdisって楽しみながら溜飲下げつつ、(自分に同調してくれそうな人として選抜した)愚痴の相手から「大変だねー」「そんななか我慢して頑張ってるのえらいねー」「周りは全然わかってないよねー」「そういう視点で考えて仕事してるのって○○くんだけだよねー」「そだねー」みたいな反応もらって自己肯定感しっぽり味わって喜んでる以上のことはないので個人的にはそんなに良さそうな趣味とは思えないし、

同じく、なにか「具体的に」状況かえることを考えてないのにその場その場で好き勝手言いたい放題言ってるだけとかは言ってしまえば仕事においてはロクに感情の制御もできず自己中・自分本位な面倒な人、場合によっては「お前その年で第一次性徴期かよ」などと評価される他ないしそういう評価された人がアレコレわーわー言ったことでなんかが好転するってことはまぁこの世の中においてはまずないだろう。



とはいえムカつくことがあったら何にしたってムカつくのが人の性。


そこで、仕事ができる人とか仕事を頑張ってる人は、ムカついてるだけではなく「気に入らないからこうやって変えていこう」っていうマインドに変えて具体的になんかすればだいたいはなんか変えられる。

更に付け加えると「他人がそんな都合よく変わってくれるとかまずありえないからまず自分から」「それで他人もなんかちょっとでも変わってくれるならラッキー」っていう前提で具体的になんかするといい、逆の順序で気に入らない状況が変わるってのはまず起こらない話と思ってていい。とくに他人に対して「こう変わってほしいと何度も伝えてるのに変わってくれない」には「そりゃそうでしょ」でしかなく、あくまで自分を変えられるのは自分だけ、他人が変わるとしたらその人が「自分で」変わろうとした場合だけ。

 

「自分の周りで自分が解決できない問題は起こらない」とか言われてるのちょいちょい見るけど、経験上これは仕事においては9割以上正しいと思っている。だから自分の周りで気に入らないことがあるなら解決させようと考えて行動するのが基本的には良い場合がほとんど。

ぶっちゃけ何をどうやったって他人はそうそう変わらないけど、周りにいる他人がなにひとつ変わらなくても解決に向かえる問題なんていくらでも身の回りにある、本当にいくらでもある。

参考:上司は、期待する対象ではなく利用する対象として扱う

よくよく考えてみれば「気に入らないことを気に入らないと言い、それ以上のことをしようとせず、誰かが状況を変えてくれることを期待する」という振る舞いはイヤイヤ期の2歳児ですら既にできていることで、僕らのようにいい年した人間は「何かしら解決策を自分で考え実行することができる」「自分ひとりでできないことは誰かと協力してやる」のような基礎能力を備えているはずなので、あえて2歳児の彼らと同じようなふるまいを選択するメリットは大きくないと思う。


もちろん、「自分の周りで自分が解決できない問題は起こらない」というのは、「原理的には」解決可能な問題がほとんど、と言ってるだけであって当然ながら「いかなる問題も簡単に解決できる」わけではない。個々人にとってその問題が「解決可能だが極めて困難」な場合も多いだろう。

しかし「何度かやろうとしたけど状況変わんなかったからもう諦めた」ってのは「ちょっとがんばったけど結果でなかったからもうがんばらない」って言ってるのと同様で、たぶんなんか解決へのアプローチが悪いか純粋に下手くそなだけって考えたほうがいい、下手くそなら練習すればうまくなるしアプローチが悪いだけなら違うアプローチをすればいい。

 

これはマインドだの何だのという抽象的な話とか組織的などうこうみたいなルール秩序の話ではなく単なる仕事における方法論の問題としていい。

 

営業に例えるなら「がんばったけど売れませんでした」とか「商品悪いから売れません」とかで終わる営業マンがいる一方で、「この商品はこういう理由でこういう顧客に対してこそ販売していくべきと思うんです」とか「これまでこうやって売れなかったからこれからこうやります」みたいな姿勢の人もいる。同じ環境で同じ条件でもこういう姿勢と行動の違いで出てくる結果は変わってくるし、これは営業以外でも全く同じことが言えるだろう。

 

間違いないのは、「行動せず状況かわらず、しかし愚痴も文句も言わない」「行動せず状況かわらず、愚痴や文句はしっかり言う」「行動したが結果は状況変わらず、しかし愚痴も文句も言わない」「行動したが結果は状況変わらず、愚痴や文句はしっかり言う」はどれも結果としては「何もできてない」であって全く同じであり、「なんか行動してなんか状況かわった」場合のみ、何かしらの「仕事」ができたということ。社会人たるものやはり結果にこだわって行動するべきだろう。


実際には抽象的な「色々ムカつくわーないわー」みたいなのを何がムカつくのかもしっかり言語化できてない状態で全部まとめてなんとかできるかどうかみたいに考えるからとてもじゃないがなにも変えられなそうなだけで、コントロール可能なことと不可能なこと分けて、コントロール可能なとこを分類してさらに細切れにすれば一つ一つはまじでそこそこのタスク程度のレベルのことだったりすることも少なくない。誰かと10分話せば解決するような要素だって中にはあるだろう。


で、そういうことをしようとしてもうまくできないのが普通、それを上手にできる人はすごくデキる人、何をする気もないのにいつも文句言ってるとかそういうのはまぁ個人の趣味嗜好まで止めやしないしそういう自分が好きならどうぞ的な感じでしかないので、仕事においては普通以上すごい人をみんなが目指してもらえるといいと思う


で、そういう「気に入らないことがある」→「ムカつく」じゃなくて「気に入らないことがある」→「さてこれをどうやって変えていこうかね」って思考になるだけで、自然と「気に入らないこと、納得いかないこと」みたいなことが身の回りで発生してもまぁまずイライラしないし余計な負な感情が湧いてこなくなる、そうすると集中力があがるし仕事のパフォーマンスも上がるし総合的なQOLも上がるので、なんかムカつくことが多くてしばらくなにも変わってないなーってひとはぜひそうしてみてください



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タイトル見てスラムダンク(29巻)山王戦の流川vs.沢北(+花道)のシーンを思い浮かべた人は少なくないだろう。



さて、何がいいたいかというと、バスケの話とかお金の話とかじゃなくて仕事のマインドセットの話。

  • 仕事では貸しをたくさんつくろう
  • 仕事で借りを作ったらすぐ返そう


という意気込みで仕事をしていると最終的には得するよ、この逆だとそのうちあなたが困ったときに助けてくれる人とか信用して何かを任せてくれる人が減ってくよという話。

[言いたいこと終わり]


で、ここでいう貸しを作るとはそんな大げさなものではなく「誰かが困ってたら手助けする」「相談されたら時間を惜しまず話を聞く」みたいな感じとして。

借りをつくるとは「助けてもらう」「相談のってもらう」みたいなこととして。

借りを返すってのは、「この前助けてもらったからこんど昼飯おごらせてください」でもいいし、「たくさん相談のってもらったから自分(たち)にできることあったら何でも協力しますよ」でも「次の依頼は最優先で対応しますね」でもなんでもいいとして。

どれも大したことというより、ちょっとした言葉や気持ちや物事や時間のやり取りみたいな感じのことだとする。



で、


誰かに貸したものは必ずしもすぐ返ってはこない、ひょっとしたらその人からは一生返ってこないかもしれなかったりする。

なぜなら「借りを作っても返さない人」「借りたことを忘れてしまう人」が世の中にいるから。場合によっては「借りを作った自覚もない」ということもあるだろうし、「合理的な理由があるから返さなくていい」と思ってる人もいるかもしれない。悪意の有無もまちまち。


こういう人に何かを貸して、最終的に返ってこなかったときに人が考えることは大きく2パターンあって、

 

  1. こんなんなら自分が損するだけだからもうやめよ
  2. まぁそういうこともあるけどそれはそれで仕方ないね

 

こんな感じ。

で、1のほうはまぁ合理的だしなにも間違ってないし、たぶん2の人とかって場合によっては搾取されたりするタイプの人かもしれない。少なくともその時点の損得でいえば1は得するし2は損してる。繰り返し起こったら2みたいな人だって「報われないな」とか思うかもしれない。


だけど、それでも貸しは作っといたほうがいいし、借りたらすぐ返したほうがいい。


もっというと、返ってくることを期待しないで貸しは作ったほうがいい。相手がすぐ返すことを求めてなくてもすぐ返したほうがいい。いつも完璧にできるかどうかはおいといて絶対そうしようとしといたほうがいい。


なんでかというと、まず個々の話でいうと、

  • そうしてると日々の自分の精神状態がよくなる
  • そうしてることを絶対誰かが見てるし、知ってる
  • そういうのはめぐりまわっていつか何かしらの形で自分に返ってくる

が、なぜかは説明しづらいけど間違いなくそうだから。

うちの社長が昔よく「陰徳を積むこと(誰も見てないところで善い行いをする)は大事」みたいなことを言ってたけど、それについてはとても同意している

※周りからどう見えてるか知らないけど、うちの社長は電車で高齢の方がいたら自分から率先して席譲ったりとか捨てられてる犬猫とかいたら拾って死ぬまでちゃんと面倒みたりするような側面があったり、根は良い人だったりする


これはなんか偽善みたいな文脈でもスピリチュアルなことを言いたいわけでもなくて、自分の中にうしろめたいことがあるとだいたい嫌なことがおこるし、体調崩したりする。何故か知らないがそういうことがおこる。

そういうのが立て続けにおこると実際に因果があるなしに関わらずバイオリズムを悪化させるし何においても集中力が下がる。これはほんとにそう。自分が大学生んときとかフリーターのときは特にそんなまともな人生送っておらず、まぁそういうのがひどかったので、なんというか痛感してる。

自分でも何言ってるかよくわかんないのだけど、とにかくまぁよくある。

まぁ逆もしかりということで、とにかく利己的であろうとすればするほど自分から利が遠のいていく、利他的になればなるほど利が自分に近づいてくる、みたいな作用がなんかしら世の中には働いているってことにしておく。

※全然違うかもしれないけどそういうことにしておけばいい。


個じゃなくて全体的な話でいうと、

  • 自分以外の誰かの利になることを当然のようにできる人が集まってる集団
  • 自分の都合だけ考えて自分の利ばかり優先しようとする人が集まってる集団

の2つの集団があったとして、どっちが自分が属したい集団かというとまぁ大体の人は前者だろうし、仕事をするうえでも後者みたいな集団のなかで仕事したいかと言われてこういうの大好き!っていう人なかなかいないだろう。


実際には、誰かのために行動できる人と、基本的には自分の都合でしか行動したくない人、が混在しているケースがほとんどだから、「それでも自分は貸すし、返す」を貫くのか、「だったら自分も貸さないし、返さない」みたいになっていくのか、の違いが大きい。

みんなが前者のスタンスを地でいけば全体的には結束強く協働性の高い強い組織になっていくし、みんなが後者のスタンスになっていけば組織というよりも利己的な個の集合体、になっていく。この辺はルールの話じゃなくて個人として、そして組織としてのマインドセットの話だと思う。


ここでも重要なのは「相手はどうであれ自分は」の精神を持ってる人がどれだけいるか。相手がそうしなくても自分はそうしようと思えるかどうか。


いや、思えるかどうか、じゃなくて思えたほうが仕事でも得するよ、QOLも上がるよ、と言いたい。


ちなみに新卒の人とか若い人みたいにこれから経験積んで成長していこう、みたいなとこにいる人はQOLとか関係なくこういう利他的?なマインドで仕事してると仕事力も経験値も人脈も社内外の評価もお金もいつかは全部よくなるよ、ただしそれがいつになるかは分かんないしなんか自分損してるなーって思うかもしらんけど絶対めげずにそのスタンス続けたほうがいいよ、(これが真逆になるとそれはもうひどいもんで目も当てられない感じになるよ)、というのは確実だと思ってるからそうしたほうがいい。


おまけ 

対顧客、対お客さまみたいな感じであれば、普通にやるべき仕事を提供するで貸し1。期待を超えるいい仕事をしてで貸し5。みたいな感じでだとして、例えば進捗確認されたら借り1、催促されたら借り5、1回納期遅れたら借り10、無断納期遅れで借り30、みたいな感じ。借りはすぐ作られるし貸しをつくるのはとても大変。借りがたまってくと信用負債みたいなのが利子付きでたまってって複利がすごくて利息返すので精一杯みたいな感じになるともう対等なコミュニケーションなんて無理、こっちの言い分は全部言い訳としてとられる。だから負債がたまらないように借りはすぐ返す。信用積むのは時間かかるし大変だけど崩すのはいつでもできる。書いてて思ったけどこれは身内でも同じか。

終わり

みたいな話を以前(前の記事とは別の)自分の部下としていた。別にチームにそういう人がいたからではなく、月1のマネージャー研修みたいなので指定されたテーマだった(ホントだよ)。

で、断言できるのは、「会社へのコミットメントが高い / 低い」みたいなよく分からない曖昧な課題感のままそれを何とかしようとしている状況であればその人の「コミットメントが低い」という状態は間違いなく変わらない。

ではどうするかというと、「コミットが低い」とかじゃなくてもっと具体的にする。

1.自らの目標を達成することに集中していない
2.結果や質を追求せず、自分なりに頑張って働いていれば良いと思っている
3.自らの目標を達成していれば、それ以外のことはしなくていいと思っている

例えばこのあたりだろう。これで全部ではないだろうが8割以上はカバーできていると思う。 役割を全う=目標を達成 と言い換えてもいい。それぞれのケースで考えることが変わる。長いけど自分の考えを1つずつ書いていく。
 

1.自らの目標を達成することに集中していない

これは最初からその個人に起因する問題として扱わない。マネージャーがその集中できていない理由を把握し、それを取り除くことで解消しにかかるべき課題とすべき。

参考: 権限・責任・仕事を然るべき人に委譲する  (の最後のほう)

 

2.結果や質を追求せず、自分なりに頑張って働いていれば良いと思っている

そんな姿勢で良しとしているのは労働者保護を最優先とする日本における労働基準法くらいで、雇用する者がその姿勢を良しとできるケースはほとんどないだろう。

と書けば、「そりゃそうだ」と感じる人が大半だろうし、実際に面接でそういう姿勢で働きたいですと言われてその人を採用する人はなかなかいないはずだ。

しかし一方で、目標未達の部下に対して例えば「なぜ目標が達成できないのか」「目標達成していないのになぜそれ以外の仕事ばかりしているのか」などと強く追求できるマネージャーがそこまで多いかというとそうでもないのではないだろうか。

理由は様々あるだろうが、一言であらわせば「マネージャーが部下に対してするべきことを徹底できていないから」となるだろう。たとえば、方針共有、適材適所、目標設定、業務管理、進捗管理、etc. などなど。あるいは、それらをちゃんとやっているつもりでいるものの、マネージャー本人が確信を持てていないケースなどもあるだろう。

この、どう考えても「そんな姿勢じゃダメだ」というようなことに対して強く是正を要求していくためには、「このチームにおけるあなたの役割はこれなので、この目標を絶対に達成してください」という確たる主目標の設定、その意義についての部下との認識のすり合わせ、目標の達成に向けた進捗の確認、これらが全てできていることが最低限となる。

それをマネージャーが実行できていない状況で「目標も達成しないで何をしているんだ」としても「曖昧な役割で曖昧な目標でどうなれば100点満点なのかも示されないなら、自分なりにやるべきことを判断して頑張るしかないでしょう」とされて反論の余地がない。

これはこれ以外にも色々なことにあてはまる。そういう意味でも、マネージャーは部下が集中して仕事をするための土台や環境の整備と、それを維持することに「専念せよ」とまでは言わずとも(多くのプレイングマネージャーにとってそれは難しい)、それなりの代償を払ってでもそれに注力するべきだ。

 

3.自らの目標を達成していれば、それ以外のことはしなくていいと思っている

(話をややこしくしないために、「際限なく仕事をしないとダメなのか」などという、労働量やワークライフバランスに関わる文脈ではない、という制限付きとして書く。)

 

「個人の役割を全うしている」以上、その人は職務における責任を果たしているため、原理的(?)には問題にはなり得ない。

特に、個人主義、個人の集団としての色が強いケースではそれで問題ない、そのかわり個人の目標は自分の責任のもとで必達しなさい、とするのが一般的だろう。

一方で、チームでの協働、チームの成果、を重視したいケースではそれで良いとはしづらい。なぜなら、「(プロジェクトは完了していないけど)自分の分の仕事は終わらせましたのであとは知りません」「仕事はしますからそれ以上の関わりを要求しないでください」「仕事はしてますからリモートワークでもいいですよね」みたいな"正論"をみんなが好き勝手に主張することを助長することになり、そうして作られたチームでは個人単位の仕事は合理的に進められるのかもしれないが個人の総和以上の仕事を生み出すことはしにくくなるからだ。

 

だからといって、個人目標を達成している者に対し「それだけではダメだ、認めない」と言うのは絶対におかしい。それであればそもそも目標定義がおかしく、達成したら認められる目標にするべきだし、あるいはその人の役割と責任と権限を拡張するべきかもしれない。

ではどうするか。

その場合は「どのように会社やその仕事に関わってもらうのが望ましい姿勢なのか」という話として考えるのが良いだろう。

会社によって違いはあれ、「会社や仕事に対する社員の望ましい関わり方」というものは必ず存在するはずだ。事業内容に起因するものか、あるいは作りたい組織のイメージに起因するものか、とにかく目指したい姿によって望ましいあり方が変わってくる。ルールや規則で縛れる類のものではないが、この価値基準は曖昧にしてはいけない。

例えば極端な例では軍隊なんかはそれがとても分かりやすい。「規律を守れ」「上官の指示に従え」「異論は認めない」などがその望ましいあり方だ(知らないけど、多分)。

もし、有事の際に自分の隊の隊員が揃いも揃って「トップダウンの決定事項ではモチベーションが上がらない」「上官の指示内容が適切ではないと思うから従いたくない」「そもそもこの作戦を実行する意義から見直すべきだと考えている」とか言いだしたらその隊は全滅してしまうからだ。

会社は軍隊ではないので、全滅するとか死んでしまうみたいなリスクとは違うからそういった厳しいルールを引く必要ないのだけど、それでも「どうあってほしい」があるのであれば、それをメッセージとして発信して伝えていくべきだ。

そのメッセージとは、「(一般的にどうかは関係なく)自分たちはみんなにこうしてほしいし、そうでないものは指摘するし、最終的には直してもらう」というものだ。

もちろん、それをそのまま言葉として伝えるだけではなく、たとえば行動規範、採用基準、評価基準などに要素として含め、個人への指導内容やフィードバックに落としていき、日々の業務や行動に浸透させていく、ということだ。

具体的にはこのような対応が考えられる。

  • 会社の行動規範の中に「チームの成果を重視する」「優れたコラボレーションを生み出す」などの要素を含める。それを実践しない、あるいは反する行動をする者には細かく注意や指導を入れる。理由は「行動規範とはそういうものだから」。
  • 加えて、望ましい行動をして成果を挙げたものを表彰したり報酬を出したり昇格させたりする。理由は「会社が望む姿勢で仕事にあたり成果を挙げたから」。その逆も然り。

など。

ただし、この手の話においては「自分の仕事を越えて貢献した人が損した気分になる」が起こる仕組みにしないことが大前提で、よくありがちな「未達は全員の連帯責任だ」とか「今回の達成はみんなのおかげだ」などとして誰の責任 / 誰の貢献 を曖昧にしないことがとにかく重要になる。

2.の項目でも似たようなことを書いたが、このあたりの「チームとしての原則」をマネージャーが明確にしてチームに浸透させてそれを維持するにはマネージャーの時間をそれなり以上に要することは間違いないが、それをしっかりやることで得られるものはそれ以上に大きい。


自分の経験からくる感覚としては、それをマネージャーが「ちゃんとやる/やらない」のインパクトは、部下全員の生産力を個人単位で数十%単位で増減させ、チームの総合的な生産力をその倍ほど左右するくらいの影響は全然あるように思う。冗談抜きで、ここに時間かけすぎ、考え過ぎ、コミュニケーションとりすぎ、ということはそんなにないと思う。それくらい重要だと捉えていてよい。


おわり