歴史のことば劇場82

選挙や政治論議では、景気対策や所得政策がよく争点になりますが、
しかし経済学者シュンペーターは、
「繁栄を人々の幸せとして、不況を生活水準の低下と結びつける見方が一般的」であるが、
「その相関そのものは存在しないか、それどころか相関関係が逆かもしれないと信ずるべき根拠がある」と述べました(s・ナサ―)。
曰く、1848年(『共産党宣言』が出た年)以降、経済危機や不況はたびたび起きたが、世界は崩壊せず、むしろ生産力や生活水準は何倍も高くなった。
「成長は断続的に起こる」が、それは技術革新が「時間軸上に均等に配置されず…不連続に、時にはいくつかが集まり、時には一時に大量に起こるからである」
国家が進歩を求めるならば、不況は受け入れなければならない。「好況と不況が交互に訪れるのは、資本主義の時代における経済発展の様相」だ。
「不快に感じられる出来事は、全て一時的で…技術革新が生み出す不安定さは、自らを修復させる傾向があり、不安定さが蓄積され続けることはない」。
資本主義は「安定した経済の仕組みであり、しかもその安定さは増していく」
要するに、
一時の好不況に拘泥せず、長期的で、歴史的な視点を持つことが「資本主義の繁栄」につながり、
逆に長期的な停滞には、それなりの理由がある。
不況とはハイエクによれば、
それに先行する好況時における過剰な資金の創出と低すぎる金利による「大規模な投資ミス」により起きる。
シュンペーターも参加したニューディール政策批判の声明書によれば、
人為的な刺激策による「復活」は、不況が果たすべき役割の一部を未完のままに止め、不均衡が不均衡をよぶ。
とくに金融(通貨と信用)の操作による療法は、根本的な問題が通貨でもなければ信用でもない以上、将来の新たな問題を生む可能性が高い(ナサ―)。
トクヴィルによれば、
民主主義社会では、自由への欲求を圧倒して平等への情熱が高まるといい、人々は合法性や人間の独立などより、個人や集団の不平等をなくすこと、物質的な幸福への欲望に熱中する。
人は誰でも自分と他人を比較するが、物質的繁栄は平等に手に入らないから、この社会はつねに落着きのなさに悩まされる。
しかし、落着きなく、たえず動くけれども、基本的には安定する。この騒々しい社会は、自由ではあるが、人々は自由な精神よりも物質的な幸福を愛する。
もし自由な制度が悪く機能し、財産がおびやかさせる事態になっても、人々は自由を犠牲にしても幸福を確保しようとする傾向がある(R・アロン)と。
総じて言えば、
景気対策などの一時的で、場当たり的な主張が強調されるのは、民主主義社会が「落着きのない、騒々しい社会」であり、
自由な精神よりも平等で物質的な条件を愛する傾向が強いからである。
この社会に特有な「宿命的な欠陥」を補い、自由と繁栄を守るためには、
シュンペーターやハイエクの言うように、長期的で、歴史的な視点は不可欠であり、
それなくしては「不断の進化と革新」の時代でなく、むしろ長期的な停滞が待っているのではないでしょうか。



