歴史のことば劇場84


 先日、ソフトバンクグループと米国オープンAIが新会社を設立し、今後4年間で約78兆円もの巨額投資を行うと、トランプ大統領を前にして発表されました。
これに対して、イーロン・マスク氏は「彼らに資金はない」「詐欺師」などと罵倒したとされ、
いっぽう、中国製の低コストのAIデイープシークが公表されるや、米国の主要半導体企業などの株価は一時、暴落しました。
 「創造的破壊の嵐が、繰り返し吹き荒れる」―
巨大IT企業のⅭEOといえば、あたかも絶対君主のように言われますが、彼らが夜も寝られぬ思いをする激しい競争とは、ライバル企業が価格を下げるようなことではない、自社製品を「時代遅れ」にする起業家の革新(イノベーション)だと指摘したのは、経済学者シュンペーターでした。
彼はそれを「創造的破壊」と呼びましたが、いまや巨大企業も競争相手に対しては脆弱化し、顧客や世情の変化に戦々兢々としています(Ⅿ・リドレー)。 
 またシュンペーターによれば、
資本主義には富裕層よりも低所得層を豊かにする構造がある。安価な衣服や靴、自動車などは、富裕層にはさほど有難みはなく、むしろ一般人の手に届け、仕事や雑用から解放される余暇という新しい商品を生んだ。
資本主義による行動や思考の合理化は、大量生産のほかに社会立法の手法や意志をも生みだし、フェニミズムや平和主義、少子化も、基本的に資本主義による現象である、と。 
 ハイエクによれば
「下層階級の地位の向上がいったん加速し始めると、富裕層への迎合は大きな利益の源泉とはならず、大衆の要求に向けられた努力に地位を譲る。最初は経済的格差をおのずと深刻化させる力も…いずれその格差を消滅させる傾向にある」。
じっさい、近年のIT化も、従来の経済原理だった「収穫逓減」ではなく「収穫逓増」の経済世界をもたらし(B・アーサー)、ここ三十年以上、途上国の貧困層の消費は、世界の二倍を超える割合で増え、「富裕者は、より豊かになったが、貧しい者は、それ以上に豊かになった」(リドレー) 
 Ⅾ・アセモグルによれば、
技術革新にはある特定の制度の下で自然に発生し普及するパターンがあるという。それは自由や権利、情報伝達が広く保証される「包括的な制度」であり、その対極が「収奪的な制度」である。世界経済の成長はいぜん先進国の技術や需要に支えられ、グローバル化という外から容易に導入できるテクノロジーや資本が枯渇すれば、成長は減速するかもしれない。 
 現今のAIの高度化、下層階級の地位向上、人口減や高齢化などの世界状況に対応できるような個別的で繊細、多様性をもたらす技術革新は、
本来ならば「収奪的」な全体主義や権威主義の社会ではなく、西側世界の「包括的な制度」の社会で進化する可能性が高かった。
けれども、米国の半導体規制は安全保障上、不可欠とはいえ、結果的に中国製AIの高度化を生む結果となり、
また関税政策がこれ以上進めば「包括的」社会の進化や成長は鈍化する恐れがあり、それは世界経済はもちろん「下層階級の地位向上の傾向」にも深刻に影響すると覚悟すべきではないではないでしょうか。