リタイアしてからもう8年近くになる。最近は昔の頃、特に学生時代や勤務初期の時代を思い起こすことが多くなった。それと円熟期というか仕事に趣味に大いに励んでいた頃も。その中でも特にお世話になった親会社のO先輩を。入社した時の新人研修から技術職での技術研修、そして海外出張での手配りや親切な対応、我が社に役員として出向して頂いた期間の指導や私的交流などなど、多岐に渡ってお世話になった人で、挫けそうになった時、何度励ましてくださったことか。私が無事にと言うか、大きなミスも無く業務を遂行、卒業できたのも、O先輩の賜物だと思っている。

 

 今年の正月、我が身の将来を考えたときに、このままではOさんとはもう逢えないと思い至った。それでは、私はO先輩に申し訳ない、是非にとも逢って感謝の気持を伝えておかなければ、と。それで暖かくなった三月に逢いに行くと連絡をとった。

 

 Oさんは芦屋に住んでいる。新幹線で新神戸だ。電車に乗れば簡単に着くが、私の現状から言えば、「一人では行けない、介助が必要だ。」介助役に娘が行くとして妻はどうする? 一人では置けない、だったら一緒に連れて行く? それには娘がもう一人必要だ。杏ちゃんは留守番で良いだろう。・・・・何だって! 杏ちゃんの小学校は卒業式で休み? だったら、杏ちゃんも連れて行こう。ということで私、妻、娘二人、孫一人の5人の大所帯の遠征となった。旅行の趣旨が私事なので当然費用は全て私持ち・・・娘達が喜んでお供するわけだ。

 

 3月13日、金曜日。新幹線搭乗口に1時間前に着いた私たち、新幹線に遅れが出ていることを知った。架線に異物が絡まっているらしい、小倉駅で。結局、このおかげで私たちが乗るはずだった4人席のミズホは運休、臨時のノゾミに2時間遅れで、ぎっしり満員立ち席で旅立つことになった。

 

小倉駅新幹線構内は人で溢れかえっていた。

 

それでも新神戸には5時前に着き、待ち合わせの酒心館に向かった。

Oさんは既に来ており、10年ぶりの再会と元気な姿を見て思わず涙が出てしまった。長身ですらっとした風貌は何故か人を安心させてくださる。私とは4歳違いだが、一回りも違うような貫禄は従来通りだった。

 

ノーベル賞晩餐会で出された日本酒「福寿」の樽の中で。

 

酒心館の販売所

 

懐石料理で福寿を味わった。Oさんとの話は娘達も興味を持ったようで大いに盛り上がって、神戸の夜は更けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は3月11日、あれから15年。TVでは各局が追悼番組を放送している。15年前、TVの前で水素爆発の瞬間を見ていて、「何故」、「何故」と自問していたことを思い出す。そう、「なぜ」なのだ。2重にも3重にも張り回されていたはずのメルトダウン対策。それが何故機能しなかったのか?、技術屋は現場にいなかったのか? 大地震に見舞われた直後のことなのに、炉を緊急停止する度量はなかったのか? 今にして思えば、安直な運転のしおりには書かれていなかったのに違いあるまい。

 

 原子炉運転室は巨大なパネルに運転状況や操作運転機器の稼働状況などがランプで表示されていて、何も問題がない状態では実に合理的で機能的なのだろうと思う。運転員は電力会社社員であり、あてがわれた操作取扱説明書(パネル)に従って機械的に操作しているのだろうと思う。原子炉運転システムは様々な状況に応じて対応するように出来ていると思うが、その基本は正動作だと思う。要するに制御機器は正常に動作するのが基本であり、制御対象機器が壊れている、動かない等の異常は2次的な処理になると推察できる。

 

 今回の直接原因は原子炉冷却装置の電源喪失と言うことだが、当時の報道の中で、それでも原子炉を緊急停止か温度を下げる非常手段があったらしいと聴いた覚えがある。メーカーの技術員ならばその方法を知っていたかも知れないと。数年ごとに職場を替わる電力会社員ではそこまでの技術を知り尽くすことは出来ないだろうから、どうしても緊急事案にはメーカー側の技術員が不可欠とならざるを得ない。

 

 次々とメルトダウンしていく原子炉を目の当たりにして、メーカー技術員は何を感じただろうか。歯がゆい思いをしたに違いない。電力の供給という立場から、原子炉の緊急停止は現場判断では出来なかったかも知れない。でも、一基でも、二基でも止めることは出来たはずだ。少なくとも津波警報が発表された時点で。

 

 私も技術屋の端くれとして、客先に納めた機器の運転状況に付いては常に気にしている。たとえば、TC会社に納めた電炉運転システムの遮断器はもう寿命が来る頃だ、事故が起きないうちに更新しなければ。O電力に納めた移動用変電設備の接点はすり切れていないだろうか、等々。

 

 長寿命設備であればあるほど、メンテは大事だし、技術を継承してゆかなくてはならない。パンフに書かれただけの上っ面の操作運転だけではまた繰り返して事故が起ると思う。

 

 

 

 

 

 民報TVの天気予報番組で、今年の冬の印象は?と尋ねていたが、「寒い」「長い」「辛い」という従来イメージのコメントを述べる人は少なく、「乾燥していた」「暖かかった」「短かった」と半数以上が応えていた。もちろん、福岡の地方局番組なので東北、北海道の雪害とは無縁だからだろう。私の印象も、「暖かくて良かった、もう初春だ!」である。

 

 先記事で1年ぶりに忠霊塔に散歩に行ったが、携帯が電池切れで残念だったと書いたが、この前の土曜日、またまたリベンジの意味もあって妻と二人で忠霊塔まで出かけた。何しろ暖かくて、気分が高揚するのだ。そして8分咲き程度の紅梅、白梅を激写した。毎年ここの梅の花と桜の花を撮らないと季節感が味わえない!

 

今年の紅梅、白梅

 

 今日は金曜日、しばらく前から「ざわつく金曜日?」だったっけ、長嶋一茂・高嶋ちさ子・石原良純の3人のトーク番組を時折見ている。クイズ番組ベースのようだが、私とは違う別世界の感じがして、色んな事に感心したりしている。その高嶋ちさ子の「高嶋ちさ子と12人のヴァイオリニストコンサート」が昨日、博多で催されたので妻、娘二人、孫娘の4人が揃って出掛けた。実はこのコンサート、昨年末にも博多で開催され、娘二人が観に行っていて、「良かった! また見に行きたい」と妻にけしかけたので、その気になった妻が「全額私が負担する」と言わされる羽目になったものだ。当初は私がメンバーに入っていたようだが、トイレなどの事情もあって固辞したものだから、代わって孫娘が浮上したものだ。

 

 眼が不自由な妻だが、トークとコンサートのバラエティショーの感じで、音声だけで舞台を感じられたのだろう、「良かった!」と妻も言っていたので、私も良かった。と言うわけで私は女4人が出掛けた午後2時から帰った夜10時までの8時間、自由を満喫した。と言っても特に何をするわけでもなく、将棋のA級順位戦最終戦の対局をずっと見ていた。好きな将棋を「テレビ独占」と嫌みを言われることなく存分に見れたのが嬉しい。特に、この日の将棋は藤井6冠の名人位に誰が挑戦するか、興味溢れる「将棋界の一番長い日」だったのだから。