さくら前線は青森に届いたようで、まもなく北の大地に上陸するようだ。例年は5月始めというらしいから、今年は早そうだ。我が小倉では3月30日に開花し、4月10日ごろに散った。長く守ったと思う。

 

その間、各所で写真に収めたので紹介しよう。

最初は4月3日、咲き始め(小倉城)から5日目、4分咲くらい。デイケアにて。

 

翌4月4日、妻方の菩提寺本通寺

 

同じく4月4日、本通寺の裏山の山桜。幹廻りが4.8mもあり、樹齢は350年以上らしい。落花が盛んだった。

 

4月6日、満開の桜の下で。デイケアで花見を。

 

最後は4月8日、散り始めた桜の忠霊塔

 

さて、来年はどうなっていることだろう。

今日、4月17日、つつじがきれいに咲いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うつらうつらといつの間にかソファーで眠っていた私、身体が重く感じて目を覚ました。掛布団が掛けられていた。無理してでも歩かないと足腰が駄目になると、2時間かけて忠霊塔まで散歩して帰ったのだが、さすがに疲れ果てていたのだ。横を見ると妻が目をつぶってTVのS40年代フォークソングを口ずさんでいる。視力が0.1にも満たない妻はTVの音に合わせてリズムを刻んでいた。2か月近く散髪してない髪は茶褐色に染めていたはずだが、銀髪が覗き見える。日頃は若く見える妻だが、無防備でラフな姿は年相応に老けてみえた。

 

 眼が不自由な妻だが、私が疲れ果てて寝たのを見て3Fから布団をおろしたのだろう。迷惑をかけた。無心に無邪気に身体でリズムを合わせている姿を見て、私は思わず涙がでた。「この妻を私は守り切れるだろうか?」

 

 妻は3年前にネフローゼ症候群に罹り、生死の淵を彷徨ったのだが、視力の喪失と引き替えに命を長らえた。この時は私はまだまだ動ける状態だったから良かったのだが、最近は歩くのさえ不自由で、転ぶことも多い。いずれ車椅子になると思う。その時に、障害者で初期認知症の妻はどうなるのか、心配でたまらない。

 

 今は妻と私、二人で1人前の生活だ。着替えからトイレまで妻の手を借りているし、私の役目は家事采配、なんとか生活しているのが実情で、これ以上私の病気が進行すると・・・考えたくもない。恐ろしい。

 

 若いころから妻に家庭を任せきりにしていた私、その借りを返すことができない。と思うと思わず眼がしらが熱くなった。

 

 

3月27日、私の79回目の誕生日だった。デイケアや孫たちからお祝いが。

 

 

我が家のミニ菜園、雑草が蔓延るのでシートを張り、芝生を植え付けた。

もちろんスイカ用の畝は準備している。

 

 

 

 神戸、2日目。ホテルの窓から六甲の山並み、眼下には生田神社の赤い建物が見えた。天気は晴れで暖かそうだった。いつものように7時過ぎまで寝ていたのだが、8時前に娘達が朝食はバイキングだよと起こしに来た。バイキングなら、少しでも早いほうが良いだろうと。日頃食べ慣れないと細かくなるのが自分でも恥ずかしい。

 

ホテル11Fからの六甲の山並み

 

朝食、バイキングで三千円。元は取れてない!

 

すぐ隣が生田神社。無事な旅行を祈願した

 

 次女が、神様にお願いするにはちゃんと住所、氏名を名乗り出なくては、神様も判らないよ、と言いだしたが、私はもう祈願済みだったので、 神様は偉いから覚えてくれるよ、と勝手な判断を。結局、神様への願いは通じて旅は無事に終えました。

 

 生田神社の参拝を終え、次は異人館に行くことにした。朝食を食べ過ぎたので中華街は遠慮したかった。5人なので二組に分かれてタクシーで、北野の異人館街へ。私の乗ったタクシーは中国人女性のドライバーで1500円、娘達の車は1000円だった。何故こんなに違う?

 

 六甲の麓、北野に異人館は点在しており、私たちは英国館と、洋風長屋、トリックアート館を巡った。

 

英国館ではシャーロック・ホームズに変身、ディテクティブを楽しんだ。

ケンロック・ホームズとベーカー街少女探偵団

 

犯行現場を調査・観察するケンロック・ホームズ

 

ベーカー街221B

 

犯人追及の推理をするケンロック・ホームズ

 

トリックアート館では色んな剥製と世界の蝶などが展示されていた。

 

 

異人館を見学した後、ちょっと休憩。

 

 

異人館街から新幹線新神戸駅はすぐ近く、帰りの電車の時刻に合わせて、歩いて新神戸駅に。

 

帰りの新幹線は遅れもなく、快適に2時間過ごして小倉に到着。婿殿の迎えの車に乗って神戸旅行は無事に終えました。