【感じるのです。】でい&どりーむ 〜つげ義春とゴールデンバット〜 | そ・こ・の クライシス!でIKR?

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どうも、北原です。

久々のブログ更新は
漫画タバコについて。

学生らしいな、なんてね。
時代錯誤もええとこですね。

良いことなのか、悪いことなのか、
年々、タバコを吸う人口は減ってます。

今やタバコを吸うこと自体に
ノスタルジー時代を感じちゃいます。

そういえば先月、こんなこと
ありましたよね。

【歴史の幕は閉じた。】


ゴールデンバットが9月末に銘柄廃止
となりました。
製造は1906年に始まり、今や約120年。
遂にその歴史は幕を閉じました。

ゴールデンバットといえば
太宰治中原中也
などの大正・昭和の文豪が愛したとされる
タバコとしても有名です。

巷では安いタバコだから

「まずい」「安っぽい味」

という意見をよく聞きますが
全くそうではありません。

海外のどのタバコにもない
日本独自の深み
を持つ優雅なタバコだと私は思います。

味の他にも
パッケージやフィルターの
デザインに大正浪漫や昭和レトロ
をほのかに感じさせてくれる
素敵な一品なのです。

【ねじ式の夢】
戦後の漫画界の裏を覗けば
いつも、つげ義春という大スターがいます。

私も名前は聞いていたものの
その怪物の作品には手をつけずじまい。

なんとなく大人になってきた
今だからこそ、と初めて
この文庫を読み始めました。

彼の漫画のファースト・インプレッションは

「悲しい」「暗い」

といったネガティブなイメージです。

短編集なので、多種多様なストーリー
なのですが
主にテーマは「夢の作品」「日常もの」
の2つに分けることができます。


「夢の作品」は極端なシュルレアリスム
の影響が色濃く、
ストーリーは脈絡起承転結もありません。 

全体的にひどく独りよがり
なイメージが目立ちます。


かえって
「日常もの」は作者の体験談では?
と思わせる程の日常臭さリアリズム
を感じさせます。
また、ストーリーはきちりとに沿って
起承転結を迎えます。

しかし、作品を
じっくり読み解くことで
ある考えが頭の中に浮かんだのです。

【日常と夢の交差点】

実は「夢の作品」は夢の中での日常、
つまり、
夢の中の住民の日常を描いており、

「日常もの」は作者の日常が
こうなれば楽しいだろうにな、
というを描いているのではないかと。

そう言われると夢の中では何が起きても、
不明瞭ながらの納得が生まれます。

しかし、日常生活では夢のような
出来事なんてそうそう起きません。

更に「日常もの」では、

暴漢による婦女暴行
昔の恋人とのロマンス
車の中で迎える焼身自殺

など主人公のアドレナリンを滾らせる
非日常的な要素がひっそりと隠れているのです。

これらのことから
「日常もの」は
夢のような妄想を描いている、
ということが考えられます。

だから「夢の作品」「日常もの」であり、
「日常もの」「夢の作品」なのです。

【夢の終わり━━━━━☞】


あと数本の
ゴールデンバットを吸いながら、
これを書いてるのですが
もう、この気分は味わえのだなぁ…
と思うと少し悲しくなります。

私の「日常もの」から
夢を与えてくれるゴールデンバット
が無くなってしまったら、

もう「夢の中」に日々の輝き
見出すしか無いような…

そんな寂しい気分にさせます。

初めてつげ義春を読んだ時の
気持ちと変わんない悲しさです。

彼は「夢」と「日常」を通じて
人間の悲しみという普遍的な感情を
表現したかったのかもしれませんね。

それでは!