こんにちは 柴田です。
ソチオリンピック、日本人選手頑張っていますね。
父親の頑張りをご紹介しましょう。
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滑る理由、息子がくれた 朝日新聞 2014年3月17日
ソチ冬季パラリンピック最終日の16日、スキー距離10キロフリー立位に出場した新田佳浩(33)は、ゴールすると仰向けになって泣いた。結果は17位。
自身5回目のパラリンピックだった今大会のメダルはゼロ。
「勝てなかった悔しさと、やり切った満足感と。いろんな思いがこみ上げた」。
前回のバンクーバー大会では、2種目で金メダルを獲得。その後、滑る意味を探し続けた4年間だった。
岡山県西粟倉(にしあわくら)村出身。3歳の時、祖父の達(とおる)さんが運転するコンバインに左腕を巻き込まれ、切断した。
「じいちゃんは責任を感じている」。
家族から聞き、メダルを取ることで
「元気だから気にしないでほしいと伝えたかった」。
2010年3月のバンクーバー大会で金2個。活躍を見届けた達さんは12年11月、94歳で逝った。
「祖父は僕のスキーの原動力だった」。
だから一時、引退も考えたが、2人の息子が新たな原動力になった。3歳3カ月の長男大翔(だいと)君と、7カ月の次男健翔(けんと)君だ。
大翔君から
「パパはなんで手がないの?」
と聞かれることがある。
「どこまで理解できているかわからない。だが、父に片腕がないことを悩む日が必ず来る。その時、自信を持って紹介できる自慢の父親でありたい」。
滑る理由を見つけた。
大翔君は今、新田が腕を失った時と同じ年齢になった。
「僕は事故の瞬間をはっきりと覚えている。だから、大翔も僕の活躍を覚えていてくれると思う」
日本を発つ前、妻の知紗子さん(37)から毎朝読むようにと、何通も手紙を渡された。
最初のレースがあった10日の手紙は、
「もしメダルが取れなくても、帰る場所はあるから。大翔も健翔も応援してるよ」。
最終種目の16日の手紙には、
「4年間、頑張ったよね。あなたの妻でよかった。最後まで笑顔で」とあった。
メダルには届かなかった。でも
「いい4年間だった。後悔はない。胸を張って帰りたい」。
「孫」として戦ったバンクーバーから4年。完全燃焼した「父」は笑った。
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おじいちゃんは、事故を起こしたとき、本当に辛い思いをしたでしょうね。
本当は、腕を失った孫である新田選手が一番辛かったでしょう。
でも、大好きなおじいちゃんのことを考えて競技でメダルを取って安心してもらおうと頑張ったのですね。
そして、奥様の手紙には、泣けてしまいました。
「あなたの妻でよかった」
こんな言葉を贈られた新田選手は、競技生活に悔いはないですね。
感動をありがとうと伝えたいです。
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