
こんにちは、日本母親支援協会の柴田です。
今日は、失敗を賞賛する事で得られる
大きな才能というお話です。
柴田は小学校の時、授業は
真面目に聞いていた方だと思います。
でも、親から「勉強しろ」とは
言われなかったので、予習や復習は
当然ながらしませんでした(^^;)。
そんな僕でも、突然、担任の先生に
指名されて答えることを強要?
されたことが何度もあります。
答えがわかっているのなら、
堂々と答えていたと思います。
でも、わからないときは
(当然、その方が多いのですが)
「いや、それは、先生、
聞く相手を間違っています」
などと、ギャグで答えていました(^^;)
それに対して担任の先生は、
「先生が、生徒に答えを聞かないと
授業にならんやろ」
と、ツッコミが返ってきました。
まあ、僕の時代は、
そんな和やかな授業風景でした。
でも、今は、違いますよね。
あなたの時代は、先生に指名されると、
(間違ったらどうしよう)
(えー、わからない~)
(間違ったら、恥ずかしい)
などと思わなかったでしょうか?
そして、案の定、
答えが間違っていたとき、先生が、
「こんなことも、わからないのか!」
「ちゃんと、家でも勉強しないとな」
などと叱られたのではないでしょうか?
そして、周りの生徒からも白い目を
向けられたのではないでしょうか?
先生に叱られたことで、
奮発して予習、復習を頑張るというのなら
問題はないのですが。
多くの場合は、帰宅すると、
そんなことは忘れてしまって
テレビゲームなどに夢中になっている。
そうすると、また授業で指名されて
答えられない。
「よし、今度こそ、
ちゃんと答えられるように勉強しよう!」
と、お家で、教科書を広げる。
ママに手伝ってもらって、
問題を解こうと頑張る。
でも、答えは決まっているので、
その決まった答えに辿り着くのが
今の学習方法です。
だから、勉強は楽しくないのです。
楽しくないから長続きしないのです。
例えば、推理小説を読むときに
犯人がわかっていると、
読む気が起きないのと同じなのです。
犯人は誰かわからないからこそ、
ワクワクして読み進めることが
出来るのです。
勉強とは、
わからないことがわかるようになる。
その過程に面白さがあるのです。
問題を、一つ一つ紐解いていく、
あるいは、違うところから
ヒントを探し出して、
今の課題に関連づけてみる。
そんな試行錯誤を繰り返しているうちに、
突然、答えが見えてくる。
「なるほど!そうだったのか!」

そう言う感動を味わうことで、
学び、研究することに、喜びを
身につけていくことが出来るのです。
幼いときには誰もが、
そう言う過程を経験して学んでいるのです。
例えば、離乳食を始めたばかりの時だと…
(このコップというものは、
どんな音がするんだろう)
と考えて、叩いてみる。
(このコップというのは、
どんな固さがあるのだろう)
と考えて、噛んでみる。
(このコップに入っている液体は、
どんな角度で飲めばスムーズに
飲むことが出来るのだろう)
と考えて、お口に付けてみる。
初めは、上手に飲めないので、
お口からこぼれる。
(なるほど、この角度で飲むと
こぼれるのか。それじゃあ、
今度はこうしてみよう)
などと、試行錯誤をしながら、
最適な情報を収集しているのです。

その研究の途中で、あなたが、
- 「だめだめ、そんなことをしたら、こぼしてしまうでしょ」
- 「コップは、こうして持って、こうやって飲むのよ」
と答えを強要することが
多いのではないでしょうか?
大人としては、
「答え」はすでに出ています。
そして、その「答え」を教えるのが
正しい子育てだと信じています。
しかし、赤ちゃんの時には、
“答え”に辿り着く過程を
経験することが必要なのです。
でも、親は答えを教えた方が
早く理解できると考えて、
“答え”を押しつけます。
その方が直ぐに理解できると
考えているのです。
だから、一度言ったことを出来ないと、
「ダメな子」という烙印を
押してしまうのです。
学校の先生も「答え」は一つです。
その「答え」を出さない生徒は、
ダメな生徒になります。
お家でも学校でも、
間違った答えを出すのは
“失敗”だと判断されるのです。
毎日、毎日、“失敗”を指摘され、
“訂正”され続けるとどうなるでしょう?
“失敗”を恐れて新しいことに
挑戦しようと言う“意欲”が
なくなるのではないでしょうか?

そのうち、学校の勉強も、
“答え”さえ覚えておけば
先生からも叱られないし、
みんなからもバカにされない。
そんな考えになってしまう
のではないでしょうか?
あなたは、ご自分のお子様に
そのような“萎縮”した、
小さな人間になって欲しいのでしょうか?
あるいは、いじめられている友達を
目の前にして、何も言えないような
子供に育てたいのでしょうか?
成長して社会人になったときに、
集団の中の一人になって
顔も名前もわからないように
生きることを望んでいるのでしょうか?
それとも、自分の考えを堂々と主張し、
もしも間違っていたら素直に謝り、
直ぐにその間違っていることを
訂正する努力を惜しみなくする。
そんなアグレッシブな人間が、
これからの時代だけでなく、
いつの時代でも伸びてゆくのです。
そのためには、幼少期に学ぶ楽しさを覚え、
わからないことに果敢に挑戦する“意欲”と、
間違っているかも知れないけど
堂々と発表する“勇気”を養うことが
必要なのです。
一昨年は「社畜」という言葉が
ネットではよく使われていました。
社畜とはgoo辞書によると
《会社に飼い慣らされている家畜の意》
会社の言いなりになって、
辛い仕事でも文句も言わず
働いている会社員を、
皮肉を込めてからかう語。
- 先生の言うことは素直に聞く
- 大人は子供より偉い
- 文句を言わずに努力することが大切
- 校則は絶対守らなければいけない
そんなガチガチのルールの中で
育てられたのですから
自分の意志を表すことができず
「上」のいうことに従うだけ
の人間に育ってしまったのです。
これからの社会では
会社に勤めるのではなく
個人の能力で仕事に就く
という「ジョブ型雇用」が
主流になってきます。
「給料をもらう」のではなく
「お金を稼ぐ」という意識が
必要となってきます。
そのためには
自分はこの分野では誰にも負けない
という「才能」「知識」「技術」と共に
自分を売り込む「プレゼン力」が
必要となるでしょう。
今までのように
学校の成績さえ良ければ安心
ではないのです。
個人の個性を伸ばし
自己肯定感を育て
人前で自分の意見が堂々と言える
そんな大人に育てることが
これからの親の子育てです。
そのために大切なのは
失敗を指摘して矯正することではなく
失敗を賞賛することです。
どうすればうまくいくのか
を考える力を育てることです。
今日も最後まで読んで頂いて
本当にありがとうございます。
日本母親支援協会はあなたの育児を応援します。不安や悩みがあるのならばなんでもお聞きください。