まだ赤ちゃんっぽさの残るぷくぷくしした手を合わせ「いただきます」「ごちそうさま」と丁寧にあいさつする2歳半の娘。
彼女がこの言葉を覚えた時は、料理を作った自分へのご褒美のようでうれしかった。
私への言葉だとずっと思っていた。
でもある日、これまで食事の最初と最後だけあいさつをしていた娘が一口食べるたびに、
「ブロッコリー、いただきます」
「おさかな、いただきます」
と言い、一品目を食べ終わるたびに
「ブロッコリー、ごちそうさまでした!」
「おさかな、ごちそうさまでした!」
「ごはん、ごちそうさまでした!」
と手を合わせて言ったのだ。
その姿を見た私は、はっとした。「いただきます」「ごちそうさま」のあいさつは、料理を作った人だけに向けられるものではない。
毎月、お米や野菜を送ってくれる実家の両親や、食材として久谷運ばれるまでにかかわった全ての人、さらに食材そのものへの感謝を表すものなのだ。
そして、昨年の震災と原発事故直後にしみじみ感じた、毎日家族で食卓を囲めるありがたさも思い出した。
感謝の挨拶を覚えた娘に教えられた、ある日の食事だった。
※朝日新聞 ひととき欄より転載
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こんな、優しい思いやりのある子供に育てたいですね
言葉は知能の源です


