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天地温古堂商店

歴史、人、旅、日々の雑感などを徒然に書き溜めています。読み物が中心です。表現の自由度を高めるために、です・ます調でなく、である調を使っています。そこにみなさまの目に止まる、心に残る何かがあれば幸いです。どうぞお立ち寄りください。

貴一さんのことを書きたい。

 

しかし、本稿はともすれば話柄があっちにいったりこっちにいったりする雑感でもある。

さて、先日、『終わった人』を観た。

内館牧子原作の小説『終わった人』の朗読劇を、である。
いまは朗読劇と言わず、リーディングドラマというそうだ。

出演は、

中井貴一
キムラ緑子

のおふたり。

とても楽しいひとときだった。

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リーディングドラマ『終わった人』 メジャーリーグWebサイトより


ところで、以前の稿でも書いたが、中井貴一氏は私と同世代、いや同学年の人である。
現在、64歳。

私が彼を初めて観たのは、『ふぞろいの林檎たち』(1983年)だ。

彼のデビュー作『連合艦隊』(1981年)は、残念ながら観ていないが、かつての銀幕のスター・佐田啓二の息子という触れ込みで、いかにも貴公子というイメージがあった。

若いころというのは不思議なもので、年をとったいまより、同学年だとか同世代だというだけではなんの共感も思い入れもない。

自分自身ですら、まだ何者かわからないでいる。それは当然のことといえた。
彼は、私にとって数多いる同世代の若い俳優のひとりだった。

『ふぞろいの林檎たち』で彼が演じた四流大学生の仲手川良雄は、酒屋の次男坊。
生まじめで不器用な青年だ。
181センチのすらっとした長身、面長で端正な顔立ちの中井貴一がカッコいい青年でなく、とにかく気が弱く人に優しすぎる、観ている方がもどかしくヤキモキさせる青年を演じた。

『ふぞろいの〜』の脚本家・山田太一(1934〜2023)はいう。

マイナスの輝きを今の社会は少し忘れている。
持っているマイナスが多い人ほど、ドラマを書くのに向いている。


たしかにマイナス人間の方が、観る者の思い入れや共感を得る。
不器用で気が弱いというマイナスを持っている仲手川は見事にそれだった。
私は、仲手川良雄の中井貴一が気になる俳優さんになった。
もし、彼がカッコいい青年を演ったら多分私はスルーしたであろう。

 

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ドラマ『ふぞろいの林檎たち』の撮影現場ショット スポニチannex Webサイトより


私は歳をかさねるにしたがって、同世代の人々の動向が気になるようになっていった。
熱烈なファンというわけではないが

貴一さん、頑張ってるな

と、情報誌の紙面をチラ見するように情報に触れては思っていた。

***

つい最近、彼と高倉健とのエピソードを私は知った。

彼が映画『連合艦隊』でデビューしたのは20歳のとき。
その封切り初日に、意外な人からメッセージをもらった。

宣伝担当者を通して、高倉健(1931〜2014)からだった。

とてもよかったです。いつか必ず共演しましょう。

というものだった。
高倉とはむろん直接会ったことはない。しかも30歳も年上。
先輩俳優ではあったが、むしろ父親に近い年齢だ。

彼は素直に喜んだが、まだ駆け出し。
実際には高倉は雲の上の人だったはずだ。
彼が高倉と実際に共演したのは十数年の後、映画『四十七人の刺客』でのことだった。

敵役だったため撮影現場では会話しなかったが、撮影が終わってから高倉のほうからお茶のお誘いがあった。
彼はそのときのことを振り返っている。

 

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高倉健 NHKアーカイブスより


そのときに初めてプライベートでゆっくりお話をさせていただいた。
最初にコーヒー飲みながらだったんですけど、大変だっただろうって。
俺はずっと見ていたけど、2歳半で父親を亡くして、二世とか育ちがいいとか思われただろうけど、お父さんは38歳で俳優で蓄財ができるわけがないんだと。
だから、苦労したろうと言われて。


理由はわからないが、高倉はずっと彼を見ていて、このことを話したかったに違いない。
高倉の深い洞察力には驚くばかりだが、彼に対してはその心底に大きな愛があったと思われる。人の痛みをわが痛みに感じることができる愛だ。

彼の心にある枯れた湖に満々とした水がそそぎこまれたのではなかったか。
その感激はひとしおだったと思える。

ずっと自分の中でデビューしてお坊ちゃまと言われることに違和感があった。
そんなふうに育ってきてなかったわけですから。
高倉さんが(私自身が)何も一言も言わないのにそう言ってくださったので、その時に涙が止まらなかった。
自分が抱えてきたものを一瞬で理解してくれるひとがいるんだって思ったらすごくうれしかったですね。


と話している。
どうも感激という言葉では軽すぎる。
小さい時からつねに心を縛っていた強固な何かから解き放たれた感覚ではなかったか。

それから10年後。
彼の外国映画での初主演作となった2004年の中国映画『ヘブン・アンド・アース 天地英雄』のロケでのこと。
40代前半の出来事だ。

彼は高倉から、

海外の映画を1本経験することは、国内の映画10本分の価値がある。

とアドバイスされ、出演を決めた作品だった。

撮影現場は地獄だったという。

中国人スタッフ200人で日本人は彼ただひとり。会話はすべて中国語だった。
ロケ地は新疆ウイグル自治区だった。
そこは拠点のホテルから3日かかるうえに、行ってみたもののそこから10日間、出番がなかった。

彼はついに心が折れて、

日本に帰る

という話になり、ホテルで帰り支度をしていた。

 

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第23回日本アカデミー賞表彰式の中井貴一(左は高倉健) TRILL  Webサイトより


ゴビ砂漠のど真ん中にいたんですが、そこから日本に帰るといっても3日もかかるんですよ。
歩いても帰れないから、車をチャーターしなきゃいけないんですけど。
で、荷造りをしてたら、ホテルの部屋の電話が鳴ったんです。
(略)
高倉健さんからの電話だったんですよ。
洗面所で荷造りしてて、その電話が鳴って、出たら高倉さんだったんですよ。人間って面白いもんで、一回窓の外を見るんですね(笑)。
多分どっかで見てらっしゃるとしか思えないじゃないですか?
それで「どうなさったんですか?」って言ったら、「いや、どうしてるかなと思って電話した」って。
そんなタイミングに電話あります⁉︎
隣の部屋から電話しない限り無理ですよね。


彼は高倉に、過酷なロケ現場、慣れない中国のやり方をすべてぶちまけた。
すると、高倉はなんと言ったか。

それでその状況を話したりして、高倉さんに「こらえろ」っていうふうに言ってもらうんですけど、その電話の「もしもし、高倉です」って言われた時が鳥肌立ちました。
電話があること自体もですけど、そんな絶好なタイミングってあります?
そういうところが、すごい人はすごいんだなと思いました。


彼は高倉のことに父性を感じていたか定かではない。
しかし、彼はいくどとなく高倉によって心が救われ、癒され、満たされたことは確かだろう。
私だったら、その影響力の大きさから高倉は間違いなく師父というべき存在だ。
師父とは、父親のように敬愛する師をいう。

彼がそんなエピソードを私たちに吐露してくれるから、私たちはその素晴らしい出来事に共感もでき、共有もできる。

***


彼は26歳で大河ドラマの主役に抜擢された。
『武田信玄』である。
はっきりと言ってはいないが、このドラマの撮影期間中の長い苦衷を次のように漏らしている。

僕を主役と認めないスタッフもいたようです。いじめに近いこともありました。でもそれに徹底して立ち向かおうという一年でしたので、人間的に鍛えられました。

どうも大きな試練だったようで、こうも言っている。

演技を否定されるのならば自分の努力でなんとかやりようもあるが、人間的に否定されるようなところがあって、撮影中ずっと悩み続けた。

彼を苦境から救ったと思われるエピソードがある。

菅原文太(1933〜2014)が演じた重臣・板垣信方は11話で討ち死にする。
当時、出演者が死を迎えるごとに、打ち上げをしたそうで、そこで菅原が彼にこう言った。

 

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菅原文太 アサ芸プラス Webサイトより


これから俺は、お前を撮影では支えられないけれど、『武田信玄』の1番のファンになる。これはな、貴一、お前の番組だ。
わがままを言っていいんだ。
それがお前の番組ということだ。
撮影には来ないけれど、ファンとして俺が見てるってこと忘れないでくれ。


菅原もかつて大河主役の重責をになった一人である。この若き後輩が背負った重責や耐えがたい軋轢に気づいていただろう。
菅原のこのことばは涙が出るほど嬉しかったのではないか。

彼は、運命の星のもとに生まれた者のみが受ける試練に何度も見舞われた。一方で、彼にはその都度、運命の人があらわれて、彼に大きな影響を与えた。

***


そんな彼が、朗読劇をやった。
『終わった人』である。
2023年のことである。

初演のあと、私は貴一さん(親しみをこめてそう呼ばせていただく)のことをブログに書いた。

反響は大きく、翌年再演した。
関西での公演だったので、機会を逸した。

2026年3月。
そんな貴一さんのリーディングドラマ『終わった人』が再再演された。
今度こそと思い、先日、東京公演を観に行った。

『終わった人』の主人公・田代壮介は65歳。

大手銀行の出世コースから子会社に出向し、そのまま定年を迎えた男。

演じる貴一さんはいま64歳、妻役のキムラ緑子さんも64歳。
ついでに私も64歳。
いずれも『終わった人』の歳だ。

貴一さんは『終わった人』の仕事を引き受けるに際してこんなことを言っている。

僕たちの職業には終わりがありません。
ただ、友人から電話がかかってくると「あと2年で俺は終わりだよ」などと告げられて、そうすると、ああ僕たちも「終わり」という言葉を使う年齢になったんだなと改めて感じます。
そうした同年代の友人たちに向けてのエールや悲哀をこの朗読劇でやらせていただいたたら面白いんじゃないかと思って興味を惹き、お引き受けいたしました。


ああ、『終わった人』は貴一さんの私へのエールだ

と勝手に思い込んで3年。
ようやくチケットが手に入り、六本木の劇場に足を運んだ。

会場には、やはり多くの『終わった人』世代の男女が観にきていた。
私の左には、少し年上とおぼしき女性が2人。右にはやはり少し年上とおぼしきご夫婦。
やはり、みんな貴一さんのエールを聞きに来たのか。

実は、妻役のキムラ緑子さんは、貴一さんが熱烈なラブコールの末に選ばれた方だという。

僕は、ドラマなどのお話をいただいたときに「妻役はどなたがいいですか?」と聞かれると必ず「キムラ緑子さん」と答えています。
彼女はマインドを七変化できる人。違う人間を演じる時、衣装が変わったり見た目を変えたり声色を変えるのも役作りですが、一番大事なことはマインドを変えることなんです。
彼女はそのマインドの変え方が絶妙!


私もキムラ緑子さんは非常に気になる俳優だ。

彼女を初めて見たのはNHKの朝ドラ『ごちそうさん』で、杏演じる主人公の小姑役。
あれ?どこかで見たことあるぞ、と思ったら、亡くなった私の伯母に雰囲気がそっくりだった。
あとからキムラさんの素のトークを見たときに、マインドも人物造形も見事に違うと驚いたものだ。

仕事一筋だった男は、毎日が日曜日の日々に途方に暮れた。
『終わった人』は、生きがいを求め、居場所を探して、惑い、あがき続ける、といういわゆる定年小説だ。

登場人物は、主人公・壮介と妻・千草の二人だけではない。

貴一さんは壮介のほかに、千草の従弟、壮介を新しい会社にスカウトした若き社長・鈴木、高校時代の同級生・二宮を演じた。
一方のキムラさんは千草のほかに、娘の道子、壮介がカルチャースクールで出会った久里、壮介の母を演じた。

舞台中央に5メートル四方くらいの壇があり、そのうえに二人が腰かけるくらいの台が置かれている。
舞台装置はそれだけだ。

そこに台本を手にしたふたりが、『終わった人』の世界を繰り広げる。

 

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『終わった人』のおふたり PR TIMES  Webサイトより


キムラ緑子さん、確かにマインド七変化。お見事!
貴一さんのしゃべり、どこか既視感があると思ったら、サラメシだった!

『サラメシ』(NHK)はサラリーマンの昼飯に焦点を当てたバラエティ番組で、貴一さんのアドリブをふんだんに盛り込んだ明るくハイテンションなナレーションが好評を博し、惜しまれながら昨春に終了した。

かと思うと、壮介の

〇〇なんだけど

のセリフ。
この「だけど」という部分が、どこか気の優しい『ふぞろいの林檎たち』の仲手川良雄を彷彿とさせた。

貴一さんの技芸の引き出しをのぞいているようで、また楽しい。

見終わって、万雷の拍手のなか、颯爽と舞台を去っていった貴一さん。

私の観たリーディングドラマ『終わった人』とは、ひとことで言えば、取材の中で貴一さんの言ったこの言葉に尽きるのではないか。

人はニ度死ぬとよく言いますね。
肉体的に滅びるときと、みんなの記憶からいなくなる時とき。
この「終わった」ということも2段階あるような気がしていて。
実務的に会社が終わるときに加えて、自分の欲や夢がなくなって終わるときがあると思うんです。


物語の最後、主人公・壮介は実務的にはたしかに終わったが、新しい欲や夢はまだまだ続くのだった。

 

***

『サラメシ』は2011年から12年続いた長寿番組だ。
『終わった人』は2023年から今年、再再演。
二つの仕事に共通しているのは、

普通の人々

が対象ということだ。
彼の俳優人生にはずっと普通の人々という視点が濃厚にあったとしか思えない。
たとえば看護師でもテロリストも普通の人としての日常生活がある。その視点を彼は大切にしているという。

ぼくたちが演じるときに重要視するのは、ナースであればナースの、オペ室や診察室でのあり方ではありません。
その方が朝起きて、どう出勤して、どういうリズムで病院に入って、ナースステーションまでたどり着き、そこでどんな立ち振る舞いをしているのか。人を演じるときにはそんな「周囲」がとても大事なんです。
テロリストであれば、どんな日常を送っていて、それがテロ行為につながっていくのか、よく観察して身につける必要があります。当然、想像力が必要になってきます。


うーん、深い。

普通を演じることこそが一番難しく役者の王道

そう思うにいたるそのきっかけは、貴一さんのデビュー作『連合艦隊』の次の映画『父と子』のときの父親役・小林桂樹(1923〜2010)とのエピソードだったような気がする。

以下は貴一さんの述懐だ。

『連合艦隊』を観て小林さんが指名してくださったようです。東北地方を移動書店で回る親子という設定で、撮影は1か月ずっと東北でしていました。
その間、小林さんは僕を毎夜、飯に連れていってくれたんです。
その時『就職するか?』って聞かれました。
当時僕も二十歳で、『役者としてダメだったら就職したい』と言ったところ『それなら口を利く』と。
飯を食う度にその話をされるんです。
遠回しに『役者に向いてない』と言われてるんじゃないかと思いまして、三十日の撮影のうち、二十日過ぎたくらいには就職をお願いする気になっていました。
ところが、最後に飯に連れていってもらった時、『俺はさ、貴一ちゃん。お前に役者になってもらいたい』って言うんですよ。

『これからの時代はアウトローが主役をする時代になる。俺らの頃はサラリーマンが主役だった。サラリーマンがいるから、アウトローも存在できる。サラリーマンを演じられる人間がいなくなったら、アウトローも存在しない。お前には、王道を歩む俳優になってもらいたい。
アウトローに比べ、正統派と言われる俳優は、評価されない。でも、お前はそれを貫ける。それを貫いた時、周りのアウトローは輝ける。アウトローの時代に、みんながアウトローしかできなかったら、映画は輝けない。お互いが分をわきまえることで映画の成功はある。お前には、その道を歩んでほしい』と。

 

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小林桂樹さんお別れの会で故人との思い出を語る中井貴一


その時、小林さんの真剣な目を初めて見ました。それまでの二十九日は、この時の『振り』だったんです。
この三十日目の言葉を僕に強く伝えるためのね。
その言葉で、僕は役者を続けようと決めたのかもしれません。


かもしれないのは謙遜で、彼はそう固く心に決めたのは間違いない。

信念のとおり、貴一さんは普通の人を演じ続けた。
『ふぞろいの林檎たち』の仲手川良雄しかり、『最後から二番目の恋』の長倉和平しかり、エリートサラリーマンが子供の頃の夢だったローカル電鉄の運転士を目指す映画『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』も、またしかり。

***

『サラメシ』と『終わった人』には、もうひとつ共通点がある。

声で演じること

である。

声優とは違う。
自分の演技のうち、声によってどれだけ豊かで多くの表現ができるかということだ。

この稿の終わりにもうひとり、貴一さんが追いかける俳優の背中を紹介したい。

貴一さんは、あるインタビューで、目指す役者像とはどのようなものか、と聞かれてこう答えている。

笠智衆さんがずっとセリフを棒読みしているように思えるのに、その中に常に感情があるように聞こえてくる。

笠智衆(1904〜1993)。
映画監督・小津安二郎の作品には欠くことのできない俳優、というより映画『男はつらいよ』の住職役といった方がなじみ深い。

 

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笠智衆 日刊ゲンダイデジタル Webサイトより


貴一さんの父である佐田啓二は小津映画の常連であり、笠智衆とはいわば父の同僚だ。
彼自身も昨年、小津をモデルにした役を舞台で演じている。
父を2歳で失くした彼は、笠智衆に何か仮託したものがなかったかどうか。

その話を子供の頃から聞いていて、見てくれを大きく変えることよりも、見てくれには大きな変化はないけれども全く違う人間に見える俳優になりたいと思いました。
棒読みで感情が伝わる俳優になることを目指しています。


貴一さんの言う2段階ある「終わり」のうちの1つは定年だ。
そういう点では俳優商売に定年はない。
もうひとつは欲や夢が終わるとき。

普通の人を演じる
棒読みで感情を伝える


貴一さんはひたむきで素直な人だ。
これも想像だが、彼は38歳の若さで逝った父の俳優人生を自ら完成させようと思っているのではあるまいか。
そして、そのために先達たちの良き足跡をたどり、大きな背中を追いかけてゆく。

貴一さんの欲や夢は尽きることはないに違いない。



※タイトル画像は中井貴一さん(音楽ナタリー Webサイトより)


【参考】
⚫︎リーディングドラマ『終わった人』パンフレット
⚫︎春日太一『すべての道は役者に通ず』(小学館)
⚫︎中井貴一、高倉健さんから言われた言葉「涙が止まらなかった」(サンスポWebサイトより)
⚫︎中井貴一が打ち明ける、第二の父・高倉健さんの“遺品”への思い「僕も死ぬ前に、これを後輩に…」(スポニチannex Webサイトより)
⚫︎中井貴一&キムラ緑子がリーディングドラマ『終わった人』に挑む【取材会レポート】(スパイスWebサイトより)