ローマ法王(教皇と言い始めたのも政治的なようだ)が日本を訪問して、日本人がみなカトリック教徒になったかのように大騒ぎしているのが、そんなに毎日ニュースで報じるような事柄だったのか。
核兵器を作らず持たない日本で、核廃絶を訴えるのもおかしな話で、日本の周りがみんな核を持ち、特にミサイルをしょっちゅう発射する北朝鮮という無頼の国が現実にあるのだから、北朝鮮に向けて核廃絶を訴えるのならまだしも、そういうことは全く言わず、他の国の核兵器の廃絶を訴えるのは国際政治的に見て何の意味も持たない。
あり得ないが、西側諸国いや北朝鮮を除く世界の核保有国が核を廃絶したら、世界の最強国は北朝鮮になるのであり、北朝鮮の核の脅威に全世界はひれ伏すことになる。
単にお題目としてローマ法王が核兵器の廃絶を訴えるのなら許せるが、それ以上の政治的発言はよした方がいい。
政治学者岩田温氏も
「…敬意は表しますが、政治的発言に違和感を覚えたのも事実です。
核兵器の廃絶に熱心なようですが、そういう主張は日本ではなく北朝鮮や中国ですべきではないかと思うのです。日本は被爆国ではありますが、核保有国ではありません。核兵器をなくせと日本で主張するのはおかしくないですか?日本は核兵器の脅威に今も曝されているのです。
日本の「リベラル」はお説を有難く拝聴しているのでしょうが、率直に言って、私は違和感を覚えました。」
と語っている。
違和感と言えば、17歳の鴨下という高校生の法王の前でのスピーチも違和感を抱かされた。
この少年は小学生のとき、福島原発事故が起き、被災し、避難のため故郷を離れ、東京都の小学校に転校したが、転校先の学校でいじめを受け「死にたい」と思う日々が続いたという。そのため、中学校に上がってからは『福島出身』であることをいえなくなり、思い悩んでいたとき、ローマ法王に手紙を書いて、昨年バチカン・サンピエトロ広場でフランシスコ法王と面会することが出来たという。今年11月に来日予定の法王に「福島に足を運んで、原発事故被害者のために祈ってほしい」とお願いすると、法王は少年の手を握って「行きます」と答えたという。
そういう関係でスピーチすることになったようだ。
原発事故で転校した先でいじめを受けたという話は当時から多かった。不思議なのは、原発事故で困って転校してきた子供をなぜいじめるのか、都会の児童たちの無神経さにいらだった。なぜ温かく迎えてあげないのかと。
全ての転校生がいじめられたわけではないだろうが、いじめる側の理由としては放射能汚染で汚れている、ケガレている、穢れているという都会の子供側にそういう意識があって、近寄るな、きたない等という理由でいじめたのではないか。
いじめられる側としては全く理不尽な理由でいじめられるのだから精神的ダメージも相当なものであったと思われる。この鴨下少年も辛い思いの中で、ローマ法王に救いを願ったものと思われる。
そこまでのことで違和感を抱いたわけではない。違和感を抱いたのは、鴨下少年のスピーチのある部分がニュースで流れたからである。
「…汚染された大地や森が元通りになるには、僕の寿命の何倍もの歳月が必要です。
だから、そこで生きていく僕たちに大人たちは汚染も被ばくも、これから起きる可能性のある被害も、隠さず伝える責任があると思います。嘘を付いたまま、認めないまま先に死なないでほしいのです。
原発は国策です。そのため、それを維持したい政府の思惑にそって賠償額や避難区域の線引きが決められ、被災者の間で分断が生じました。
傷付いた人同士が、互いに隣人を憎み合うように仕向けられてしまいました。
僕たちの苦しみはとても伝えきれません。だからパパさま、どうか共に祈ってください。」
これだけの長さのスピーチがニュースで流されたわけではない。冒頭の「汚染された大地や森が元通りになるには、僕の寿命の何倍もの歳月が必要です。だから、そこで生きていく僕たちに…」というところを聞き取るができたのみだ。
しかし、このわずかな言葉「汚染された大地や森が元通りになるには、僕の寿命の何倍もの歳月が必要です。」を聞いて、「え、広島、長崎の原爆投下後にわずかな時間で立ち直り、今では立派に住民が生活しているのに」。
少年の言い分だと、僕の寿命の何倍もの歳月が必要というから、汚染された大地や森が元通りになるには、寿命の2倍として160年、3倍として240年もかかる計算となる。
原爆投下当初、原爆の跡には、七十年間草木は生えない。まして人間は絶対に住めないという噂が流れたという。しかし、今では当然ながらかなり早くキチンと復興している。
広島市ホームページには以下のように書かれている。
「広島や長崎には今でも放射能が残っているのですか。
現在の広島や長崎にある放射線は、地球上のどこにでもあるごく少ない放射線(自然放射線)と変わりなく、人の体にも影響を与えることはありません。
原子爆弾が、それまでの火薬を爆発させる爆弾と違うのは、爆発したときのエネルギーがケタはずれに大きいことと、放射線を出すことです。原子爆弾によって発生したエネルギーのうち、5%が「初期放射線」となり、10%が「残留放射線」となりました。
「初期放射線」は原子爆弾が爆発したときに出ました。これが人の体に大きな被害をもたらしたのです。特に、爆心地から1キロメートル以内で直接放射線を受けた人は、ほとんど亡くなりました。そのあとに「残留放射線」が出ました。放出された「残留放射線」のすべての量を100とすると、爆発後24時間で、約80パーセントが出ました。例えば、爆心地での残留放射線を受ける量は、爆発直後とくらべると、その24時間後には千分の一になり、一週間後には百万分の一になったという研究報告があります。残留放射線は急速に少なくなっていったのです。」
原爆と原発事故とは当然違いがあるだろうが、イメージとしては、原発事故よりも原爆のほうが放射能被害が大きいという感覚になるが、専門的にはよくわからない。
違和感は原爆と原発事故の被害の違いではなく、福島原発事故を、もう取り返しのつかない汚染として捉えていることへの違和感である。この言い方は反原発運動家の言い方ではないだろうか。
「原発は国策です。そのため、それを維持したい政府の思惑にそって賠償額や避難区域の線引きが決められ、被災者の間で分断が生じました。」
などは高校生の発言とは思えず、活動家の発言と変わりがない。
そう、次の言葉はあの環境運動家のグレタの大人を糾弾する言葉を彷彿とさせる。
「だから、そこで生きていく僕たちに大人たちは汚染も被ばくも、これから起きる可能性のある被害も、隠さず伝える責任があると思います。嘘を付いたまま、認めないまま先に死なないでほしいのです。」
しかし、この鴨下少年はどうしてこんな風に変わってしまったのか。鴨下少年をイジメた都会の子供は、今鴨下少年が主張している「汚染された大地や森が元通りになるには、僕の寿命の何倍もの歳月が必要です。」を先取りしていたからこそのいじめではなかったか。
そういう考え方こそ「おかしい」と思わなかったのだろうか。今や鴨下君はそのとりこになっている。
「農と島のありんくりん」氏が次のように書いている。
「…反原発運動は、いかにして原発を減らしていくのかという冷静な議論とは無関係な、「脱原発」に名を借りる放射能マスヒステリーに様変わりしていたのです。
それは今にも続く、学童に対する「放射能いじめ」の原型です。避難してきた級友を「放射能が来た」としていじめたように、当時のいい年をした大人たちが、「被災地瓦礫を持ち込むと放射能が移る」と言って騒いだのです。
私はそんな下品な言い方をしませんが、あの辛淑玉氏ふうに表現すれば、りっぱな「被爆地ヘイト」です。その差別的空気に便乗したというか、煽って火の手を拡げたのが、共産党や「市民団体」とメディアでした。彼らは被曝していようがいまいが、被災地すべての瓦礫は全部放射能汚染しているという、耳を疑うような非科学的なことを叫んでいたものです。
…彼らは一切の震災瓦礫はケガレているとして、身体を張って受け入れ拒否するという「反原発闘争」を全国で展開します。
…反対運動は、「核のゴミの全国処理をゆるすな」と叫びました。「核のゴミ」とは原発から出る低レベル廃棄物、あるいは使用済み燃料などのことであって、震災瓦礫のことではありません。
それを反対派は、「核のゴミ」という過激な表現で煽って、人々に恐怖心を植えつけていました。」
ローマ法王の前でのスピーチが反原発運動のプロパガンダの場に成り果てているのである。これが違和感の原因だ。
福島原発事故による汚染は鴨下少年のいうように、「汚染された大地や森が元通りになるには、僕の寿命の何倍もの歳月が必要」なのだろうか。
また、「だから、そこで生きていく僕たちに大人たちは汚染も被ばくも、これから起きる可能性のある被害も、隠さず伝える責任があると思う」のなら、汚染が徐々に解消されていくということも「隠さず伝える責任がある」とも言えるのではないか。
再び、「農と島のありんくりん」氏のブログから。福島の除染は進んでいるという報告である。
「今日であの忌まわしい東日本大震災と福島原発事故から8年になります。これだけ復興が長引いた原因の一つに、一部の人たちが「福島」を恐怖のシンボルとして祭り上げてしまったからです。
彼らは口を揃えて「フクシマには人は住めない。フクシマには行っていけない。フクシマのものを食べてはならない」などと言って、恐怖を煽り立てました。今でも数こそ減りましたが、そのような人たちは残存しています。
朝日、毎日、東京などのメディアは訂正記事のひとつも出さずに、平然と口をぬぐっています。
とまれフクシマに行くなという被災地差別まがいのことを言う人はさすがに減っても、福島県産のコメを不必要に恐怖したりする人は今でも絶えないようです。
一方、多くの国民は不必要に恐れることはなくなりましたが、それは政府の除染作業の結果だと思っています。それは間違いです。むしろ1ミリシーベルトを目標とした除染は、莫大な費用をかけてむしろ復興を遅らせました。
真に、フクシマを清浄化したのは、自然の日常の営みによるものです。
…放射性物質を含んだ山からの水は、まず水口でトラップされ、下へ流れるに従って減衰して、より下流の水路や河川に流れていくのがわかるでしょう。
しかも、事故から5年近くたった現在は、この11年の汚染された山の地層の上に、さらに新たな腐葉土の地層ができたために、11年の地層は50㎝以下に沈下しているはずです。これによって、事故直後山の表土を滑り落ちる汚染水の流出量は、今はほぼ途絶えたか、激減しているはずです。
…このように山から流れた汚染水は、森林から海への長き道のりを辿って各所で「捕獲」されて封じ込められていっています。
そして海にたどり着いた放射性物質も、海流で沖まで持っていかれ、海流に乗って拡散していきます。
このような複雑に絡み合う日本のエコシステムは、放射能という新たな敵に対しても健全に機能し、放射性物質を各々の持ち場で封じ込め、次の場所に譲り渡していったのです。
これが自然生態系の外敵に対する防衛機能です。
そしてこの自然のトータルな協同の力によって、放射能物質はいまや見る影もなく衰弱していました。
今国が民主党の置き土産としてやり続けている「除染」作業は、この自然の摂理に従ったセシウムトラップの数億分の1の働きもしていないでしょう。
人間のやることが、いかに虚しいものかお分かりいただけたでしょうか。福島をカタカナで呼んだりする行為そのものが、復興を妨げたのです。」
(引用終り)
ちょっと長くなりましたが、汚染が自然の中で減衰していった状況について、詳しくは農と島のありんくりんのブログをご覧下さい。
再度繰り返しますが鴨下少年は、自分が受けたイジメの原因に逆に捉われてしまい、反原発活動家の如きことをローマ法王の前で政治活動をしたと私は思うのです。グレタのような愚かな運動家になることなく、透明な目で現実を見てほしいと思います。
このように今回のローマ法王の訪日は違和感だらけでした。