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信越本線2 (群馬県/横川-軽井沢) 最終回

●最終回は「めがね橋」から「横川駅」までの約5.5kmを歩いて帰ります。
これでとりあえず「横川側」の行けるところは全て「網羅」したということになります。
「横川側の」と含みを持たせた部分は、また最後にご説明をしたいと思います。

 
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一気に「めがね橋」から「峠の湯」まで(約3km)戻りました。
すると駐車場に眼光鋭いぬこ様が近寄って来て・・・「なんやゴルァ?」
 
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「峠の湯」を横川方面へ少々戻ると「新線」と「旧線」の分岐点に。
本当は「新線跡」へも超行きたいんですが、やっぱりマズいよね。^^;
 
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「新線跡上り線」です。行きたいとは言いましたが、草ボウボウ。
どちらにしろこれではムリですね。しかしタマらない光景です。
 
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レールにカメラを置いてシャッターを切る。
こんなことやってみたかったんですよね。満足です。
 
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更に横川側へ戻ります。前回の訪問で挫折し折り返した場所
(霧積川橋梁)まで辿り着きました。こう繋がっていたのですね。
 
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前回は気付かず、たまたま遠めに写ってた旧橋梁跡の橋桁。
今回は当然アップで撮影。しかしレンガの建造物が多いですね。
 
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前回でもご紹介した「旧 丸山変電所跡」まで戻ってきました。
 
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実はこれは「綺麗に復元された姿」。それ以前は立ち入り自由だった
こともあり荒れ放題でした。今は綺麗なガラスも殆ど割れていました。
 
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前回は気付きませんでしたが、踏み切りの近くにこんな注意書きを
見付けました。こういうものは雰囲気を盛り上げてくれますねぇ。
 
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横川駅まで戻ってきました。写真は途中でブッタ切られた線路です。
以前は「軽井沢」まで続いていたのですねぇ・・・シミジミ。
 
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さて、ホームで不思議な光景を見つけました。「野鳥」ですよね?
鳥は詳しくないので、近付いて見ても種は分からないのですが・・・。
 
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不思議なことに近付いても逃げないんです。
良く見ると可愛い顔してますね♪ ほのぼのした瞬間でした。

ということで今回の探索はこれで終了となります。ご覧頂き有難うございました。
そして冒頭で触れた「横川側の」という含みについてご説明をしたいと思います。

もうお分かりかと思いますが、「横川側」があるならば「軽井沢側」も存在するワケです。
次回、機会があれば「軽井沢側」を探索したいと思います。というか、絶対行くでしょ(笑)。

信越本線3 (長野県/横川-軽井沢) 前編

●データ 【所在地】長野県軽井沢市~群馬県安中市 【運営キロ】11.2Km
【開業】1893年(明治26年)4月1日 【廃止】1963年(昭和38年)9月30日(旧線)
【魅力】廃線跡の登竜門的存在。「新線」は新幹線開業により1997年10月1日に
廃止と比較的新しい。廃線巡りは新線は立入禁止なので旧線が中心に。
【訪問日】08.02.16
 
●過去2回の訪問は、いずれも横川側からの探索でした。となれば、
残すは反対の軽井沢側の探索。そして今回は初めて「車」で移動しました。
ただし訪問したのは真冬の2月。当然「雪」に対する警戒をしたのですが、
最初に辿り着いた横川側には殆ど雪は無し。「これは行けそうだな」と、
軽井沢側への移動を決めた訳ですが、これがまた大変でした。

峠を登り高度を増すごとに積雪も徐々に増し、路面にも雪が覆い始め凍結して
ギラギラしている場所も出始めました。ノーマルタイヤだったので激焦りましたし、
実際に滑るわ滑るわで超慎重な運転を心掛けようやく軽井沢へ到着(汗)。
そして最終的にはそれはそれは雪深い景色に変貌していました。
「山ひとつ」超えるだけでこれだけ違うものなのね。碓氷峠、スゴいです。。。

 

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こちらは軽井沢駅北口の駐車場。ご覧のように一面の銀世界。
ただ道路は除雪はしっかり行われており走行に支障はありませんでした。
 
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「ナニコレ?」 軽井沢駅へ向かう途中に発見。
「草軽電鉄ぅ?は、廃線跡ぢゃねーが!?」 し、知らんかった。。。
 
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説明書きです。まさかこのような形で発見することなるとは。
今回は当然調べる術も無いので、帰ったら調べることにしましょう。
 
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さぁ軽井沢駅北口に到着です。実はこの地へは何度も来ていますが、
冬に訪れたのは初めて。ただ、さっきの「草軽~」は見逃していたなぁ。
 
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軽井沢駅改札前の温度計は2度を指しています。私の住む場所では
相当に寒い気温ですが、こちらでは暖かい方なんでしょうね。
 
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同駅南口まで移動。道路右側に並ぶは「PRINCE SHOPPING PLAZA」。
私には関係の無い「異次元」の世界なので早々に退散します(笑)。
 
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ここで軽井沢の歴史を振り返りましょう。画像は1946年の軽井沢です。
軽井沢駅(中央左寄り)に引き込み線らしきものが見えますね。
 
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こちらは1975年当時の軽井沢駅周辺です。幾分道路が増えましたが
基本的に変わりは無いようです。南口は徐々に整備が進んでいるもよう。
 
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最後に現在の軽井沢の様子です。1946年当時と比べて南口はスキー場が
出来たりなど開発が進みましたが、北口は当時の名残りが見て取れます。
 
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さて本題へ参りましょう。北口へ戻り横川方面ホーム近くへ。
当然今は使われていない訳ですが、画像では分かりませんね。しかし・・・
 
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少々先へ進むと、「廃線」の雰囲気が出てきました。
積もった雪から顔を出す途切れた線路、もう最高です♪
 
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それにしても歩き辛かったですね。積雪は10cm程度なんですが、意外にも
「雪かき後」の雪が先を拒みます。所々は凍っている部分もあり何度かコケそうに。。。
 
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更に先へ進むと踏み切りを発見。当然「遮断機」も無いワケでして
「左右」も確認せずそのまま進入。「廃線跡」ならではの行為です(笑)。
 
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素晴らしい絵が撮れました。個人的に大好きな絵です。
 
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もういっちょう。同踏切の反対側です。しかし何故ここだけこのような
半端な(線路の)ブッタ切り方をしたのでしょうか?
 
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何度も言いますが雪から覗く錆びたレール、何故か萌えますねぇ。
ちなみに左を走る線路は長野新幹線。コイツのせいで横軽が廃止に・・・。


次回、後編ではこの先の横川へ続くトンネル入り口までを探索、
そして駅へと戻り今度は車で「めがね橋」へ訪問します。
しかしこの車での峠超えが、路面の凍結で非常に恐いものとなりました。
そしてそんな道中、遂に「ヤツら」と対面することに。そんな「ヤツら」とは一体 !?

信越本線3 (長野県/横川-軽井沢) 後編

●廃止になった「横川-軽井沢」間の軽井沢側からの探索、
後編の今回は横川へと続くトンネルから車で移動、
碓氷峠を何度もうねりながら横川へ貫く国道18旧線の脇に存在する
幾つかのトンネルを追って行くことにしました。
 
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軽井沢方面へと抜けるトンネルの入り口までやって来ました。
そして「どこか良い撮影ポイントは無いものか」と辺りを見回します。
 
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しかし枯れ木が邪魔をしなかなか良いポイントが見つかりません。
こ、この画像じゃ分からんよな、、、くそぉ、こんなことになるとわ。。。
 
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ということで「ネットのチカラ」をお借りして誤魔化すことに。^^;
現場へ降りるには高度があり危険でしたので、、、む、無念です。
 
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ということで一旦軽井沢駅へ戻り、今度は車で碓氷峠を横川方面へ
向かうことにしました。写真は駅で体を休める「ロクサン(EF63)」です。
 
軽井沢駅から次なる地、碓氷峠の国道脇に眠る「旧線跡」へ向かうことにします。
ところが・・・予想外(でもないのかな?)のピンチに立たされることに。
ところどころ路面が凍結していてピッカピカに光ってるのです。

駅周辺の道路は雪かきもされていて走行に問題は無かったのですが、
碓氷峠の部分に入ると徐々に路面に凍結部分が増えてきました。
一応警戒はしたんですけど、「通行止」の警告も無かったので進んだのに・・・。
ただ乾いている部分も無くはなく、引き返すのも厄介なのでそのまま進むことに。
時速20km/h以下でソロリソロリと横川方面へ坂道を下る私でした。。。

しかし本当に恐かったのは最初の数キロで、高度を下げることに凍結箇所は減り
目的地付近ではもう殆ど心配の要らない状況でした。でも・・・やっぱりかったですわ。
 
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軽井沢駅を出て少々走ったところで雪かぶる「浅間」を撮影。
これから起こる「恐怖」を知る由も無く・・・詳しくは上記文をご覧下さい。
 
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そして遂に「トンネル」を発見。17号隧道と呼ばれているようです。
というか、「別のモノ」も発見しちゃいました。 遂に「奴ら」と遭遇です(笑)。
 
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遂におサルさんと遭遇、奥にももう一匹居ますね。実はこの時私は、トンネルに
夢中で気付かず接近していました。でも「我関せず」って感じですね(笑)。
 
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同じトンネルを観察しているとナニやら近くで「ガサゴソ」と音が。
音のする方を見ると、おサルさん2匹が道路を横断しているところでした。
 
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画像はトンネルですが反対側にもガサゴソと山を降りてくるおサルを発見。
いやぁ、ホントに随分と居るんですねぇ。画像のトンネルは16号隧道です。
 
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ちょっと中を覗きます。当然ですが真っ暗です。
入りたいのは山々でしたが、照明も何も無いのでここは退散です。
 
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こちらは17号隧道、先ほどの17号隧道とは反対側の部分です。
この辺まで来るとあれだけあった雪が僅かですからねぇ、不思議なものです。
 
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碓氷峠では紅葉時、高所と低所では葉の色付き方に随分と差が出るそうです。
童謡「もみじ」は碓氷峠から生まれた歌(♪濃いも薄いも~など)だとか。
 
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13号隧道です(未確認)。この辺は「新線」部分の廃線跡になりますが、
見る限り架線などはそのままで、今にも電車が飛び出して来そうです。
 
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こちらは廃トンネルではありません。熊ノ平信号場へと続くトンネルです。
入りたいですねぇ。ちなみにこの場所、何かと歴史深い場所のようです。
 
廃線跡訪問記 ブログ版-040215
さぁ、「めがね橋」に到着しました。二回目の訪問です。何人か居ました。
しかし道路状況を考えると、皆横川側から来た人達なんでしょうね。
 
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更に横川側へ降りて「碓氷湖」へ到着。前回、夏前に訪れた時の画像と
見比べて下さい。氷も張ってますね。これぞ日本の「四季」って感じです。

今回は何かと色々ありましたが無事横川へと到着し、一休みしてから
帰路へと向かいました。これにて3回分に渡ってお送りした
「信越本線・横軽廃線跡」の回はひとまず終了となります。

ただ今回編集作業をしていて感じたのが、自分の想像以上に中身が
「ぺらっぺら」だということでした。「未だ見ぬ部分」が相当あることに気付きました。
また近いうちに再訪を誓い、次回は「一度や二度訪れただけでは知ることの
出来ない部分」へ触れたいと思います。碓氷峠、最高ですね・・・。

信越本線4 (群馬県/横川-軽井沢) その1

●データ 【所在地】長野県軽井沢市~群馬県安中市 【運営キロ】11.2Km
【開業】1893年(明治26年)4月1日 【廃止】1963年(昭和38年)9月30日(旧線)
【魅力】廃線跡の登竜門的存在。「新線」は新幹線開業により1997年10月1日に
廃止と比較的新しい。廃線巡りは新線は立入禁止なので旧線が中心に。
【訪問日】08.02.16


私の廃線巡りの「原点」といも言える信越本線・横川-軽井沢間にある「碓氷峠」へ

久しぶりにやって来ました。前回訪問したのが偶然にもほぼジャスト、二年前でした。
 
この時書いたレポートの最後に一度や二度訪れただけでは知ることが出来ない
碓氷峠」と書いて「再訪」を誓いましたが、その通り「まだ見ぬ部分」を求めて再訪しました。
ただもう一点、私の足を確実に急がせた情報もありました。

それは「碓氷峠旧線(1963年廃止)の
遊歩道化延長工事が進んでいる
」との情報でした。
確かに二年前にも「遊歩道の延長を検討」しているという話は耳にしておりましたが、
早いものですねぇ。となれば、ぜひとも「あれこれといじられる前に訪問しておきたい」と
思うのが廃線好きの性・・・(笑)。ということで、若干急ぎ足での訪問となった次第です。
では二年振りの碓氷峠、行ってみましょうか。どうぞご覧下さい。
 
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早速ですが「碓氷湖」へやって来ました。一応「湖」と銘打ってますが、
実際には人造湖・言ってみればダムです。奥の方は氷も張っています。
 
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久々の「めがね橋」です。正式名称は「碓氷第三橋梁」で1893年の竣工。
しかもこの時代に僅か二年で造っちゃったってんだから驚きです。
 
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では「本当に工事は進んでいるのか?」 確認をしに行きましょう。
雪がありますが、これが凍っていて危ないのなんの。慎重に行きます。
 
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到着。と、同時に見えたのがこの景色。「ゲゲッ!」(笑)
やっぱり噂は本当でした。工事中を示す柵が設けられていました。
 
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もう少し近寄って見てみましょう。やはり確実に進捗率を
増しているようです。ちなみに正式名称は「碓氷第6隧道」です。
 
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振り返ってめがね橋上を見てみましょう。この区間までが現在遊歩道化
(横川まで~4.8Km)されています。何人かの人を見かけました。
 
【ここでお知らせです】
 
「本来の目的」でもあったこの先の写真(「後編」で公開予定でした)は、
都合により現在は非公開とさせて頂くことに致しました。
 
理由はご存知の方も多いかと思いますが、この区間は一般公開を控えている時期
であり、非常に警備のうるさい区間」で「今は控えた方が良い」という私の判断で
今回は見送らせて頂くことに(中にはUPしている方もいるようですが^^;)致しました。

ただし、お蔵入りにするつもりも毛頭ありませんのでご安心下さい。様子を伺いながら
一般公開後にUPしたいと考えております。ということで現状、私は立ち入ってもいないし、
何も見ていない」ということになっておりますので、宜しくお願いしますですはい。^^;

ではこの後の写真は何処なのかというと、「今回の遊歩道化とは現在無縁の部分」、
「熊ノ平」から先の廃線区間をご紹介致します。
 
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「中尾川橋梁」へやって来ました。ここは「新線」と「旧線」がこの先で
合流する場所です。橋の上はトゲトゲの草で進むことが出来ず。
 
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脇から撮影。確実に「新線」へと合流して行くのが分かる絵です。
では向かいのトンネルの方へ向かってみましょうか。
 
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それにしても「新線」の廃線から13年(1997年廃止)が経過している
というにも関わらず、この保存状態の良さには驚かされますね。
 
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「雪道の楽しみの一部」とも言える足跡探索です(笑)。これは人間の
ものではないですねぇ。考えられるのはサルか鹿かイノシシか・・・。
 
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ということでトンネル入り口へ辿り着きました。入口を封鎖されている
旧線側が「碓氷第18隧道」、右側・新線側が「下り10号トンネル」です。
 
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では戻って旧線跡を辿ることにします。左側が新線の「下り9号トンネル」、
右側旧線、カーブの先に見えるが「碓氷17番隧道」です。ここへ行きます。
 
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「碓氷17番隧道」の前です。実は以前もここへは来ましたが、この時は
トンネル内探索はしませんでした。ちなみに前回
はおサルさんが居ました。
 
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中へ入ると、かなり荒れているのが分かります。他の隧道内よりも
荒れているようですが何故? 悪戯されているようにも見えないし。
 
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こちらは待避所です。でもちょっとヘンなことに気づきませんか?
多くの待避所を見て来ましたが、ここの待避所は奥行きが浅いですね。
 
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短いトンネルなのでもう出口です。冬なので仕方が無いのですが、
氷柱(つらら)の数がハンパないです。細心の注意を払いながら進みます。
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これですモン。当然上ばかりを見て歩いてました。^しかしこれだけ
「漏ってる」ってことですよねぇ?ちょっと漏れ過ぎでは?それともこんなもん?
 
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「碓氷17番隧道」を出ると、すぐに「碓氷16番隧道」へと続きます。
長さはそれ程無い筈ですが、カーブしているためか出口は見えず。
 
ということで時間の都合もあり「碓氷16番隧道」の探索はせず、今回の探索は
これまでとしました。また今回の訪問ファイルは「その1」と銘打ってますが、
文中でも申し上げました通り、「これ以降」は「一般公開を控えた大事な時期」と
いうことで今回は見送り、時期を見て公開したいと思います。ではまた。

信越本線4 (群馬県/横川-軽井沢) その2

●今回は約二年前半ほど前に訪問、ある理由から
掲載を見送っていたレポート」をお送りしたいと思います。
もう何度も訪問している「碓氷峠」です。

そしてその「理由」なんですが、それは当時「立ち入り禁止」だったからです。
正直なところ、そのような場所はこれまでにもたくさんあり、「自己責任」として
突入して参りましたが、ここだけはその気にブレーキがかかりました。
遊歩道として延伸予定&工事中だったからです。
ただこれだけなら通常通りレポートをそのまま公開しておりましたが、
この場所は国指定の「重要文化財」が多いこともあり、警備がうるさかったのです。

このようなことから、「これは(遊歩道が)開通してから・・・」と
私の判断で
公開を見送っていました。それが今年の4月、遂に開通したという朗報を入手。
まぁ、開通したところでそれ以前に立ち入ったという事実は
変わりませんが(汗)、
それでも開通前の公開よりは全然マシかと思い今回の公開へと相成った訳です。
 
ということで二年以上前のレポートですが、既に現地へ行かれた方は
この工事前と見比べてみるのも面白いかと思います。ちなみに自分はまだ
開通後の現地へは行っておりません。近いうちに訪問しようと思います。
ではかなり期間は開いてしまいましたが、その2、続きをご覧下さい。
 
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写真は「碓氷(うすい)第6隧道」東方、長さは546mと一番長い隧道です。
当時、辿って行けるのはここまででした。工事している様子が伺えます。

 
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「~第6隧道」は通れませんので、反対側(西側)よりアプローチします。
ここから行きましょう。こちらは「碓氷第5橋梁」で、実は重要文化財です。

 
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上ってすぐ、左を見ると即トンネルがお出迎えをしてくれました。
「碓氷第7隧道」で長さは75mと短く、カーブしていても出口が見えます。

 
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こちらは同場所より横川方面を見た絵です。ご覧の通り、数台の工事用
車両が停車しており接近NGでした。隧道は「碓氷第6隧道」西方です。

 
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アップにて撮影します。ここのポータルはレンガは迫石の部分のみで、
その他は石材ブロックを用いたポータルでした。立派なポータルです。

 
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それでは先へ(熊ノ平方面)進みましょう。「碓氷第7隧道」内です。
短いながらも右カーブ、天井を見れば煤(スス)らしき汚れも見えます。

 
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待避所が現れました。しかしここの待避所、変だなと思ったら
奥が素掘りのようです。こういうタイプのものもあるのですね。

 
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天井にはこのようなものが。架線の跡? しかしここはアプト式では
ありましたが、架線もあったのでしょうか。勉強不足ですみません(汗)。

 
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トンネルを抜けます・・・が、またトンネルです。次に見えるのが
「碓氷第8隧道」です。この付近は短い隧道が連続している区間です。

 
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トンネルを抜けて振り返ります。「碓氷第7隧道」東口坑口です。
ところで上部にある金物は何でしょう? 煤煙対策カーテンの名残り?

 
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次のトンネルへ参りましょう。こちらは「碓氷第8隧道」西口です。
距離は92mなり。こちらにも上部に「金物」が付いてますね。

 
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では中へ参りましょう。こちらもオールレンガの美しい内部です。
上部にも煤煙の名残りか、雰囲気に味付けをしてくれます。

 
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ところで。同トンネル内部、待避所にて妙なものを見つけました。
実はこの他の場所にも存在していたのですが、これは一体何でしょう。

 
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出口です。トンネルを抜けるとまたスグにトンネルのようです。
そしてその先にも次のトンネルが見えます。右側に何かありますね。

 
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氷柱でした。なんて、先ほどもあったんですけどね(笑)。
こちらのはやけに厚く派手な氷柱だったので載せてみました。
 
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トンネルを抜けました。両側にレンガのガードがありますね。
ということはここは橋梁な訳で、こちらは「碓氷第6橋梁」になります。
 
その2は以上となります。繰り返しになりますが、この記事は
約2年半前のレポートで、現在は綺麗に補修され開通しております。