お世話になる人を接待することになりました。
これはセンスが問われます。高価な高級店に連れて行けばそれでいいかというと、そうではありません。相手が気を使ってしまいますし、第一、下品です。
「あれ? こんなところに、こんな店が? 清潔でこじゃれているし、値段もお手頃。今度、家族や友人を連れて来てみたい。流石、周二朗さん。こんなステキな店を知っているなんて、この人とまた食事したいなぁ。」と思わせるのが、私の思う正しい接待です。
私にはそういうとっておきの中華料理店があったのです。町の中華店としては少し、お値段は張りますが、手の届くくらい。店の雰囲気もいいし、味がいい。シェフは中国の料理オリンピックのような大会で金メダルをとったとかいう人で、店内にシェフの写真と、賞状が貼ってありました。美味しいはずです。
いざというときに使おうと思っていたその店にお邪魔するときがついに来たのです。
ところが、その大切な人とその店を訪れると、あろうことか、店の雰囲気が全く変わっていたのです。
店の名前も同じ、店の場所も同じ、電話番号まで同じなのに、内装がかわっていたのです。以前は上海の写真が飾られていた壁に、和風な絵が飾られていました。店員も誰一人、同じ人がいない。メニューも全部かわっているのです。何よりも、何よりも、味が…私が作った方がまだましだというレベル。この店に何があったんだ?
当時は、尖閣諸島をめぐって日中関係が悪化していた時代でした。
ここからは私の想像なのですが、きっとあの店にいた腕のいい中華のシェフは、別の場所に行ってしまったのです。それでシェフの写真も、賞状もなくなっていたのです。シェフがいなくなっては、同じ味は作れません。
腕のいい料理人は世界中どこに行っても仕事があります。日中関係が悪くなって、住みにくくなって、きっとどこかに行ってしまったのでしょう。
それでも、私の大事な接待は無事に終わりました。相手も気を使ってくれて、決しておいしくない料理を「おいしい、おいしい」と言って食べてくれました。あまりのショックに私は寝込みました。
その人とは現在も良好な関係を続けていますが、もしかしたら、私の事を味覚のおかしい人と思っているかもしれません。
現在も日中関係がおかしなことになっています。
おいしい中華料理店が町からひっそりと消えているのかもしれません。
おいしいものを食べたかったら、まず平和です。
おいしいもののために、世界平和。
イラスト by illustratorbk